第14話 橘さん。その手を離してあげて
「橘さん。その手を離してあげて。達也君は、私の相談に乗ってくれたの」
「はあ、こいつが篁さんの相談に乗った? 上に乗られたんじゃなくて?」
「あの、橘さん。上に乗ったの意味がわからないんだけど?」
「マウントよ。マウントポジション。こいつが相談に乗る? こいつが乗れるのは私だけよ。もっとも、乗ろうとしたら、関節技で、五体バラバラにしてやるけど」
「違うって、私は別に達也君に乗られたわけじゃないって。舞台衣装について、相談したのよ。どうしても、ドレスが必要で」
「あっ、そういうことか? こいつんち、写真屋だからね。それを貸して貰う約束をしたんだ。でも、今日、達也、そんな荷物、持ってなかったと思うけど」
「違うの。光を上手く当てて、キラキラの衣装にするんだ」
「それって、達也!」
凄い目で、達也を睨む愛。
達也は、仰け反った体制のまま、首をコクコクと縦に振る。FGCを利用することが判ってため息を吐く愛。
「はあ、ちょっと、どんな風になるか、私も知りたいから、達也と一緒に演劇部に行く。いいでしょ?」
「うん。まあいいわよ。ほんとは部外者を入れたらダメなんだけど」
「でも、達也は入っているんでしょ」
「だって、公演まで、臨時部員になっているから」
「じゃあ私も、臨時部員になるわよ。だったら問題ないでしょ」
「なんか、橘さんって、達也君をかまってばっかりいるけど、達也君のこと好きなの?」
「と、とんでもない。誰がこんな変態。勘弁してよ。熨斗(のし)つけてやるっていうのよ。もっとも、貰いたいって人もいないでしょうけど」
「じゃあ、私が貰おうかな。とても、頼りになるし」
「な、な、な……」
「橘さん冗談よ。でも、橘さんがなんでもないなら、そんなお目付け役みたいなこと止めて、達也君を開放してあげたら?」
「そ、そういう訳にはいかないのよ。このバカを開放したら、大変なことになるのよ。あなただって犠牲者になるわよ! ……って、そうか、両親の会社の新製品が売れて、私の小遣いアップになるか……」
「私が犠牲者?」
「二人とも待ってって、俺は愛以外には燃えないだよ。愛がかまっているんじゃなくって、俺が愛にかまっているんだ」
「達也君。なにそれ? 愛さん相手に、なにを燃えるのかな?」
「いや、俺の全身全霊を持って、隙(すき)を突く楽しみ?」
「体で、好き、突く? もうわけわかんない」
「恋さん、どこの方向に行ってるんですか? 違うって、隙(すき)、ほら、急所とか、弱点とか」
「女の子の弱点って……、それを突くって、二人とも不潔です!」
「篁さん。違うの! 勘違いなの!」
「恋さん。妄想女子から日常に帰って来てくれ! 頼む!」
まさか、教室で朝っぱらから、エロトークが炸裂するとは思わなかった二人は、恋の言動におろおろする。
そこで、ふと、笑顔になる恋。
「冗談よ、冗談。橘さん。演劇部の部室にどうぞ。橘さんにも新しい衣装を見てもらいたいから」
(ふざけるのも、ここまでね。橘さんは、達也君と付き合っているわけでもなさそうですし、だったら、私が別にビッチを演じる必要もないしね)
そう考えて、愛を招待する恋だった。
さて、放課後、演劇部に集まった演劇部の面々と達也そして愛。お互い自己紹介したところで、臨時部員ということもあり、親しみを持って、お互いを名前で呼び合うことにしたのだ。
さっそく、恋は衣装を試着しようと、服を脱ぎだしたのだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ、恋さん。達也がいるのよ」
「えっ、だって、達也君は、演劇部の臨時部員よ。着替えなんて、舞台裏じゃあ日常茶飯事なのよ。いちいち人の眼なんか気にしてられないわよ」
「だって……」
愛が心配するのをよそに、恋は制服を脱いで、ブラジャーとパンティ姿になる。
なにか、スイッチが入ったような恋。演じる時は羞恥心を脱ぎ捨て、自分ではない他人になるということなのだろう。
白い肌に、白い下着が映えて、純情そうな雰囲気に、均整のとれたプロポーションは、反則的に凌辱心をくすぐる。
「はあ、いたぶりたい……」
「えっ、愛、なんか言ったか?」
恋のストリップに目を奪われた愛と違って、達也はタブレットをカタカタ打って、FGCの調整に余念がない。
「達也、あんたは見てないの?」
「こういうのは、見ても見ないふりをするのが、礼儀ってもんだろう。お前の会社のランジェリーの発表会に行った時はもっと舞台裏はすごかった。何しろ美人モデルが素っ裸で着替えているんだから。でも、だれも手も足も止めずに、もくもくと仕事をしているんだ。こっちが恥ずかしがると、脱いでいる方がもっと恥ずかしくなる。それに比べれば、どーってことないよ」
「へーっ、達也も大人になったものね。その割には、タブレットを打つ姿勢が、前かがみになっているんだけど」
「ふーう、同級生が下着姿になる。このシュチュエーションは想像するだけで、現実には、なかなか在りえないからな。男の子だと仕方ないだろ」
「私の水着は何度も視ているのにね」
「ばか、水着と下着を一緒にするな」
達也は、恋相手と愛相手では全く反対のことを言っている。しかし、そのことを知らない愛はツッコむこともなく素直に返事をする。
「はいはい」
二人が、どうしようも無いトークに勤しんでいる間に、恋に準備は整った。
「達也君。準備出来たわよ。やってみて」
「OK」
そして、達也はFGCを作動させる。
恋の衣装は、達也の計算通りに、ダイヤモンドのようなまばゆいばかりの光りを放ち、ティアラとガラスの靴を履いた恋は、シンデレラに変身した。
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