第13話 いや早着替えなら、

「いや早着替えなら、最初からドレスを着て、歌舞伎のように、服を破ればいいのさ。それに、着るドレスの素材も、みんなが考えるような代物じゃない」

 そういうと、達也は、篁さんの耳元でこしょこしょと囁く。

「ちょ、ちょっと、くすぐったい。ダメだってば……。あん、みんなが見てる……」

 体をよじり、最後には目を瞑り、息も絶え絶えになっているところで、やっと、達也の話が終わる。達也と篁の様子を見て、目がうるんで息があがっている部員が何人かいたようだがそこはスル―だ。

「はあ、はあ、いきなり何をするのよ……」

「はっ、篁さん、話聞いてた? まず、篁さんだけに聞いてほしかったんだ。どう、いいアイデアだと思うんだけど?」

「もう、聞いてたわよ。いきなり、強引なんだから」

「強引って、俺、何もしてないよ」

 達也をジト目でみる篁。

「そっか。他意はないか。だったら普通にしゃべってくれたらいいのに」

「だって、このナイスアイデア、人に聞かせるには惜しいだろ。他の人が聞くのは、篁さんの了解を得てからだろう」

「でも、そんな恰好、するの恥ずかしいよ」

「だって、水着みたいなもんだろ?」

「かえって、水着より恥ずかしいの!」

「そうかな。篁さん、きっと綺麗だと思うけど」

「綺麗かな?」

「絶対だな! 保証する。なにしろ俺が舞台装置を設定するんだぞ」

「えっ、光坂君が、照明をやってくれるの?」

「当たり前だろ。俺はそんな無責任じゃない。大体、どう光を当てたら、あんな風になるのか分からないだろう」

「ありがとう、助かる。もう、わたしのことは、恋って呼んでいいから!」

 感激のあまり、達也は、恋は胸に飛び込んでくる、そう考えて、両手を広げて準備万端の体制を整えるが、そうマンガみたいにいかないものだ。

「うん?  達也君、なんで両手を広げているの?」

 めざとく問いかけてくる恋。この指摘は、結構、達也には厳しい。

「いや、ほら、深呼吸の練習だよ」

「達也君、なんで深呼吸? なんか緊張してるの? あっ、私を恋って呼ぶのに緊張するんだ」

 いつの間にか、恋も光坂君から達也君に呼び方が変わっている。 

「そうだな。恋さん。これからよろしく」

「達也君、こちらこそよろしく。今日からは、演劇部の臨時部員だからね」

 お互いに握手をする。セカンドコンタクトの成立だ。しかし、ファーストコンタクトより、達也は少し冷静だった。

「でも、恋さん。いつの間にか、俺のこと達也って呼んでない?」

「いいでしょ。私のことを恋って呼んでるんだから!」

 気が付かなくていいことを気が付いたことで、達也は、せっかく握っていた手を振りほどかれ、恋に腕組みをして、睨みつけられる。

 恋としては、達也と距離を縮めたいのに上手くいかない。

 達也としては、かわいい女の子に頼まれて、無い頭を絞ってFGCの応用を考え付いたんだ。そこのところはもっと褒めて感謝されたいところだ。

 「ファーストネーム呼び」、それが、二人をさらに親しくするアイテムであることなんて、愛と幼馴染のころから名前を呼び合っている達也にはわからない。

しかし、愛は達也ほど鈍感ではない。このFGCの使用はスグに愛にバレたのだ。


 ***************


 翌日、達也と愛が、教室に入って椅子に腰掛けると、すぐに、隣に座っている恋が声を掛けてくる。

「達也君。昨日言っていた材料、演劇部で買って来たわよ。公演まで時間が無いから、今日の放課後、どんなふうになるかテストしてみない?」

「恋さん。どうしよう。部室と市民ホールの舞台じゃ、また雰囲気が変わると思うけど、それでもやってみる?」

「それも、そうか。でも、やってみたい」

「OK。じゃあ放課後、演劇部の部室でいい?」

「それでお願いね。達也君」

「ああ、わかった。恋さん」

 隣り合った二人の会話は、後ろで聞き耳を立てていた愛にとっては衝撃だった。

(なに、この会話? 演劇の話をしているのかな? でも、ふたりがしっかり「ファーストネーム呼び」になっているし、私が目を離している昨日の間に、なにがあったというのかしら? 私、また達也の手綱を握り損ねた? それで、恋さんが、達也の毒牙に掛かった? これは、すぐにでも、恋さんを救出しないといけません)

 そう考えた愛は、後ろから達也の首根っこを掴む。

「なんだよ。愛。痛いって」

 達也は、仰け反る様な姿勢で、苦しそうに、愛の顔を見る。達也の間抜け顔を見た愛は、さらに怒りが込み上げてきた。しかし、こんな角度では、どんなイケメンだって間抜けな顔になるのは避けられない。

 この状態から、愛の怒りに任せて、首まで締め上げられる達也は不憫と言えるだろう。

「達也! あんた篁さんに何をしたのよ」

「何もしていないって」

「そんなはずないわよ。篁さんと名前で呼び合うなんて、あんたが、篁さんの弱点でも握らない限りは、こんな変態と親しくするはずがないでしょ!」

「違うって。俺が何をしたって言うんだ!」

「おら、おら、キリキリ吐かんかい!」

「あの、橘さん。違うの」

「えっ?」

 キリキリと達也の首を絞めていた愛は、恋の助け舟に、あっけに取られる。

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