第11話 思わず手を振り払ってしまった達也に
思わず手を振り払ってしまった達也に対して、篁の方も戸惑っていた。
「ごめんなさい。思わず嬉しくなって……」
「いや、別に、びっくりしただけだから……」
二人で気まずくなった雰囲気の中、いたたまれなくなった達也が、空気をかえようと言葉を探す。
「べ、弁当、美味しかったです」
「……いえ、お粗末様でした……」
「それじゃあ、衣装の件、放課後、演劇部の部室に行くから」
「光坂君、お願いね」
「ああっ……」
二人はぎこちない会話が途切れたところで、別々に屋上から出ていく。
達也が教室に返ると後ろの席から、さっそく愛に声を掛けられた。
「達也。どこに行っていたのよ?」
「購買に行ったら、パンが売り切れで、仕方ないから、学食で飯を食っていたんだよ」
「学食? うちの学食、いつもまずいって言ってたのに」
「別にいいだろ。背に腹は代えられないんだよ」
「まあ、達也の場合は、昼からの授業はいびきが煩いだけだしね。お腹をグーグー鳴らされるよりはましか」
「愛、待てよ。俺そんなに熟睡しているか?」
「さあ、どうだか? 隣の篁さんにでも聞いてみれば?」
達也が愛に追及されていた時、丁度、篁が教室に入って来たのだ。そして、いきなり話をふられた篁。
「えっと、私は、演劇部の佳奈のところに、打合せに行ったついでに、一緒にお弁当を食べてきたのよ」
「ちがうちがう。そんなこと聞いてないって。達也のいびきが煩いって話。時々、歯ぎしりに寝言、授業の妨げになってしかたないよね」
「そんなことないよ。それに、光坂君の寝顔、けっこう可愛いよ」
「そっか、そこからだと達也の寝顔が見れるのか? 達也、涎たらしてだらしないでしょ」
「うん。涎は時々垂らしてるかな」
橘が、篁と達也が昼休みに会っていたことを疑っているのかと警戒して、篁は必死に平穏を保ちながら、受け答えをしているのだ。
しかし、愛はそこまで考えて篁に話を振ったわけではない。研究に没頭するあまり、容姿の割には、圧倒的に恋愛経験が少ない。男女の機敏には、まったくもってダメダメなのだ。
そういう訳で、愛は残念な美少女という事である。
今回も、ただ、達也に意地悪をしようとして、篁を利用しただけなのだ。どこの小学生だ。お前はという感じだが、この攻撃は達也より篁にヒットしたようだった。
「あの、橘さん。もういいかしら? 私、光坂君のこと何とも思ったことないから」
愛の言葉に混乱した恋は、聞かれてもいないことを答えてしまった。
「当たり前よ。こんな変態、好きな奴が居るなんて、達也が告白されるぐらい在りえないわよ」
「愛、ちょっと待て。お前の例え、おかしくないか?」
「えー、なんで、在りえないことの例えに、達也が告白されるってベストじゃない」
「いや、同じ内容を例えに使ってるだけだろう。そこは、せめて西から日が昇るじゃないか?」
「ばかね。もしポールシフトが起こって、N極とS極が逆転したら、西から日が昇るでしょ。ポールシフトって二〇万年に一回あるんだから、達也が告白されるより在りえるわよね」
「俺が告白される確率ってポールシフトより低いんかい!」
達也が、悲しいツッコミを愛にかましたところで、チャイムが鳴る。すでに、教壇に立っていた先生はそこまでの話を聞いていたようだ。
「光坂、お前、先生の存在を無視するとはいい度胸だ。今日の宿題は、すべて光坂に答えてもらおうか」
「先生、それは……」
「まず、第一問だ。お前が異性から告白される確率についてだ!」
「そんな問題!」
そうして、先生にデスられながら、達也は午後の貴重な睡眠時間を削られたのだった。
ちなみに、ポールシフトが起こる確率で、ネット検索してみると、前回七八万年前にあって、現在は、いつ起こってもおかしくない状態らしく、ポールシフトの起こる確率程度ならば、達也はいつ異性から告白されてもおかしくないという結論に達する。
さて、どうでもいい結論がでたところで午後の授業も終わったようだ。
達也は、そそくさと教室を出ようとするのだが、愛に呼び止められてしまう。
「達也、今日は、部活動は?」
「いや、野暮用が在って、少し遅れる」
「そうなの? 私はおかあさんと買い物に行く約束をしているから、今日はパスね」
「そうか。分かった。ローズ先生にはそう言っておくよ」
「達也。私がいないからってFGC、使うんじゃないからね」
「分かっているって!」
「絶対の絶対だからね!」
そう言うと、愛はさっさと帰ってしまうのだった。とにかく愛という人間は、ここという時にミスを犯す人間らしい。
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