第9話 予備動作がない分
「予備動作がない分、突きのほうが、避けることができないようね」
溝打ちを押さえ、膝から崩れ落ちる達也を見ながら、勝ち誇ったように言い放つ愛。
それを見ていた篁は、震えながら、愛を指差して尋ねた。
「橘さん。あなた、なんで真っ暗なの?!」
「はい? 篁さんどうしたの?」
「スカートの中身が消えてなくなっている。かわいそうに下半身のっぺらぼうだ~。美人なだけになんて残念なの」
それを聞いた達也は、溝打ちを押さえながら笑いをかみ殺している。本当は、大笑いしたい所なんだろうが、痛みで声を出すことができないのだ。
「残念って、そこは不憫なのでしょ。篁さん。これはね、スケベ神よけの下着なの。貴方も必要になったら、いつでも言って、分けてあげるから」
「うーん。遠慮しておく。少しぐらい見られても平気だし、なにより、それ不気味なんだもん」
「はいはい、身の危険を感じることが、無いわけね。達也が隣にすわっているのに」
「光坂君? そんな、あまり話したことが無いけど、いい人よ。今日も相談に乗ってくれたし」
「はあ、達也は変態よ。私が完璧に証明してあげようか?」
「待て、愛そんなことより、早くローズ先生のところにいった方がいいんじゃないか?」
達也は、とんでもない証明をされる前に、さっさと話を切りあげようと、やっと立ち上がったのだ。
「そうだった。ローズ先生のところに行かなくっちゃ。篁さん。とにかく、達也には気を付けるのよ。わかった?」
「うん?」
訳も分からず、返事をした篁だったが、演劇部のレッスンルームを飛び出していった二人を見送って、さっきの愛とのやりとりを思い出していた。
(なに今の? 光坂君は私に気が在るわけ? それで、光坂君に気が在る橘さんは、私に釘を刺していったわけなの?)
実際には、篁の勘違いなのだが、そう思いこんでしまうと今度から、達也の事が気になりだすのは、人間の性(さが)と言えるのであった。
一方、職員室を訪れた達也と愛は、一足違いでローズ先生が外出してしまったことを、他の先生から聞いていた。
そして、職員室を出た二人は、これからどうしようか悩んでいた。
「ローズ先生、いつもなら、部室に顔を出してから帰るのに、今日はどうしたんだろ?」
「だな、せっかく、今回だけはローズ先生がいつも言っているように、実験台にしてあげようと思っていたのに」
「ああっ、そう言う事ね。ローズ先生、きっと嫌な悪寒でも走ったんじゃない。それで、私たちに会わないように逃げたのよ。やっぱり、普段から口だけなのよ」
「そうなのか? なんか期待外れだな。がっかりだ」
「あんたの欲望を満たすことができるのは、やっぱり、私だけね」
「だったら、その反則下着を脱げよ!」
「そうはいかないわよ。冗談じゃない!」
そんな、不毛の話をしていると、達也のメールが鳴った。
「あっ、篁さんからだ」
「なに、なんて書いてあるのよ」
「どうやら、ラインからの流出は防ぐことが出来たらしい。ラインでは、写真を削除したし、ライン仲間も、誰も転写していなかったらしい。もし、スマホに保存していた場合は、削除するように、脅かしたらしい。「もう、絶交、ライングループからも外す」ってさ」
「なるほどね。美人は、やっぱりラインカーストも上位なんだ。という事は、後はローズ先生だけね」
「そういうことだな。どうやって拡散を阻止して、写真を削除させるかか?」
「もうどうでもいいや。まあ、ローズ先生の事だから、向こうから何か言ってくるでしょ。いざという時は、あんたが撮ったこの前の全裸写真をネタに、ゆすればいいか」
「お前、先生相手に、ゆするのか?」
「だから、相手の出方次第よ」
「ローズ先生ってそんなに警戒する必要があるのか?」
「前にも言ったでしょ。あなたがアメリカで光子グラビティについて論文を発表してから、各国の軍事機関が活発に動いているのよ。達也だって、直接資金援助の申し出があったんでしょ。彼女がそんなところから派遣されてきている可能性だってあるんだから! ぞうでなきゃ、達也に近づいてくるはずないんだから……」
「お前の言っていることも一理あるかもしれないけど……。俺はあの申し出はキッチリこと張ったし……。愛の考えすぎじゃないのか?」
「そうだといいんだけど……。あんな金髪美人が冴えない達也相手にするってことがあり得ないって云うか……」
「なんだよ。その根拠? 俺が金髪美人に相手にされちゃいけないのかよ」
「なによ。達也のくせに……」
なにやら、ローズが怪しいという話から、達也が美人に相手にされるのがおかしいという話になって、愛は自分が嫉妬しているのに気が付いて、慌てて話題を変えたのだ。
「でも、篁さんが巻き込まれる可能性は低くなったわよ」
「そうだな。そっちから漏れるせんは無くなったかな」
達也と愛は、篁から写真がどこかに流出する可能性が無くなって、篁たちが危険にさらされる可能性が無くなったことで、FGCの完成を公表する気は無くなってしまった。
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