5の十九 そのあとの話

黒竜の儀から一月がたった。

ライラは目が回るほど忙しい日々を過ごした。

ジョシュアの空間転移を使って、周辺国に挨拶回りしたり、王都の祝賀パレードに参加したり。


ーーーとはいえ、ライラは未成年であるということで、主な対応はすべてジョシュアが行ったのだが。

ライラからすれば、ずっとジョシュアの横に立っていられたので、非常に幸せな期間だった。


「ずっと笑顔でいてください。」


それのみが、オズワルドから与えられた指示。

ジョシュアの横にいるときのライラはだいたいご機嫌だ。

「うへへへへ」と言いそうになるのだけ気をつければいい。

つまり、いつも通りにしているだけであってーーー隠さなくていいのなら、ずっと笑っていることなど朝飯前だった。


なぜか途中から、ジョシュアに挨拶の時以外笑わないように言われたが。


「ニヤニヤしてて気持ち悪かったですか!?」


ーーーと真っ青になったライラを見て、周りの人間が頭を抱えていた。

ジョシュアは、違うと真面目に首を振り、しっかりとライラの目を見て説明していたが。


「ライラの笑顔はマスキラを引き寄せすぎる。ーーーすでに、婚姻の申し込みが山ほど届いた。わたしの婚約者だと知って引き下がるものもいるが、中には諦めの悪い奴もいる。…向こうがかわいそうだろう?わたしから奪えるはずもないのに。」


外交問題になると大変だから、と言われればライラは黙ってうなずくしかない。


そんな楽しいーーーかはわからないが、ライラからするとご褒美のような日々を過ごし、ライラは学園に戻った。

二月余りの休学期間があり、ライラなどは単位を落とすのではないかと心配だったのだがーーーなぜか、教師陣の方が、「これをやっていただけないでしょうか?」と恐縮しながらライラの席までやってきて、その課題をこなすだけで、休学期間の授業単位が全て最高評価にされていた。

ライラは、こんなんでいいのかと首を傾げていたのだがーーー教師たちなどは、冷や汗をかきながら、「むしろこんなことにお手を煩わせてしまい!」などと恐縮し始める始末だった。


ライラはヘコヘコと頭を下げる教師が去っていった後でーーー横に座っているパーシヴァルに向き直った。


不思議そうに、こてんと首を傾げる。


「パーシヴァル、竜人ってそんなにありがたい存在なんですか?」


ポチポチと魔力通話をいじっていたパーシヴァルはーーーライラの言葉で呆れたように顔をあげた。


「ーーーお前、外交行って、各国の王族貴族からありがたがられてきたんだろ?今更何言ってんだ?」


しかし、ライラはあっけらかんと「お世辞だと思った」などと言っている。


そんな風に二人が話しているとーーー前に座っていたデニスが突然パンっと銃声を響かせた。

ギョッとする生徒とーーーああ、また誰かやったのか、と呆れる生徒がいる。


デニスはなんでもないことのように、銃に魔力を再充填して、すぐに使えるようにしている。

デニスが再び銃を構えたことでーーーある生徒が転げるようにして教室を出て行った。

なんともいえない沈黙が教室に落ちーーーミシェーラが呆れたように言った。


「ーーー盗撮にすぐ気づくのもだけど、機械だけきっちり破壊できる腕もすごいわ。…剣士じゃなくて銃使いにもなれるんじゃない?」


デニスは、銃がいいんだよ、などと答えているがーーー実は、ライラを盗撮する奴が多すぎるとデニスがジョシュアに相談したところ、ジョシュアがこんなのはどうだ?などと言って魔力で撃てる銃をデニスに渡したのだ。


「こんな武器初めて見ました。」


興味深そうに真っ黒な魔石でできている銃を眺めるデニス。

ジョシュアは手元の書類に目を落としながら、さらりと答える。


「国宝だからな。魔銃は耐久性が低く、威力も弱いからあまり好まれないんだがーーー数代前の国王が趣味で作らせたらしい。飛竜の魔石でできていて、そうそう壊れないんだが…倉庫にしまわれていたんだ、使い道があってよかった。」


国宝と聞いた瞬間、デニスは固まっていたがーーージョシュアは平然としている。

ずっと黙って二人の会話を聞いていたライラは、呆れたように突っ込んだ。


「ジョシュア、盗撮くらいで国宝なんて持ち出さなくていいですよ。ほら、翼生えてるから珍しいんでしょう。」


自分の背中で揺れている翼を指さすライラ。

しかし、ジョシュアは意外にも頑固だった。


「ライラの私生活を勝手に撮ろうなんてわたしに喧嘩を売っているとしか思えない。ーーーデニス、しっかり機械だけ破壊しろ。人間はダメだぞ。」


デニスはジョシュアの言葉でハッとしたように、顔をあげた。

ビシッと胸を打ち付ける姿は立派だがーーー内容が内容だけに、ライラはため息をついた。


ーーーしかも、威力がないって嘘だったしな。


ライラは胡乱げな目で床に落下した黒こげの魔力通話を見た。

機械を破壊できるのだ。人間など言わずもがな、である。


そんな集団のもとにーーーレイモンドがやってきた。

開けてあったパーシヴァルの横の席に当たり前のように座った彼はーーーなんとなく微妙な空気の教室と、床に落ちている黒焦げになった機械を見て、大体の事情を察したらしい。


「馬鹿な奴、まだいるんですねーーー何人目?そろそろ無駄だって気がつけばいいのに。…デニスも毎日大変だね?」


そう言って、常識人ぶっているレイモンドだがーーーパーシヴァルは呆れたように横に座ったレイモンドに向き直る。


「お前が俺を盗撮したやつ特定して半殺しにした話知ってんだからな。お前も同類だろうが。」


レイモンドは、パーシヴァルの指摘にパチリと目を瞬かせて、ニヤリと笑った。


「どこから聞いたんですか?ーーーまあ、手を出したらいけない人間がいるってきっちりわからせないと、ほら、側近だから。」


二人がやいやい言い出したところでーーーミシェーラがくるりとライラに向き直った。


「それにしても、なんか思ったのと違ったわ。」


前置きも何もないミシェーラの発言に、ライラとデニスが首を傾げる。


「ーーーほら、シャーマナイト様の態度よ。なんかもっと、こう甘い感じ?を期待したのに、どこまでも冷静よね。」


ミシェーラの言葉に、ああ、とライラがうなずいた。

そして、何かを思い出したのだろう。嬉しそうに瞳を魔力で輝かせた。


「ジョシュアは本当にかっこいいよ。婚約願いを目の前で突きつけてきた貴族にも、『お前は、俺に勝つつもりでいるのか?』って、全く動揺もしないで言って。」


ふにゃふにゃと笑うライラを見てデニスが苦笑する。

ライラはこんな惚気のようなことを言っていてもーーー雰囲気が以前と全く変わらないのだ。

ジョシュアの方は、結構変わったとデニスは思うのだが。


ーーーまだまだ、婚約者って感じじゃねえんだよなあ。


勢いよくジョシュアの素晴らしさについて語るライラに、あなたどこのファンよ、ミシェーラも突っ込んでいる。

デニスはチラリとライラの胸に光るサークルストーンを見た。

以前から彼女がつけていた父親の形見である青の魔石は少しばかり以前とは異なっている。

曲玉のような形に加工された青の魔石は、新しく隣にはめ込まれた同じ形の黒の魔石と対になっている。

ジョシュアの婚約者であることを示すためだろうか。

黒の魔石には銀色で浮き上がるようにジョシュアの個人紋が彫り込まれていた。


余談だが、王宮では黒魔石の純度の高さが話題となった。

あまりに高品質すぎたのである。形見石でもなかなか見ない純度だった。

シャーマナイト殿下が黒竜を殺したのでは?というとんでもない噂まで流れたほどだ。


「ーーーなあジョシュア、その魔石どこで手に入れたの?王宮で噂になってるけど。」


ライラとジョシュアの婚約披露パーティーの席で、パーシヴァルが代表してジョシュアに聞いたのだ。

面倒臭そうな顔をしながらも、周囲に懇願されれば、しっかりと質問してくれるパーシヴァルは、なんだかんだ人がいいのだろう。


固唾を飲んで見守る人々の視線を一心に受けたジョシュア。

しかし、ジョシュアは平然としており、しかもその回答は規格外だった。


「自分で作った。」


ーーーえ?魔石って自分で作れるんだっけ?あれ?


という全員の思いはジョシュアには届かなかった。

ライラは横で、さすがジョシュア!と目を輝かせている。


パーシヴァルはその回答を聞いてーーー興味なさげだった顔を一変させている。


「それほんと?俺にもできる?」


教えて教えて、とジョシュアに詰め寄っていくパーシヴァル。

二人はこそこそと何かを言い合っていた。

ライラも聞きたかったのだが、黒の魔力の扱いに相当慣れていないと危険だと言われてしまい引き下がった。


追い払われたような形になったにも関わらず、二人のことを目を輝かせながら見ていたライラの顔を思い出したデニスは、クスリと笑ってしまった。


そんなデニスを見て、ミシェーラが少し引いている。



午前の授業を終えたライラがーーーふと魔力通話を見て、目を輝かせた。


「あ!今日ジョシュア時間取れそうって言ってる!ちょっと王宮行ってくるね。」


ーーーリン。


ライラはそう言って、学園の廊下から忽然と消えた。

後ろにいた生徒などは、衝撃で手に持っていた鞄を落としている。


しかし、周りの面々は慣れたように、じゃーなー、などと手を振っていた。

食堂に移動しーーー食堂がどんなに混んでいても、なぜか、いつも開けられている角の机に腰掛けた面々。


昼食を食べ終わったあたりでーーーミシェーラが、はあ、とため息をついた。


「正直期待してたんですけどね。ーーー激甘になったシャーマナイト様。」


ミシェーラの発言に、パーシヴァルとレイモンドはギョッとしたような顔になってデニスの方を見る。デニスは苦い顔になっていた。


デニスが何も言わないのを見て、これは大丈夫な話題なのだとレイモンドは判断したようだ。

確かに、などと頷いている。

しかし、パーシヴァルの意見は違うようだ。


「十分甘いだろ。あいつ機械みたいだったし。なんか、外交してる最中、ライラいないところで一回ブチ切れたらしいぞ。あんなに怒ったジョシュア見たことないって、オズワルド笑ってたし。」


詳しく!と身を乗り出すミシェーラ。

レイモンドは「機密情報じゃないんですか」と苦笑いだ。


「王族の側近しかいねえし問題ないだろ。ーーー未成年が参加できない酒の出る席で、ジョシュアに面と向かって、ライラの愛人にしてくださいって言いにきたアホな貴族がいたらしくてーーージョシュアから出た魔力で、会場の空気が凍りついたらしいぞ。ジョシュアが何か言う前に、ホストだった王族がその貴族を摘み出したらしい。」


それは甘いんですか?と首を傾げるミシェーラ。


「続きがあんだよ。翌日から、その貴族がちょっとでも近くに来ようとすると、ライラをそっと自分の影に隠すようになったらしくて。ーーージョシュア様が、そんな細かい気配りをできるなんてって感動してた、オズワルドが。」


きゃー!いいですね、とはしゃぎ出したミシェーラとは違い、デニスは首を傾げている。


「それくらい当たり前じゃね?」


「ーーー糖度100%のブライヤーズ基準で考えちゃダメよ。あんたたちは甘すぎるのよ、胸焼けするから自重しなさいよ。」


ミシェーラの冷たい言い返しにデニスが「ひでえ!」と叫んでいる。



デニスとミシェーラと別れた後でーーーレイモンドがパーシヴァルの方を見てニヤリと笑った。


「ーーーアレ、は流石に言わなかったんですか?」


ニヤニヤとするレイモンドにーーーパーシヴァルは無言で蹴りを繰り出している。

いらっとしたらしい。

レイモンドが涙目になっている。


「あいつらまだガキだからな。ーーージョシュアの魔素をライラの器に送り込んで、子供を作る準備を進めてるなんて話はちょっと早いだろ。」


「ーーー黒の魔力同士で相性がいいのかブリテン王家にしてはあり得ないくらいにの勢いで魔素が入っていってるらしいですね。」


レイモンドが苦笑いする。


「ライラは気がついてないらしいな。あいつもアホだからなー。」


ーーーこれは、実は誤解なのだが…ライラとジョシュアの間の取り決めで、になっている。


「普通、他人の魔素が入ってきたら気がつくだろ、」などと言いながらパーシヴァルが当然のような顔をして、レイモンドの寮の自室に入ったところでーーー急にレイモンドがパーシヴァルの両手を拘束し、壁に押し付けた。


パーシヴァルはギョッとしたようにレイモンドを見上げていたがーーーその瞳が淀んでいるのを見てはあ、とため息をついた。


ーーー今日はどこで、こいつのスイッチ押した?


パーシヴァルが抵抗しないのを見てーーーレイモンドは、泣きそうな顔になりながら、首筋で呪文を唱え始める。


レイモンドの低い声で囁かれる呪文ーーーまさに話題になっていた、「相手に魔素を送る」中でもっとも強力な分類に入る呪文にパーシヴァルは苦笑した。


パーシヴァルが苦笑するだけなのはーーー意味がないことがわかっているからだ。

レイモンドとパーシヴァルでは、魔力の濃度が違いすぎた。

レイモンド側からいくら魔力を流しても、弾かれてしまうのだ。

年々その差は開く。

今ではパーシヴァルはレイモンドの補助なしでも黒魔法が使えるようになっていた。

パーシヴァルは正しく理解していた。レイモンドの焦りを。


はあとパーシヴァルがため息をついたところで、首筋に吸い付いて跡をつけ始めたレイモンドを慌てて剥がしたがーーーすでに手遅れだった。

パーシヴァルは鏡の前に立って、赤くついた跡にため息をつく。


「おい、どーすんだよ。そうじゃなくても俺は素行が悪いって言われてんのに、淫行王子とか言われんぞ。」


ちっと舌打ちしたパーシヴァルにーーーレイモンドは黙ったままだ。スタスタとパーシヴァルの横を通り過ぎ、ソファまで歩いていって、乱暴に鞄を放り投げた。

そして、ジャケットから取り出したのは魔煙である。

どかっと腰掛けたレイモンドの元にパーシヴァルが寄って行こうとしてーーー拒否されている。


「来んな。ーーー今さっき乱暴したマスキラのそばに、そんな寄ってこないでくれよ。あんたと二人で同じ空間にいるだけで、最近は頭がおかしくなりそうなんだ。」


しかしーーーレイモンドの言葉を無視して、パーシヴァルはピタリと身体を寄せて座った。

レイモンドが舌打ちするも、パーシヴァルはニヤニヤしている。


パーシヴァルはポチポチと魔力通話をいじり始めた。

レイモンドは自分が見える位置にわざと構えられている画面に視線を向けーーー自嘲する。


ーーーああ、ほんと誰か助けてくれ。


画面に映った名前がシャロンであることに安堵する自分。

画面が見えないとレイモンドが不安になるのを理解しているパーシヴァルの態度に、心から安堵している自分。


レイモンドは、最近の自分が怖かった。

どんどんハマっていくのだ。

遠ざけようとすると、パーシヴァルの方が寄ってくる。

レイモンドが逃げ出すのを、パーシヴァルは決して許さない。

そして、パーシヴァルもその「執着」に心の底から歓喜している。


出てけ、嫌だ、そんなやりとりをしばらく繰り返したあとーーー観念したように、レイモンドがパーシヴァルをヒョイと抱き上げ、自分の懐に抱き込んだ。

この体制だとちょうど、パーシヴァルの頭がレイモンドの顎のところにくる。


リモコンへと手を伸ばし、テレビを見出したパーシヴァルの頭に顔を押し付けながらーーーレイモンドが呟いた。


「ねえ、いつになったらフィメルになってくれるんですか。」


レイモンドの問いにーーーパーシヴァルは何度も言ってんだろ、と応える。

意識はテレビに向けられたままだ。


「俺はフィメルには一生ならねえかもって。ーーーライラの力が予想以上に安定しなそうだし、シャロンまで国外出るとか言い出したし、俺の戦闘力が下がるようなマネはしねえよ。」


レイモンドが何度も聞いた正論。

パーシヴァルは黒竜の儀の役割をもらってから、本当に、真面目に国の将来を考えるようになった。


ーーー俺には「怠惰」な頃のあんたの方がよかったかも。


でもーーーパーシヴァルはどんどん美しくなっている。

人間はやはり、目標があると輝きだすのだ。


応援したい。頑張って欲しい。

やめて、これ以上置いていかないで。


そんな愛する人の輝きを塗りつぶしてしまいたくなる自分の醜い感情を、レイモンドは持て余していた。


黙ってしまったレイモンドに気付いたパーシヴァルがーーーはあ、とため息をつく。

ぷつりとテレビを消しーーーレイモンドの頭をどけさせ、身体を反転させた。


ーーーすぐにレイモンドにどかされていたが。


「ーーーなんでだよ。」


膨れるパーシヴァルに、レイモンドが無表情になっていった。


「犯されたいんすか?」


「「…。」」


しばし睨み合った後、横に座ることで決着した二人。

この空気で、パーシヴァルが話す内容を予想できるレイモンドはーーー誤魔化すように、また一本魔煙を取り出している。


「俺は、前から言ってるけど、国のためになると思ったら、誰とでも結婚するつもりだ。ニュートでいるのもそのためだし。ーーーでも、お前がいなくなったら俺は壊れる。いなくならないでくれ。」


パーシヴァルの真っ直ぐな言葉は、レイモンドにとって甘美でーーーひどく、残酷だ。

しかし、レイモンドに選択肢などない。

パーシヴァルは壊れると言ったがーーーレイモンドも、パーシヴァルがいない未来など、すでに想像できなくなっている。


「ーーー俺を犯罪者にしたくなかったら、相手は吟味してください。クソ野郎だったら、多分ぶっ殺します。」


パーシヴァルは呆れた顔になったがーーーまた、レイモンドの懐に潜り込んで、テレビを見始めた。


「そもそも、本当に自分の好きなように性分化って操れるんですか?」


レイモンドの疑問にーーーパーシヴァルはできるんじゃね?などと軽く答えている。


「第二王妃が亡くなった一週間後にジョシュアが自分の意思で性分化してたし。普通は無理らしいけど、俺たちどう考えても普通じゃねーし。」


「さっすが、黒魔法の王子様たちは違いますねー。」


茶化すように言ったレイモンドはすっかりいつもの調子を取り戻しておりーーーパーシヴァルはふっと表情を緩ませた。


そこで、ふとした、いたずら心がレイモンドに浮かんだ。

言った後で後悔することになるのだが。


「そういえば、俺が違うフィメルと結婚するっていたらパーシヴァル様は…」


一瞬だった。

レイモンドは気づけば馬乗りにされていた。

そして、喉元にはパーシヴァルの、真っ赤に染まった魔力のナイフが突きつけられている。


ストンと感情の抜けた顔で、パーシヴァルが告げる。


「殺す。」


「ちょ、若干食い込んでますって。すいませんでした!」


え、理不尽すぎません?というレイモンドの呟きは黙殺された。



治癒魔法のために呼び出されて部屋にやってきたシャロンは呆れ顔になったとか。


「二人して首に傷って。」


ちょっとした戯れですよーと笑うレイモンドを見て、シャロンは半目になっている。


「あんたって病んでるわよね。」


「シャロン先生だけには言われたくないです。」


しばらく睨み合いーーーふっとシャロンは笑った。

レイモンドが不思議そうな顔になる。


「いや、そういう意味でジョシュアが一番国王にふさわしいわよね。一人に執着しすぎず平等に国民を守るべきでしょう?王様は。」


そう言ったシャロンに納得顔になったレイモンド。

パーシヴァルも黙って頷いていたが…やがて何かを思い出したようにクスッと笑った。

不思議そうな二人の視線を受けて…「これは秘密なんだけど」と笑った。


ーーー本当ならもうチョーカーなんていらないのにな。


ジョシュアが付け直したチョーカー。

その意味を…おそらく本人たちも気がついていないであろう意味をパーシヴァルはわかっていた。

そして、感情というものに疎い兄のことを想う。

自分の番に浮かんだ自分のための印を隠した兄のことを。


「…あいつならジョシュアにも愛情って感情を教えられるかもな。」


「あいつ」の正体に心当たりがあったのであろうレイモンドとシャロンは顔を見合わせた。


パーシヴァルは王宮の方を向いた。

まるで遠くの二人の魔力を探すように。


「ジョシュアのためにフィメルになったあいつになら任せられるよ。」


パーシヴァルが笑った。レイモンドとシャロンも同じく王宮の方を見て…優しい顔になる。


ーーーこれは黒竜と王族に魅せられたライラが、ハートマークを見つける物語。


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