5の十八 頼れる存在

ジョシュアはライラと手を繋いだ状態でパーシヴァルたちの前から姿を消しーーー谷底へと飛んでいた。


黒竜が寝そべっていたところには何も遺されていなかった。

いつも落ちていた黒魔石も残っていなかった。

まるではじめから何も存在していなかったかのように、黒バラが見事なまでに狂い咲いている。

薔薇に留まる青い蝶も、地面で行列を作る蟻もーーー黒竜以外の生きるもの全てがそっくりそのまま存在していた。


黒竜が残して行った空間で二人は向き合った。

時折風が吹くと、視界が全て花びらで埋まる。

むせ返るような香りと、濃厚な黒の魔素の気配は、常人であれば立ってもいられないだろう。

しかし、ジョシュアとーーー竜人となったライラにとっては違った。

いわば、母親のお腹の中のようなーーーそんな、不思議な安心感のあるその場所へと、ジョシュアは何も考えずに転移してきていた。


なんとなく、ここが一番ライラが落ち着くだろうと確信したからだ。


そこでシャツしか着せられていないライラがふるりと身動ぎした。


ジョシュアは誰も見ていないのをいいことに、普段は絶対にやらないことーーーあぐらをかいて、地面に座り込んだ。

一度は話した手を再び掴むと自分の方へと引いた、

そして、ライラを足の上に乗せ、マントですっぽりと包み込んだ。


竜人になったライラは、体温が非常に低くなっていた。

温めるようにマントで包み込んでも、手の平を握ってみても、まるでガラスに触れたのかのように冷たいままだ。

そして、冷たい頬に掌を滑らせ、ジョシュアはライラの顔を見つめている。


息を感じるほどの近い距離。


「少しは暖かくなったか。」


ジョシュアが心配すると、ライラは驚いたように目を瞬かせた。


ーーーどうしたんだろう?こんなに感情豊かなジョシュアは初めて見たよ。


ライラは竜としての記憶が流れ込んだことで混乱していた。

でも、それは嫌な混乱ではなかった。

徐々に記憶が整理されていくにつれ、湧き上がってくるのは喜びだ。


ジョシュアへ感じていた「この人のために生まれてきた」という本能が正しかったことを悟った。

ジョシュアを竜として支えていくことがライラの使命なのだ。


ーーーまさか、黒竜さまを助けたいと思ってたら黒竜になるとは思わなかったけど…ある意味一番助けられたから、夢は叶ったってことでいいのかな?


うーんと考えていると、ジョシュアがすりすりと頬をさすってきた。

冷たいのが心配なのだろうが、何しろ抱え込まれているせいで先ほどから顔が非常に近い。


人間の感覚を取り戻してきたライラ。

徐々に戻ってくる羞恥心。

「ちょっと近くないですか?」とライラは抗議した。

しかし、胸を押し返すことで距離を取ろうとしたライラの試みは、腕に力を込め直したジョシュアによって黙殺された。


「ジョシュア様?どうしたんですーーー「様はなしだ。ジョシュアと呼べ。」


ライラははぐうっという奇声を上げて黙り込んだ。

ジョシュアの拗ねた様子が大変珍しく、ライラのツボにハマったらしい。


急に顔を覆って唸り出したライラを見て、ジョシュアが笑った。

間近で見せつけられたジョシュアの笑顔の大サービスに、ライラはしばらく唸り続けていたがーーーやがて、スッと真顔になった。


「ーーージョシュア、騙すような形になって申し訳ありません。ライラはあれだけ皆様をかき回した黒竜でした。…忘れてたとはいえ、なんと申し上げていいか。」


しょんぼりと肩を落としたライラを見て、ジョシュアがフッと笑った。


「いや、ヒントはたくさんあった。無意識に教えてくれていたんじゃないか?周りと異なる魔力に関連のない瞳の色や魔獣のように流れる魔素、ライラック=ガブモンドという名前、フェルの存在。ーーー先ほども言った通り、わたしとパーシヴァルは疑いは持っていたよ。」


そう言ってジョシュアはそっとライラの前髪をどかすと、とろけそうなほどに優しい顔で、ライラの瞳を覗き込んだ。


「瞳の色は変わっていないな。」


ジョシュアの顔は優しく微笑んだ。

その笑みはライラが今まで見たことがないほどに甘さを含んでいてーーーライラはピュッと逃げ出した。


急に飛び上がったライラを見て、ジョシュアは驚いたようだ。

そして、特に逃げられたことに残念がるそぶりもなくーーーライラの飛ぶ姿を改めて見たことで感心したらしい。


「本当に飛べるのだな。見事な翼だ。ーーー浮遊魔法が全自動で発動しているんだな。」


ライラは見られて恥ずかしかったのか、さらに上へと羽ばたこうとしてーーーふらりとかしいで、地面へと落下しかけた。

すぐに、移動したジョシュアによって抱えられたため、怪我をするようなことにはならなかったが。


ライラはクラクラとする頭を押さえながら、ジョシュアにお礼を言おうと顔を上げーーーぎょっとして黙り込んだ。


ジョシュアが泣きそうな顔になっていたからだ。

先ほどまでの飄々としていた姿とのギャップにライラは目を剥く。


ーーージョシュア様どうしたの!?こんなに感情豊かな方だっけ?


こてんと首を傾げたライラを見て、ジョシュアはほっと息をついている。


そして、懇願するように言った。


「喜ぶ姿も恥ずかしがる姿も可愛らしいがーーー頼むから、無茶をしないでくれ。君は代替わりを遂げたばかりで、まだ魔力が安定しないんだ。飛ぶのは私が許可するまで禁止、わかったな?」


口調は叱るようだが、その目はどこまでも甘くーーーライラは、目が逸らせなかった。観念したように頷く。


しばらく見つめあった二人だがーーージョシュアがフッと顔を逸らした。

懺悔するようなため息。

再び合わされた視線。


そしてーーー。


「…ひどい王であるわたしのもとで、王妃として一緒にこの国を支えてくれないか?」


ジョシュアから告げられた衝撃的な言葉。

ライラはピタリと動きを止めた。


「ど、ど、どどういうことですか!?」


焦るライラを見てジョシュアは幼子に言い聞かせるような優しい声で建国物語を語り始めた。


ーーーライラも建国物語は当然聞いたことがある。


黒竜が秀策の身体を得て人間となった後、黒竜は世界を旅し始めた。


黒竜はある小さな村で一組の若い夫婦に出会う。

若くして一人旅する黒竜を心配して家にあげてくれた夫婦だった。

貧しい暮らしの中でも、見知らぬ人間…しかも、漆黒の髪を持ち、近寄りがたいほどの魔力を纏う黒竜に優しくしてくれたその夫婦。


黒竜はその夫婦のお腹に宿っていた子に加護を与えた。

この加護を与えられて生まれてきた子供が建国の王である。

建国の王は、秀策の願いを知り、黒竜の悲しみに寄り添った。

そして、黒竜と共にグレイトブリテンの基礎を築いた。

その建国の王の子孫が黒の魔法を使える今の王族なのだ。


しかし、だからと言ってなぜライラとジョシュアが婚姻する話になるのか。

伝承通りにいくのであれば、ジョシュアの子供にライラが加護を与えるのではなかろうか。


「ジョシュアさまの選ばれるフィメルですからさぞ素晴らしい方でしょう。心配しなくてもわたしは喜んで加護を与えますよ?」


ライラの疑問にジョシュアはいつも通りの無表情になった。

拒否されたと思ったのかもしれない。

混乱しすぎているライラは気がついていないが、ジョシュアの魔力がざわざわと波打っている。


先ほどとは違って温度のない声でジョシュアが説明する。


「君は器となれるような子供をわたしの種を使って用意して、黒魔法の加護を受け継がせる方が好みか?…あまりお勧めはしないぞ。わたしと子をなせるようなフィメルがいるかもわからないし、子供も何人作れば当たりが出るかわからない。たまたま、君のように素質があるような子供をさらって来る手もあるな。王族じゃないと反発が出そうだから養子に入れないといけないが。…そもそも君の魔力はまだまだ不安定だ。秀策様と黒竜さまが出会ったとき、黒竜さまはすでに成体だったが今の君は違う。しかし君が成体になるのを待っていてはグレイトブリテンから魔法使いが消えてしまうーーー君の子供なら間違いなく黒魔法を使えると思うんだ。私と婚姻することで子供と我々王家に加護をくれないか?」


ジョシュアは自分で言い切った後でーーーひどく後悔したような顔になった。

まるで加護が欲しいから、それだけが目的で婚姻を迫っているようではないかと。


ーーー違うのに。こんな言い方をしたいわけじゃなかった。


もし、この場にパーシヴァルがいたらフォローを入れていただろう。


ーーージョシュアがライラ以外と番うつもりがないし、自分が一番そばで守りたいって素直に言えよ!と。


ジョシュアが自分の言葉下手さに落ち込む中ーーー

ライラも衝撃を受けていた。

ジョシュアがそこまで(今まで聞いたことがないほどの長文を喋るほどに)婚姻を望んでるなど夢にも思わなかったからだ。

しかし、ジョシュアの言葉が正しいのは本能的にわかった。

受け継いだ力のほとんどをまだ使いこなせないのだ。

ライラは竜としては子供もいいところ。血の繋がりを作れる自分の子供はまだしも、他人に加護の魔法をかけられるかについて、全く自信はなかった。


母親である黒竜はそれも含めてジョシュアに多く加護を与えたのだろう。

ジョシュアがライラを守り、ライラは国を守っていくことが求められているのだ。


ーーーで、で、でもさ、わたしなんかがジョシュアさまと結婚!?


パクパクと口を開け閉めするライラを見て…ジョシュアは悲しげに眉を寄せた。

しかし、その表情とは裏腹に告げられた言葉の恐ろしさにライラは硬直したのだが。


「ーーーライラ、拒否するのはお勧めしない。君が違うマスキラを選ぼうものならわたしはそのマスキラを殺すだろうし、君を監禁して子供を作るだろう。…国を守りたいのもあるがわたしは君を手放したくない。お願いだから頷いてくれ。」


ライラはピシリと固まった。

パーシヴァルがいたら「惜しいけどなんか違う」と頭を抱えたかもしれない。

ライラは並ぶ不穏な単語の数々に、嫌な汗が浮かんでくるのを感じながらも、うなずかなければまずいということだけは理解した。


ーーーは、恥ずかしいとか言ってる場合じゃなく、国の存続がかかってるんだ。


「わ、わかりました。一緒に国を守りましょう。」


ライラが止まった思考のままうなずく。

ジョシュアはほっと息をついて再び笑顔を見せた。


ジョシュアの見せた執着の理由がわかるようでわからないライラ。


「君には傷ひとつつけさせない。ーーーだから安心して成長してくれ。」


いつもの王太子の顔になってライラの頭を撫でたジョシュア。

しかし、その顔を見たライラが不満そうにジョシュアの頬をグニッとつねった。


今までジョシュアにそんな行動をするものはいなかったのだろう。

呆然としたジョシュアを見て…ライラがぷっと笑った。


ーーージョシュアさま…じゃなくてジョシュアはもっと若者らしい顔をした方がいいよ!


満足げに頷いた後で手を離し、ジョシュアの黒に青みがかったグラデーションの入った瞳に視線を合わせるとーーー最近では見せなくなっていた、とろけるような笑顔になってライラが言う。


ジョシュアはライラの瞳に流れる夜空の流れ星のような光に見とれながらーーー続いた言葉に目を見開いていた。


「ジョシュアはいつも周りを助けようとしますね。ーーーでも、忘れないで、わたしだけはジョシュアと対等なんです。これが、黒竜としての意見。」


ーーーそしてですね、とライラは悪戯っぽく笑った。


「ライラとしては、ジョシュア様のそばにいられれば、本当になんでもいいんです。死ねと言われれば喜んで従いますし、王妃になるのがジョシュア様にとって最善ならライラは喜んで役目を全うします。」


だから、わたしの前では王太子じゃなくても大丈夫ですよ。そう言って笑ったライラをーーージョシュアは泣きそうな顔になって抱きしめた。


ジョシュアは嬉しかった。

伝え間違えたと思った。

脅してでも手放すわけにはいかなかった。

常にジョシュアの人生で失敗は許されなかった。

でも、黒竜ライラはそんなジョシュアを全部受けとめてくれるのだ。


ライラは急に近づいたジョシュアの身体に、驚いて固まっていたがーーー聞こえてきた鼓動のあまりの速さに吹き出した。


「ーーージョシュア様でも、緊張したりすることあるんですね。」


ふふふ、と笑うライラにーーージョシュアは、何も言わずにさらに腕の力を強めた。

そして、頭上から降ってきた声色が、いつも通りの自信に満ちたもので、ライラはそのことになぜだかすごく安堵した。


告げられた内容はとんでもなかったが。


「ーーーだって君はドキドキするくらいに美しい。」


へ!?と驚きの声をあげたライラだが、予想以上にジョシュアの拘束の力は強く、簡単に抜け出すことができない。


「な、なんの冗談ですか!?」


「ーーー冗談などではない。君もわたしが竜種が、中でも黒竜が好きなのはよく知っているだろう。」


ーーーそ、そうだった!いつも黒竜さまを見にいっているせいで黒薔薇の香りがするって話をしてたんだった。


そんなやりとりをしながらバタバタと暴れていた二人だったが、やがて、ライラが堪えきれないように笑い出したことで、休戦になった。


ライラにより説得され、ジョシュアがやっと腕の拘束をとき、向かい合って座った二人。


ふう、吐息をついたライラがーーーあっと何かを思い出したように言った。


「これも言っておかないと。ーーージョシュアは、次期国王です。その誇りを持った姿を好ましく思いますし、わたしも守護竜として父の残した国を見守っていきたい。国を守る、それがあなたの役目で、そんなあなたを含めたグレイトブリテンの魔法を守るのがわたしの役目です。」


いいですね?と言ったライラをーーージョシュアがなぜか、また引き寄せて、彼の腕の中に抱え込んでしまった。

ちょっと!?また話し合いですか!?と慌てるライラだったがーーーふと、ジョシュアの魔力がとても不安定に揺れているのに気がつき、黙り込んだ。


ーーーまるで泣いているみたい。


ライラがそう思っているとーーー感情のない声で、ジョシュアが言った。


「わたしを、守ると言ってくれたのは、ライラが初めてだ。」


ボソリと告げられた内容にーーーライラがあれ?と首を傾げる。


「護衛の騎士とかいますよね?ーーーああいう方々は?」


ライラの疑問にーーージョシュアはハッと鼻で笑った。


「わたしはパーシヴァルと違って生まれた瞬間から黒の魔力を使えていたらしい。記憶にはないが、生後半年で刺客を返り討ちにしたとか。…護衛は周囲へのポーズだ。敵が来たときは、魔法の邪魔になるから下がるように指示してある。ーーー本当の意味で守ると言ってもらえるのはこれほどまでに心が温まることなんだな。」


ジョシュアの独白にーーーライラは悲しい気持ちになった。

以前イアハートも同じようにジョシュアを心配していた。

強力すぎるジョシュアの力は彼を孤独にしたのだろう。

誰も悪くない。

それでも、ジョシュアはずっと一人で戦ってきたのだ。

幼い背中に、国を背負って。


ライラはそこまで考えーーーポンポンとあやすようにジョシュアの背中を叩いた。

そして、密かに決心した。


ーーー早くジョシュア様を安心させられるくらい力を使いこなせるようになろう。

きゅっとこぶしを握りしめるとーーージョシュアがその拳を大きな手で包み込んできた。


「ーーー急がなくていい。あとしばらくはわたしに守られていてくれ。」


なんでわかったんですか!?と声をあげたライラに、ジョシュアからは苦笑が落とされた。


「わたしの前で宣誓する新人騎士と似たような魔力の動きをしていた。ーーー頼むから、無茶しないでくれ。」


その声が震えていてーーーライラは思わずジョシュアの頭を撫でてしまった。


「まあ、新人騎士ほどか弱くないですけどね。」


真顔で呟いたライラを見下ろしてーーージョシュアはおかしそうに、片方の眉を上げている。


そしてふとしたようにライラのうなじに視線を落としたジョシュアは…先ほど拾い上げていたらしい。鞄から見慣れた黒のチョーカーを取り出し、ライラの首につけ始めた。


ライラはくすぐったそうにピクリと身動ぎしたものの、大人しくされるがままになっている。


ジョシュアは留め金がはまりカチリと音がした。

ジョシュアは満足そうに一つ頷くとーーー「行こうか」と言った。


二人で空間魔法で王宮へと帰り、突然現れた二人に、オズワルドが驚きで食器を落としたあと、号泣することになるのはこのあとすぐの話である。



時間は戻り、ジョシュアが消えた後の黒の渓谷では。

取り残されたパーシヴァル、ミシェーラ、シャロン、デニスの四人はーーー無言でプレートへと乗り込んでいた。


「うお!?ーーー消えるどころか魔力が増えてやがる。調整にしばらくてこずりそうだな。」


パーシヴァルの言葉にミシェーラは首を傾げたが…シャロンは苦笑いで頷いている。「ライラを治療しろっていう圧を感じるわ」と首を振っている。


役割者の力は消えた。

しかし、その隙間を埋めるかのように、パーシヴァルとシャロンには黒竜から魔力が与えられたのだ。

未来をみるという魔力を伴わない能力だったミシェーラだけが以前と変わらないと拗ねたように言っていた。


魔力の調整をしながらぶつぶつとパーシヴァルが文句を言っている。

やりすぎたとの言葉の通りーーーものすごい量の魔力が込められたセンターオブジプレートは、風のような早さで黒の渓谷を後にした。


連絡を受け王宮で待機していた国王やレイモンド、ミシェーラの両親に向かい入れられた面々。

デニスの家族は今は勤務時間でいなかった。


喜びに湧き上がる王宮の一室を一人で後にしようとしたデニスはーーーバシッと手を掴まれた。

デニスは驚いて振り返りーーー苦い顔になった。


「ーーーシャロン、俺、一人になりたい。」


しかし、シャロンは構うことなくデニスを引きずっていく。

辿り着いたのはデニスが入ったことがないフロアだった。

シャロンの王宮に与えられた自室らしい。

国王の住まいからかなり近い場所にあり、デニスにも国王がシャロンを重用していることが嫌でも伝わってきた。


そんな部屋にデニスを引きずり込み、ソファに座らせたシャロンはテキパキと使用人たちに指示をした後ーーー黙り込んでいるデニスに向けて、ビシッと指を突き出した。


「地獄なのはここからよ!二人が結婚して子供ができるの。それを横で笑顔で見守るのよ!ーーー辛いなら、早めに離れた方がいい。」


そう告げたシャロンの声はーーーデニスが想像していたよりも、ずっと優しいものだった。


デニスは苦笑する。できるわけないだろ、と呟きながら。


「聞いた?ジョシュアさまの専属に指名されたんだ。騎士団長への王道コースだぜ。ーーー実際に就任するのは十八歳くらいかな、若すぎるって非難されそうだし、しばらくはライラのこと考える余裕なんてねーよ。…もう、俺が守る必要なんてないだろうし。」


はあ、とため息をついたデニスにーーーシャロンの冷静すぎるツッコミが入った。


「いや、守る必要はあるわ。たぶん魔力が安定しないだろうから、しばらくはライラは竜人として十分な力を発揮できないでしょう。まだまだ警護対象よ。」


そんなシャロンの言葉にもーーーデニスは首を振る。


「それはそうかもしれないけどーーージョシュア様が守るだろ。」


見たくねえと頭を抱えるデニス。

しかし、そんなデニスにシャロンはなぜか企んでいるような顔で笑いかける。


「そうでもないわよ。ーーーだって、ライラは学校に行くでしょう?王宮にいる間だって、シャーマナイト様は馬鹿がつくほど真面目だから部下に仕事を押し付けたりしないでしょう。今まで通り王宮での執務で忙しいってこと。どうせライラの護衛は頼れる側近に任せるわ。そこにデニスが入ればいい。ーーー申し分ないでしょう、今回の功績を考えても。」


デニスがそろそろと顔をあげる。

少し輝きを取り戻し始めた瞳にーーーシャロンがさらに畳みかけた。


「シャーマナイト様に嫌がらせするつもりでライラを公私共に守りなさいよ。大丈夫、シャーマナイト様とぼけたところあるから適当に言い訳しとけば罰せられることはないと思うわ。」


ーーーあんまりなシャロンの言い分にデニスは絶句していたが…やがて、ぶっと吹き出した。


二人して声をあげて笑った後ーーーデニスもシャロンと同じく悪い顔になって言った。


「惚れたフィメルをかっさらっていくんだから、嫌がらせくらい許してほしいよな。…よし、一生ライラのそばをうろついてやる。」


その言い方、ストーカーみたいね。ーーーというシャロンの呆れ顔にもビシリと言い返している。


「お前も似たようなことやってたんだろ?」


とデニスがにらめば、降参とでもいうように両手をあげていた。


ひとしきりふざけ合った二人はーーーふと、真顔になった。

シャロンが急に地声になって言う。


「オカマとか言われてる俺から見てもライラは魅力的に写った…真剣に守れ。たぶん次から次へと湧いてくるぞ。」


デニスはライラの笑顔と変貌した魔力を思い出しーーー苦い顔になった。


「あいつ、フィメルになってたなあ。」


デニスはまだ知らない。

ライラに言い寄ってくるマスキラの数が多すぎてジョシュアに嫌がらせどころか、共同戦線をはるはめになることを。

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