1の三 悪いことがあった後にはいいことがあったりする

「フレイザー先生、私に魔法陣を教えてください。」


「え、嫌だけど。君、新入生だよね?魔法陣の授業が三年からの意味考えたことある?」


ーーーミシェーラに勧められ、さっそく実行だ!と思ってフレイザー先生のところに授業後行ったが…すげなく断られてしまった。


ライラが呆然としていると、じゃあ、俺定時に上がりたいから。などといって、フレイザーはスタスタと出て行ってしまった。


ーーーつ、冷たい…まさか、話さえ聞いてもらえないとは思わなかった。


一人教室に取り残されたライラは、特にやることもないのでトボトボと歩き、自然と図書館棟に足を向けていた。


アメリアイアハート学園は、図書館棟と呼ばれる、石造りの建物が存在する。

7階建てで、その建物一杯に本が詰まっている。蔵書量は10万冊を超えるとかで、正確な数はもはや誰も把握できていないのだとか。

本が好きなライラは、この本の城を初めて見たときには胸を躍らせたものだ。


図書館棟の扉を開け、古い紙のにおいを胸いっぱいに吸い込むと…ライラのざわついていた心も少しだけ落ち着いてくる。


ライラが顔を上げると、手を伸ばせそうな位置ですみれ色のポニーテールがゆらゆらと揺れているのが目に入る。

図書館員の制服を身につけた「お姉さん」が返却本を本棚に戻しているところだった。


「あら、ライラじゃない。今日も一人なの?早く友達でも作りなさい?」


「---シャロン、それは余計なお世話。」


蔵書数が十万冊ともいわれるこの図書館棟の管理を行っているのは、シャロンだ。---彼は前世のいう所でのオネエなのだが、とても優秀な魔法使いらしく、図書館棟にいる司書たちに指示を出しつつ、壊れかけている魔道具の修理や、先生たちの手伝いで資料集めも行ったりしている。

高学年では授業も受け持っているそうだ。

彼の髪は薄紫色で、オレンジがかった赤色の瞳と合わさって夕焼けみたいな色合いのひとだ。年齢は不詳らしい。ある生徒が聞いたら「乙女の秘密よ」と応えられたらしい。見た目的には二十歳くらいに見える。


景色を見ることが好きなライラは、シャロンの髪と瞳の色がお気に入りだった。

でも、今日は彼の魔法の才能を表すそれらの色が少し疎ましく感じる。


髪の色からは赤属性に青属性…瞳の色からは黄属性まで伺える。

基本属性を全て使える証拠で、そのどれも使えないライラからするとシャロンはとても恵まれている。


ライラの内心を理解したわけではないだろうが…ライラに元気がないことを感じ取ったらしいシャロンが、作業の手を止め歩み寄ってきた。


「どうしたのよ。図書館に入るなりお目当ての本のところに真っ先に向かうアンタが珍しいわね。唯一の取り柄の能天気さがなくなって、普通のブサイクになってるじゃない---また、教科書でも盗まれたの?」


「違うよ。しかもブサイクは余計なお世話だよ---って、なんで教科書がよくなくなること知ってるの?」


「---カマかけてみただけよ。ほんとに無くなってるのね…図書館にある予備をあげるわ。後で言いなさい。」


「カマかけてみただけって…いや、助かるけど。ありがとう。」


シャロンのやさしさに心が温まる---と同時に自己嫌悪だ。こんなにいい人に劣等感を感じて、卑屈になっていたことにひとりで気まずくなる。


「---悩みは違うことなのね?お姉さんに言ってみなさい。アンタよりも人生経験は長いんだから。」


「お兄さんの間違いでしょ?」


「あなた、ひっぱたくわよ!?…でも、笑ったわね。笑えてるうちは大丈夫よ。なくなった教科書の名前ここに書いていきなさい。図書館にしばらくいるでしょう?帰り際に渡してあげるわ。」


「ありがとう。気にかけてくれて。---忙しそうだから行くね。メモはここに置いておく。」


先程からシャロンに話しかけたそうにしている司書さんが目の端に映っていたので、お待たせして申し訳ありませんと軽く断ってから、その場を立ち去る。


声をかけた司書さんはライラに話しかけられると思っていなかったらしく、目を見開いていた。


ーーーちぇ。


そんな些細な反応まで自分が馬鹿にされているように感じる。


思わずため息がこぼれた。

色なしには話しかけられたくなかったかな、などという考えが浮かぶ時点で、自分で思っている以上に参っているようだ。


図書館棟の中央には童話に出てきそうならせん階段がついている。

一階から、螺旋階段を登っていけば最上階までたどり着けるのだ。


真っ直ぐよりも多く歩かなければいけないそれに内心毒づきながら、ライラの内心を表わすかのように、ノロノロと足を進める。

そしてお気に入りの休憩場所である五階のふかふかのソファスペースまでやってくると、ボフッという音を立ててライラはソファに倒れ込んだ。


この五階は天井に巨大な黒竜が描かれている。

天井で力強く羽ばたく黒竜を初めて見たときには目を疑ったものだ。


ーーー何しろ黒竜は…絶えず羽ばたいたり眠ったりと、動いているのだから。


さすが魔法学園というべきか、この学園内には細部まで多くの魔法が使われている。各所に飾られている学園の創始者であるアメリアイアハート像が笑顔で挨拶してきたときは、思わず手に持っていた教科書類を落としてしまった。

まあ、最近はアメリア像に自分から挨拶しているし、今だって黒竜が見たくてここまで足を運んだのだから、ライラもだいぶこの魔法学園にも慣れてきたのだろう。


黒竜は今日は空を悠然と飛び回っている。

気持ちよさそうで、ずっと見ていられるなと思った。


しばらく黒竜が飛ぶのを眺めていると、黒竜は飽きたのか巣穴に帰ってしまった。こうなると彼…彼女かもしれないが、とにかく下からは尻尾しか見えなくなる。

尻尾だけ出ているのが可愛いので、寝ているのを見るのも好きなのだが…

ライラは心がだいぶ癒されたので、フレイザーの冷たい対応について対策を考えることにした。


まず、魔法陣を教えてもらうのは必須だ。絶対に諦めるわけにはいかない。

でもフレイザーは「3年になってから教わる意味を考えたことがあるか?」と言った。それに、忙しいとも。


ーーー学生として当然教えてもらえると思ったけど、フレイザー先生は自分の仕事じゃないと言わんばかりの態度だった。


教師としてはいかがなものかと思うがーーーまあ先生の立場になってみると要は面倒なのだろう。


「優しいけど遺産も残さずに死んじゃった両親といい、わたしに興味なさ過ぎる祖母、嫌味ばっかり言ってくる親戚ーーー生徒の質問よりも定時を優先する教師。わたしの周りはロクな大人がいないな。」


「ーーーずいぶん大きな独り言だな?」


はあーーーとため息をついたところで、後ろのソファから急に声をかけられた。

ライラは驚きすぎてソファから転げ落ちそうになる。


ぐりんと首を回して振り返ると…いつの間にかふたつ後ろのソファに濃紫色の髪の生徒が寝そべっていた。


図書館にいるとは思えない、まるで自室にいるかのようなくつろいだ態度なのだが、その生徒がやると不思議とだらけた印象は受けなかった。


ーーーこれ、確実に王族関係者だ。


この国で黒は王の色だ。

王族の中で黒に近い色を持つものが王になる。

それはこの国に生きるものなら子供でも知っている常識だった。

そして、この生徒は非常に濃い紫ーーーつまり、あと少しでも三属性かのいずれかが多ければ漆黒になったのだろうなと判断できるような髪をしていた。


ーーー漆黒に近い濃紫色の髪、マスキラにしては高いアルトの声。


入学前に教えてもらった学園在籍の王族関係者の特徴を必死に思い返す。在籍するのは三人。その中で、すでに性分化しているのが一人。

ということは、この方はおそらくーーー


「パーシヴァル様。大変失礼しました。おくつろぎの所、邪魔してしまったようで、今すぐ立ち去りますので。」


そそくさと立ち去ろうとしたライラを、パーシヴァルの何かの琴線に触れたのだろう。待てと言ってライラの退出を却下した。


「なにか御用でしょうか?」


自分に興味があるとも思えなかったのだが…パーシヴァルは、よく自分の名前がわかったなと言ってきた。


パーシヴァル=エゲート。

エゲート王子と呼ばれることが多いだろう。

将来王位を継承できる「宝石の名ジュエリーネームを持つ」王族の一人だ。

パーシヴァルにとっては、学生たちからは普段エゲート様と呼ばれることが多いために、ライラに個人名の方で呼ばれて驚いたのだった。

それに加え、学園では珍しい白銀の髪に目がいき、暇つぶしに話しかける気になったのだろう。


「ああ、それはーーー恐れながら将来王宮でお勤めできたらと思い、王族関係者の方のお名前は覚えさせていただいております。」


グレイトブリテン王国では、黒竜=黒の魔法=王族だ。

黒竜へ特別な想いを抱いているライラにとって王族に仕えることは夢のようなものだった。

なぜかわからないが、他の将来に道が考えられないのだ。

「絶対に王族に仕えるようになる」という確信めいたものがあった。


ーーー初等部の友人にこの話をしたら、馬鹿にされたな…


懐かしい友人のことを思い出していると、パーシヴァルにも似たようなことを言われてしまった。


「色なしのお前が王宮に勤めたいの?俺の口から言うことではないかもしれないけど、だいぶ厳しいんじゃないの。優秀な魔法士でも王宮に勤められるのは一握りだぞ。」


「おっしゃる通りでございます。官職での登用は諦めています。軍事方面でいずれかの職につけたらと考えています。…黒竜さまを助けたいのです。」


パーシヴァル様はライラの返答にふうんと興味なさげに返事をすると、そのまま瞳を閉じて黙り込んでしまった。


大した会話はできなかったが、存在を知ってもらえただけでもライラにとっては喜ばしかった。

魔法学園に入ったのは、魔法の勉強がしたかった以上に黒魔法を行使する王族という存在と関わってみたかったというのも大きい。

庶民が王族に面識を得ることができるのは学生時代くらいなのだ。


王族の象徴とも言われる黒竜に見惚れていたら、こんなに早く本物の王族とお話しできるとは。



目を閉じてしまったパーシヴァルに、ライラは退去するべきなのか迷ったが、退出の挨拶をして、寝ているようにもみえるパーシヴァルを起こすのも忍びなく、結局その場で先ほど中途半端になっていた思考を再開することにした。


先ほどのように、思ったことが口からこぼれ出ることがないようにだけ気をつける。


ーーー結局、フレイザー先生はわたしに教えるのは無理だと言いたかったのかな。


三年になってから教わるということは、おそらく応用が必要なのだろう。

ライラは自身の短髪をくるくると指に巻きつけていたが、ソファの上で、すっと体を起こした。


ーーー考えていても仕様がないのでとにかく簡単なものからやってみるか。


授業で使えそうな魔法陣を探して、ここができないといえば流石に教えてくれるだろう、とライラは結論付けた。

というか、帰ろうとしたら抱きついてでも阻止する覚悟だった。

教えるのが仕事なのだから授業後は勤務時間内のはず、というのがライラなりの言い分だ。


ーーーせっかく図書館にいるし、どこかに魔法陣に関する本もあるでしょ。一階に戻ってシャロンに聞いてみようかな。


「ーーーなにか思いついたのか?」


音を立てないようにそっと立ち上がったライラに、再び背後から声がかかった。

パーシヴァルはいつの間にか目を開けていたようだ。

今度は飛び上がったりせずにーーー少し驚いたが、表情には出さずに、後ろを振り返る。


「はい、魔法陣に関する本を探そうと思います。」


「ーーー魔法陣?あれは三年からだろう。一年生には扱いが難しいと思うぞ。」


「やはりそうなのですね…ですが、わたしは魔法陣がなければ落第してしまいますので。」


「そういえば色なしは魔法の発動ができないのか。でも入学できているところを見ると、魔力はあるんだな。ーーー卒業するつもりなのか、お前。」


ーーー無理だろう?

パーシヴァルの表情は明らかにライラを馬鹿にしたものだった。

しかし、王族に憧れるライラにとって、自分に向けられる感情は、たとえそれが嘲笑するようなものでさえ嬉しかったようで、堪えた様子もなくニコニコしている。


「卒業するつもりがなかったら入学しませんって。」


飄々とした態度のライラにパーシヴァルは苦虫を噛み潰したような顔になった。

癖なのだろうか、彼が持っている杖を両手を使って回し始めた。

杖とはいっても、王族が持つものだ。

ライラの杖とは明らかに素材が異なっている。

物の価値をあまり気にしないライラにも、その杖が自分のものと異なることだけはすぐにわかった。

さすがは王族だなあ、などという少しずれた感想をライラは抱いていたが。


この時までライラは知らなかったのだが、パーシヴァルはジュエリーネームを与えられたにも関わらず、魔法の発動がうまくできない、落ちこぼれ王子として有名だった。


彼は忌々しそうに、自分の上で回る杖を睨み付けている。

ライラの反応がパーシヴァルの予想したものと異なっていたのは間違いない。


「それでは御前、失礼いたします。」


そういって去って行ったライラにパーシヴァルは内心舌打ちしたいような気持ちになったのだった。


「ーーー黒竜さまは助からねぇよ。」




ライラはウキウキと階段を降りていた。

ライラもパーシヴァルが不機嫌なことには当然気がついていた。

しかし、ライラは全く気にかけていなかった。


ーーーパーシヴァル様、綺麗な顔していたなあ。


肌とか透き通ってたし、まつげバサバサだったし、不機嫌そうな顔しても綺麗だったなあ。

パーシヴァル様はおそらくマスキラになりたいのだろう。髪型や口調など明らかに男に寄せたものだった。

そんな頑張ったところも可愛く見えたし、なんだったら怒ったところもかわいいなと思ってしまった。


ライラはアイドルと直接話すことができたファンのような気分になっていたのだ。

たとえ怒られても、嘲笑されても許せる、いやむしろ嬉しい。


先ほどまでライラに怒りを向けられていた、フレイザーが聞いたら怒りそうな内容だったが、ライラにとっては当たり前のことだった。


ルンルンと今にもスキップし出しそうな足取りで戻ってきたライラを見て、シャロンは驚いていた。


「アンタずいぶんご機嫌ね?いいことでもあった?」


「わかる?上でね、パーシヴァル様に声をかけてもらった!」


「あら、アンタもそんな普通のフィメル生徒みたいなことに興味があったのね。」


「もちろん。将来は王宮に勤めたいと思ってるし。ーーーシャロン、魔法陣の教本ってどこらへんにある?」


「ーーー魔法陣?それなら三階だけど、さっきもらったリストに入ってたかしら?」


「ううん、さっき思いついたから書いてないよ。三階のどのあたり?」


「アタシが行って、教えてあげるわ。アンタは実技の授業で魔方陣を使いたいのよね?」


「そうだよ。ーーーみんなに三年にならないと難しいだろうって言われるけど。」


「確かに、魔法操作や集中力が必要だけど…努力次第ではライラならできると思うわ。だって、十二歳と思えないほど大人びてるもの。」


シャロンができると言ってくれたことにより、ライラは前向きな気持ちになれた。

ここまで、教師であるフレイザーや上級生であるパーシヴァルに無理と言われたことで本当に自分に魔法陣なんて使えるのか疑心暗鬼だったのだ。


「ーーーシャロン、ありがとう。」


「あら、どうしたの改まって。ーーーそれならなんで落ち込んでたのか教えてくれてもいいんじゃない?」


シャロンは非常に面倒見がいい性格だ。

そして、色なしの生徒に限らず魔法の操作が下手だったり落第しそうになるような生徒は図書館に来ることが多いらしくーーー気になる生徒には声がけするようにしているそうだ。


まあ、中でもライラは話しやすいらしい。

大人びてるから生徒と話してるというよりは、友人と話しているような感覚だと言われた。

精神年齢が上なことをはっきりと指摘されたのはシャロンが初めてだったので、ライラは内心ぎくりとしたがーーーとにかく二人は入学して一月程度の間に、気安くしゃべれるような関係になっていた。


ライラはシャロンと共に、再び螺旋階段を上がっていく。

足取りは軽く、シャロンと話す声も先ほどよりもわかりやすく弾んでいる。


「ーーーふうん、フレイザーがそんなこと言ったのね。アイツは教師になってもひねくれているところはちっとも治ってないのね。」


「フレイザー先生と知り合いなの?」


「ええ、学年は確か一つ違うけど、高等部で授業がいくつか同じだったのよ。グループの時にいつも刺々しい事ばかり言うものだから、一部からは嫌われてたわね。」


シャロン含め学園関係者は、今ライラがいる中等部の上位組織である高等部出身者なので、年が近いものはほぼ顔見知りらしい。

シャロンもフレイザーも若そうだなと思っていたが知り合いだったとは。

しかも、フレイザーは学生時代からなかなか尖った性格だったようだ。


「でもフレイザーは優秀なのよねえ。本気で魔法陣を習得したいなら教えを仰いだほうがいいわ。まあ、はじめは自分でやってみるっていうのはいい手だと思うし、あの偏屈なんとか攻略しなさいね。」


「頑張るよ。ーーーシャロンさ、最近わたしの髪触りすぎじゃない?」


ーーー仲良くなって以来、シャロンは非常に、非常にスキンシップが激しいタイプだということがわかった。

まあ、ライラ自身、顔を合わせるたびにハグしてくる両親に育てられたために、抵抗感はないのだが。


ないのだがーーーシャロンの触り方は明らかに両親のものと違うのだ。

こう、壊れ物に触るような…ライラがフィメルだと思っている様な扱いをしてくるのだ。


「それはライラに少しでも触れたらまずいからに決まってるじゃない。アタシ、こう見えても魔力総量は多いのよ?」


「ーーー魔力総量…?触ると何かまずいの?というかそれなら髪も触らなければいいんじゃないの?」


「え、いやよ。こんなに綺麗な銀色なかなか見ないもの。アンタ地味な顔なのに、髪と…瞳がすごく綺麗よね。わたし、ライラに会ってはじめて吸い込まれそうな瞳って言葉の意味がわかった気がしたわ。」


ライラは自分の問いかけが無視されたことに気づいたがーーー目的地に着いたので意識はそちらへと移った。


二人は三階の読書スペースへとやってきた。

力の強いシャロンが重い本を持ってやり、ライラの前に並べる。

そして二人は隣同士に座った。


ーーー図書館棟なので、当然周りには生徒や他の司書がいる。

並べられた魔法陣の参考書の中身を吟味するライラと、ライラの髪を慈しむのに忙しいシャロンは周りの視線を完全に無視して、二人の世界を作っていた。


「よーし、これにしよ。」


レイの金色の瞳がシャロンの方を向く。


「ありがとう、シャロン。」


本人は自覚がなさそうなのだが、普段感情の見せないライラは、お礼を言うときに魔力を瞳に込める癖があるのだった。

ライラの瞳は、一瞬、元々の黄色に赤と青の魔力が混じって深い紺色になる。そして薄い黄色に戻るためーーーシャロンは、夜空に流れ星を見つけた様な、そんな気持ちになるのだ。


はじめてそのことに気づいた時から、シャロンはライラのことをただの「色なしで目をかけてあげなきゃいけない生徒」から、お気に入りへと昇格させていた。


この瞳の変化が見たいがために、かまっていると言っても過言ではない。

シャロンはこう見えても忙しい、普段は一人の生徒に付き添って本を探したりなどしないのだ。


ーーー綺麗なものが大好きなシャロンは、そんな内心を伝えることなく、ライラをよしよしと撫でて、参考書の貸し出し手続きをした。


ライラはシャロンのことを周りにいる貴重な常識的で優しい大人だと思っているが、彼は彼で一癖も二癖もあるような人物だ。

シャロンが伝える気がないためライラが気付くことはないだろうが。


「ーーー今度からお兄さんじゃなくてお姉さんってちゃんと呼ぶよ。」


「アンタは本当に可愛くないわね!ーーーまあ、来た時よりはずっといい顔になってるわ。いつでもおしゃべりしに来なさいよね。」


ーーーアタシの個人部屋でもいいわよ?

ーーー勘弁してよ、おっさんの部屋なんて。

ーーーちょ、待ちなさい!!普通に傷つくわ。

ーーー嘘だよ、シャロンの髪と瞳もとっても綺麗だって思ってる。


などというやりとりをしたために、教師と生徒との禁断の恋説が流れたとか。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る