後話
終戦の翌年、西暦から汎用暦に移行した。宗教的意義も薄れ、地球史を象徴するものであった西暦を終わらせることは、銀河新民連合にとって、避けて通れないイニシエーションのようなものである。
西暦二四四三年が汎用暦元年となった。
汎用暦ニ年、ファスカナム共和国に連合の下部組織として「銀河経済共同体」が新設され、地球から脱却した新たな体制が始まった。七年には、戦災国も落ち着きを取り戻し、貿易も盛んになり、年初には国際司法裁判所の民間部門が運用を始め、国際問題に関わる個人や集団、企業の犯罪に関して、告訴したり、逆に控訴したり出来るようになった。同年秋には、政治部門の裁判も設置された。
その年の暮れ、一人の女性が、ある裁判のやり直しを求める請願書を提出した。
裁判所は、それを退けた。
翌年以降も、毎年のように一人の女性が裁判のやり直しを求める請願書を提出しては、そのつど却下された。
女性は、請願書を提出する傍ら、各地を廻り何かを熱心に調べていた。
やがて、人々の間に女性のことが少しずつ知られるようになってきた。
女性は地球出身者で、大戦の翌年に行われた戦犯を裁く国際軍事法廷のやり直しを求めているという。
それは、多く人々の反発を買った。
地球人が何を言うか。
地球人が何をした。
九年間の大戦でどれだけの犠牲者を出したと思う。恒星間進出を成し遂げて以降、各入植地で急激な人口増加があったとはいえ、両勢力合わせて推定百七億人が死んだのだ。全人類の十二%近くの命が失われたのである。
その責任者たる地球人の戦犯らに、なんの温情が必要か。
彼女の名が知られるに連れて、嫌がらせの数も増えた。
それでも彼女は訴えを辞めようとせず、また、大戦中の戦跡を廻り、各地の図書館で資料を調べ、人々に話を聞いて回った。
彼女に反感を持った者たちが、ろくでもない連中を雇って彼女を襲わせ、重傷を負わせる事件になったこともあった。だがマスコミは彼女が余計なことをしなければよかったんだ、と批判的な論調を連ねた。
それでも、彼女はめげなかった。病院を退院すると、すぐにまた活動を再開し、以後も国際司法裁判所に請願書を提出し、また、電子新聞に投稿したりもした。
汎用暦十三年、彼女の活動に興味を持った一人の記者が彼女の一年間の取材と軍事法廷の内容についてを記事にまとめて発表した。
その記者は、ウルハル共同民主国の出身で、首都の惑星ウルハルシティは大戦中に同盟軍宇宙戦艦による爆撃で市民が多数殺害された場所だった。彼は偶然から生き延びたが、家族はすべて犠牲となった。その中には、彼の妻と幼い娘も含まれていた。
だが、彼は、単純に地球人をまとめて憎むことが出来なかった。むしろ、事件現場を知る者として、爆撃を指示した人物と裁判後に処刑された首謀者が異なっていることに疑問を感じ、仕事の傍ら調査をしていたのだ。そして、広い銀河の中で、自分と同じ事を、しかも地球人が行っているのを知り、興味を持ったのである。
そうは言っても、その女性に話を聞いてみようと決めた時、記者の中に地球人へのわだかまりも少なからずあったのは事実だ。彼女が、真実を追求するのではなく、非道行為の数々を信じたくないがために、裁判のやり直しを訴えているのではないか、そんな考えも浮かんだ。だが、彼女に会って、話を聞き、ひどい目に遭ってもめげなかったその精神の強さの向こうにある理由を知った時、長期に渡る取材をしようと決めた。同時に、ウルハルでの事件の真実も調べなおそう、と考えた。戦勝国であるが故に、政府や軍を賛美するばかりで、自分たちの持つ、黒い歴史から目を背けるのは、ジャーナリストとして忸怩たる物があった。
彼の一年に及ぶ取材と、彼自身が独自に調べた記事は、ウルハルでセンセーショナルな反響を呼んだ。記事を載せたのが、同国の大手メディアだったこと、具体的な人名を取り上げたことも、鮮烈な記憶を持つ直接的な被害者たちにリアルに訴えかけた。被害者であるからこそ、余計に真実を欲していた。
裁判に関わった検事や、軍部はこの記事を痛烈に批判したが、市民の間では逆に、虐殺事件を再調査するべきだ、という主張が高まった。
再調査を求める運動はやがて、惑星を挙げてのものとなった。
時の首相は、世論に押される形で、再調査を命じた。専門家が多く呼ばれ、関係者の再調査が行われ、裁判ではウルハルにおける市民爆撃の首謀者ではなく別人が刑に処されたこと、首謀者の指揮官が行方をくらましていることなどが判った。
ウルハル政府の公式調査は、発端となった記事以上に、連合国の多くの一般人に衝撃を与えた。
裁判が間違っていた。関係のない人間が犠牲にされた。
地球に対する反感を消せないでいるものも、首謀者がまだのうのうと生きているとなれば、話は別である。被害者である分、無実の人間を処刑したというのも後味が悪い。動揺は各国へと広がった。
彼らだって戦争の被害者ではないのか?
こうして再調査をすべきだ、という運動は連合各国で叫ばれるようになり、それに賛同する市民も増えた。
やがて、長いこと一人で再審請求をしていたその女性にも援助の手がさしのべられるようになった。
かつて彼女を襲った人物が逮捕されたり、妨害をしていた人物が有力国家の軍関係者だったことが明らかになるなどして、その卑劣な行為の数々は市民の不興を買った。
どんな政治体制でも、市民が動けば、政治家は従わざるをえない。政治家が動けば、国は変わる。国が変われば、多国間組織は当然その方向に流れる。
ついに国際司法裁判所も終戦直後に行われた軍事裁判の再調査を始めることになった。
やがて、連合側の民間調査団が、二人の戦争犯罪人を見つけた。一人はある星の虐殺事件を引き起こした軍人で、もう一人は、捕虜虐待を行っていた人物だった。それらの事件は、すでに戦犯とされる人物が処刑されていた。
二人は、別人に犠牲を強いただけでなく、戦後さっさと地球を捨て、いまや人類社会の中心地であるタッサファロンガやウルディヌで悠々自適の生活を送っていた。
すぐに二人はそれぞれの警察に逮捕され、調査が始まった。
その結果、罪は明白となり、問題が問題なので、国際司法裁判所で裁判が行われた。
このとき、あわせて、かつて処刑された人々のうち、逮捕前のデータが明らかになった人物から裁判のやり直しも行われた。
こうして、一級戦争犯罪者として宇宙空母シヒュカンで裁かれた五十八人のうち、二十二人が無罪となり、残りも再審の必要ありという結論が出された。
無罪となった故人の中には、惑星ビルダレントの虐殺を皇帝に進言した人物として処刑された官僚エリック・フレイト・サワダも含まれていた。彼は、旧アメリカ自由帝国の官僚になった時期の記録が残っており、そこから調査が進んで、冤罪であったことが証明されたのである。そのとき参考にされた記録は、再審請求をしていた女性が調べたものの中にあった。
一方、虐殺の現場指揮官だった人物が、バービエント大佐だと特定できたものの、その彼がどこにいるかは判らなかった。
国際司法裁判所があるファスカナム共和国の首都惑星ファルシオン中心部、ニューシャーレット区の鉄道スーパートラムの国際司法裁判所駅に女性の姿があった。
長年の再審請求運動の労苦が、彼女を十歳も老けさせていたが、目の輝きには力がみなぎっていた。
彼女は、手元にフィルム紙の新聞を持っていた。
新聞の一面には国際司法裁判所での再審に関する記事が大々的に載せられていた。
その隅の方、やや小さな青く光る囲み記事の中に、無罪になった人々の名前が載せられていた。
名前を触ると顔写真が浮かび上がった。
「エリック……やっとあなたの無罪を勝ち取ったわ」
小さくつぶやく彼女の中で、昔の記憶が蘇る。
敗戦の翌年、一枚の壁新聞を目に留めたときのことを。
その新聞には、戦犯を裁く国際軍事法廷の記事が載っていた。そこには戦時中ビルダレントで起こった大虐殺の記事があり、その首謀者として、エリックの名と顔写真があった。エリックは処刑されたことが記されていた。
そのときの衝撃を忘れることが出来ない。
まさか、エリックはそんな人じゃない。
自分は彼のことをよく知っているから間違いない。
ハイスクールの時以来、彼とは八年も付き合ったのだ。結婚まで考えたほどだ。
しかし、結婚はしなかった。別れを切り出したのは自分だった。
彼と別れたのは、嫌いになったからじゃない。要領の悪いエリックに将来への自信を持てなかったのだ。
あの頃、大戦初頭の景気に沸き、何もかもが前に向かって進んでいるような高揚感があった。
そんな中で、現実を見ず、夢の様なことばかり語っている彼を見て、時代から取り残されていくような怖さがあった。
アルバイトを繰り返す毎日。
生活はどうするの、子供ができたらどうするの、みんなどんどん未来へ向かって歩んでいるのよ。
そんな言葉を投げかけ、何度喧嘩したことか。
喧嘩しても、いつも彼の方から折れてきた。
彼には優しい所があった。
その優しさが悲しかったのだ。もっと強く、自分を導いてくれて欲しかった。
散々に悩んだ結果、彼に別れを切り出した。
彼を責める自分の言動に後ろめたさを感じ、冷たい言葉を投げつけて去ったあの日。
それから彼には一度も会わなかった。彼がどこでどういう人生を送っているかも知らなかった。彼のことを忘れようと、別の男性と交際したこともあった。だが、どれも長続きはしなかった。他の男性と親しくなればなるほど、彼のことを思い出すのだ。今頃どこで何をしているのだろう。元気でやっているかな。まだアルバイトなんかしているのだろうか。もしかして、別の女性と交際しているのかも……。
そんな自分を見て、男性らは静かに離れていった。
「君の心の中には、まるで誰かが居座っているみたいだな。君の目は僕を見ていない。僕を素通りして、その向こうの誰かを見ているような気がするよ」
そんなことを言った男性もいた。
彼らの後ろ姿を見送ることしか出来なかった。
時は進み、戦況は悪化していった。経済は不振に陥り、戦死者が増大し、治安は徐々に悪化し、それに反比例するように、政府は強硬姿勢を強め、国家としての力量を失っていくのが明らかだった。
多くの若い男性が出征し、遠い星々へと旅立ち、社会は寒々しいまでに閑散としていった。新たな恋に出会うこともなくなり、孤独な日々を送るようになった。仕事をしている時も、自宅に戻っても、思い出すのは彼のことばかりになっていた。
会いたい。
彼の行方を探そうかと思ったことも何度かあった。
でもいまさら、どんな顔で彼に会えるだろう。
今だったら、彼がどんな立場にいても、自分はそれを受け止め、支えられる。一緒に歩むこともできるだろう。
そうわかっていても、彼を探すだけの勇気が持てなかった。
あるいは、もう徴兵されて、どこか遠くの宇宙で、悲惨な最期を遂げているかもしれない。
そんなことも考えた。もし、そんな情報を目の当たりにしたら、私はどうなってしまうだろう。そういう怖さが先にたった。
終戦となり、人々の中で、ひとつの時代が終わったことが実感として浸透していった。
前線からは生き残った兵士が、植民地だった星からは占領行政に当たっていた官僚が、そして移民として地球を離れていた市民が、故郷へと戻ってきた。
ちょっとした活気があった。敗戦という失意の一方で、生き延びたという喜びもあったのだろう。
仕事で知り合った人のつてで、JFK空港の事務局で働くことになった。そこは、復員船が到着する軌道上の宇宙港から、赤道にある軌道エレベータを経て、航空機で運ばれてくる復員者の東海岸の主な到着点のひとつだった。
着の身着のままで、うなだれた様子の恒星間帰還者を眺めているうちに、いつしか、彼の姿を探している自分がいることに気づいた。
探そう。そして会いに行こう。
そう決めた。
まずは、彼の知人らを回って行方を尋ねようと決めたとき、空港に貼り出されていた壁新聞に目が止まったのだ。
「惑星ビルダレント虐殺事件の首謀者、エリック・フレイト・サワダ 死刑執行」
死刑執行……?
復員者で騒がしい空港内の、すべての時間が止まり、色が消え、灰色の世界に自分はひとり佇んだ。携帯電話が手から離れて落下し、床に当たる音だけが響いた。
自分はエリックの優しい部分を知っていた。彼以上の人はいなかった。そんな彼が、虐殺を皇帝に進言し軍に指示したなんて、到底あり得ない話だった。
そして、自分はエリックがそのような目に遭っていることも知らず、彼がどんな人生を歩んだかも知らず、どんな最期を迎えたかも知らず、死んで初めてそのことに気づいたのである。
そのとき、自分は、エリックを愛していたことを改めて知った。彼と別れたことがその後の自分の人生に影を投げかけていたことにも気づいた。
何もかも手遅れの人生。
そう思ったとき、自分とエリックはひどく似ている事に気づいた。似たもの同士だったんだ。
涙が溢れでて止まらなくなった。
他人の目を恐れずに泣いたのは、後にも先にもあの時だけだった。空港の一角、人が行き交う通路で、声を上げて泣いた。
そして涙の枯れた時、自分のすべきことがもう定まっていた。
それ以降、ずっと彼の無罪を確信し、それを証すために、人生をかけてきた。
誰にも相手にされなかった。
そんなことは問題ではなかった。
誰も耳を貸さなかった。
それは障害にはならなかった。
嫌がらせも多く受けた。暴力を受けたこともある。
だが、いくら肉体に苦痛を受けても、自分の心を押し潰すことはできない。
エリックがたどった人生を知った時、その心身の苦痛に比べれば、自分の苦痛など、なんでもなかった。
一人で戦う日々だった。でも孤独ではなかった。宇宙のあらゆる場所を見て回った。話を聞き、資料を調べ、戦時中の事件現場を訪れた。悲惨な出来事が多くあったことも知った。
ビルダレントの虐殺があった市街地の跡も見た。街角のビルの壁に開いた銃痕、血のシミ、街路の端に未だに残る骨片、押しつぶされて変形したぬいぐるみ、それらがそこで起こった悲惨な出来事を想起させた。市街地のあちらこちらに軌道上からの精密爆撃で出来た空間が広がっていた。
大勢の無辜の市民を殺した人間がどこかにいる。
エリックの犠牲の上に生き延びた人間が。
やがて、一人の記者が取材に来た。彼の目には真摯の光が宿っていた。真実を知りたいと願う強い想いが。彼は一年にわたって取材した。言葉を交わすことは少なかったが、それだけに彼は客観に徹していることがわかり、むしろ信頼感は増した。彼自身も色々調べており、その資料も、彼女の調査の役に立った。
彼の記事がやがて市民を動かし、社会を動かし、国を動かすようになった。
仲間もできた。自分と同じような戦犯の関係者、連合側の不法行為を知ってボランティアを申し出てきた旧同盟市民、連合各国の犠牲者の遺族、在野の歴史学者、真実の追求を職責と信じてやまない弁護士、権力に媚びる上層部と対立したジャーナリスト、いろんな立場の人がいた。
彼らの力によって、今まではなかなか調べられなかったことが、次々と判明するようになった。人間の力は偉大だと痛感した。その段階になっても、これが旧同盟国関係者の増長を招くのではないか、という批判は少なからずあった。しかし、もはや流れを止めることはできない。
ついに国際司法裁判所で再審が認められ、終戦直後の軍事法廷とは異なる雰囲気の中、より客観的な審理が進められた。軍事法廷で弁護を務めた中立国の弁護士らが再び出廷し、証言を行った。検察側による一方的な裁判の進め方や、国同士の裏取引の実態も明らかになった。正義のはずの勝者によって行われた黒い陰謀の数々。
そして、国際間の駆け引きや、裏取引とはかけ離れた本来の司法の場によって、結審したのである。
主席裁判長は、最後にこう言った。
「今ここに、権力者同士の思惑によって歴史の闇に葬られ、汚名とともに人生を終えた二十二人の名誉は回復しました。彼らもまた、あの愚かな戦争の犠牲者であります。我々は常に、彼らのたどった運命の道を思い、それを自らの戒めとしなければなりません。そして、苦難の中で、その真実の追求のために戦った人々に。あなた達こそが、失われかけた人類の尊厳を守りぬき、人類を真に救った英雄であります。ここに銀河の人々を代表して、感謝の言葉を送ります」
その時、一緒に戦った人たちの目から涙がこぼれたが、女性の目には涙はなく、ただ穏やかな、それでいて誰にも侵すことのできない力強い表情があった。
今、やっと無罪を勝ち取ったのだ。
はじめてエリックのそばにいられるようになった気がした。
気が遠くなるかと思えるほどの長い時間がかかったが、その長さは、振り返ってみればあっという間に過ぎたように思える。宇宙を流れる時間は一定だが、心を流れる時間は長くもなれば短くもなる。救いがあれば、苦難の長い時も一瞬で消え去るのだ。
ふと思った。
彼の墓前に報告しなければいけないわね。
エリックは、地球の北アメリカ大陸のとある場所にある無名者の墓地に埋葬されていた。といってもそこに遺体が埋葬されているわけではない。彼の遺体は他の戦犯の遺体と共に、宇宙空母の重力核融合炉の熱を使って灰にされたあと、宇宙へ投棄されたのである。
連合側が、処刑者が殉教者にされ、その墓地が聖地にされることを恐れて、跡形もなく処理したのだ。
しかし、拘置施設の監視をしていた連合側の士官のひとりが、遺品の一部をひそかに旧同盟関係者に渡していた。その士官は、かつて同盟の人間に恩を受けたことがあり、また軍事法廷のあり方に疑問を抱いていたのだ。調査の過程で彼の存在を知り、話を聞いた時、その士官は、自分に出来ることはそれだけだったと泣いて謝罪したが、そういう人物がいたことは、むしろ救いにもなった。
遺品を収めた墓が、処刑された人数分、無名者の墓地の片隅に立てられた。裏側に管理番号だけが記された、他には何も書かれていない墓石だけの、質素な墓だ。番号と対応する人物の名は、密かに墓地管理者によって記録され保管されていた。それは殉教者の聖地となることを恐れたからではなく、連合側に知られて破壊されることを恐れてのことだった。
ようやく探し当てた墓だった。
そこには何も残されていないが、彼の想いは残っている気がした。いや、この世界から全て消えて天国へと去った彼と自分をつなぐ、数少ないオブジェなのかもしれない。
彼に伝える窓口なのだ。報告するために、墓に詣でるために、一度は地球に帰るつもりだった。
「でも、これからが大変ね」
惑星ファルシオンの青空を見上げて、彼女は呟いた。
同じように冤罪で処罰された人は多くいる。これは戦争で犠牲になった連合側の人々にとっても大事なことなのだ。真実を明らかにしなければ。政治の思惑で犠牲になったという意味では皆同じなのだから。
自分の心の旅は、ゴールに辿り着いた。
ここからは、自分以外の多くの同じような立場の人々のために、歩き出すのだ。
かつてと違い、今は、大勢の仲間がいる。彼の墓前に報告したら、みんなと一緒に歴史の闇に光を当てていく。それが自分に与えられた運命だ。一生をかける仕事なのだ。
駅のホームに、国際宇宙港行き特急の到着を告げるアナウンスが流れた。
彼女はフィルムをまとめると、ベンチから立ち上がり、歩きだそうとした。
ふと、斜め前方から、身なりのよい中年の人物が近づいてきた。
彼女が避けようとしたとき、男はふらふらと彼女に近づき、どんとぶつかった。
冷たい感覚が胸に刺し込まれたとき、彼女は、男の顔を見た。
「あ、あなたは」
虐殺を指揮した帝国軍の指揮官……、
「バービエント大佐……」
「おまえのせいだ。おまえが余計なことをしなければ、わたしは……、わたしは平穏に余生を……」
金属の冷たさが灼熱感に変わり、熱いものが逆流してきた。
がぼっと口から血をあふれさせ、飛沫が男の洒落た高級スーツを汚した。
男はナイフを離しバッと後ずさりした。彼女はがくっと膝をつく。
ごぼごぼと血をあふれさせ、出来た血だまりに彼女は倒れた。
「お、思い知ったか、はは、ははは」
男は後ずさりしながら、狂気の笑い声を挙げた。周囲の人々が彼の方を見る。
男の掛け去る足音に続き、悲鳴が聞こえ、怒号と複数の足音が傍らを通り過ぎて行く。
意識が薄れていく中で、エリックが笑っていた。彼は将来の夢の話をしていた。学者になりたいんだ、彼はそう言っていた。ハイスクール時代の一番楽しかったとき……。
汎用暦十六年ニ月二十日現地時間午後一時八分。真実を追い求め、後に人々の間に長く記憶される事になる女性リンダ・ロートシルト・クレスンは、ファスカナム共和国の首都ファルシオンにある駅のホームで四十五年の生涯を終えた。
運命の道 青浦 英 @aoura
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