第5話
弟がやってきて10日後。ポリーが、いなくなった。
どこ? ねえ、ポリーはどこ?
大人たちは言った。素敵なおうちの人が、娘にしたいって言ったんだ。だからね、ポリーはそのおうちの子になった。とてもいいおうちだよ。
私は毎日泣いて抗議した。そんなの嫌! 返してもらってきて! あの子は私の妹なんだから! だけど、だれもそれには応えてくれなかった。
おばさんは、以前と同じようにやって来る、やっぱり上機嫌で。弟の食器に、私のよりもたっぷりと持ってきた食べ物を入れる。大事な子だもの、と言いながら。
男の子のほうが、女の子よりも価値があるの? そう聞いたら、そりゃそうよ、だって跡継ぎなんだから、と言われた。女の子は、跡継ぎにならない、価値がない。…おばさんも、そう言われて育ったんだって。
***
ポリーがいなくなって、3年が過ぎたころ。7歳の私は、学校に通いはじめていた。学校に行く途中、3人兄弟らしき子たちを見て、一緒にいた同級生の子が言った。
へえ、珍しいね、3人兄弟?
「珍しいの?」
「そりゃそうだろ。この辺の子は、大抵貧しい家の子だ、俺も、お前も」
「貧しいと、なんなの?」
確かにうちは貧乏だけど。気づいたのは、1年くらい前。学校に入るときに必要な道具を揃えられないとお父さんとお母さんが喧嘩して、ああ、うちは、普通に用意されるべきものすら用意できないくらいお金が無いのね、と思った。弟はまだ小さく、2人の喧嘩の理由がわからなくて、ただならぬ様子に、わんわん泣いていた。やって来たおばさんが、やめなさい、私が用意するから、と2人を宥め、あんたの稼ぎじゃしょうがないわと言われたお父さんは、つらそうに顔を歪めた。
そうだ、あのときからだわ、お父さんは、何でもできる世界一頼りになる存在ではない、という思いを持つようになったのは。
「知らないのか? 子どもは3人目からうんとかぜーされるんだぜ」
「かぜーって、なに?」
「え? えっと、国にお金を払うことかな? たくさん払わなくちゃいけないんだ。子どもがたくさんいると」
「なんで?」
「知らねぇよ! ただそういう決まりなんだよ!」
***
妹がいなくなって、5年目。養育抹消届が受理されて、抹消申請中に支払っていた毎月1万の仮養育税が払い戻された。全部で60万。我が家にはとんでもない大金だけれど、これがお父さんを変えた。そのお金でお酒を飲むようになり、仕事にだんだん行かなくなり、間もなく首になった。お金があるんだから、と新しい仕事を探すでもなく、毎晩お酒を買ってきては飲む生活。
「すまない、ポリー、すまない。俺が、俺のせいで―! だけどな、ああするしか、姉さんの言うとおり、ああするしかなかった。俺だって、捨てたくなんかなかった。本当だぞ! 天に誓って!! ああ…!!!」
「可愛い子なんだ、俺のことを、生まれて最初に呼んだんだ。
水疱瘡で生死の境をさ迷ったときには、十分な治療をしてやる金も無かったけれど、助かったときはどんなに嬉しかったか」
「あの日、イベントの祭りの出店で、俺、キャンディを買ってやった。これで最後だって思ってさあ。でもなあ、あいつ、キャンディが食い物だって知らなかったんだ。一度も、食わせてやったことなかったんだなあ。
どうして食べないんだって聞いたら、これ、食べ物? キャンディって言うの? って。おねえちゃんと食べるって、大事そうに握ったまま…!」
いつかの同級生との会話と、酔ったお父さんの言葉の端々から、私は、真実を悟りはじめる。養子に出されたんじゃない、妹は、ポリーは、捨てられたんだ。跡継ぎになる、弟が生まれたから。
ポリー。今、どこにいるの? 元気でいるの? 幸せなの?
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