第1章 第3話 繋ぐ列車
「あ、あの、聞きたいことがあるんですが」
列車に乗り込んだ二人は小さい子供1人分くらいの間隔を開けて隣に座っていた。
ガタンゴトン。
車内に人はおらず、線路を走る音がやけに大きく感じる。
少女は依然として無表情で無言のまま。ナナコに微塵も興味を示さずただ真っすぐ前を見つめるばかりだった。
対してのナナコは忙しなく辺りを見渡したり、座ったまま向かいの窓に何か見えないか目を凝らしていた。
しかし、窓の外に広がるのは闇でありまるで明かりのないトンネルをずっと走っているような感覚で、言うなればナナコは窓に反射する自分を見つめているだけだった。
そんな中痺れを切らしたようにナナコが声を発したのだ。
『なんでしょう』
ナナコの言葉に少女は静かに答える。
とても落ち着いた声だった。
「どのくらいで、その、現世に着くんですか?」
『正確には言えませんが、あなた方が過ごしていた時間で計算すると大体30分くらいです』
「私たちが過ごしていた時間…?」
妙に遠回しで含みのある言葉にナナコは首を傾げる。
すると少女は小さく頷き、ナナコを一度横目で見た後にまた正面に視線を戻して口を開いた。
『私たちには生や死といった概念がないですから。過ごしている時間も永久的なものですし、時間というものを気にしたことがありません』
ガタンゴトン。
少女の言葉に呼応するように音が響き列車が揺れる。
――そういうものなの?
少女がこの世の存在でないことはなんとなく理解が出来ている。
しかし、恰好こそ不思議だが見た目や話し方は生前自分が関わってきた人間となんら違いはなく、いまいち実感することができていなかった。
「あ、あの。現世に戻ったら私幽霊になっちゃってるんですか?」
ナナコの言葉に少女は小さく息を吐く。
まるで、何回もその質問を受けてきたかのように。
そうして少し視線を上にあげながら少女は口を開いた。
『本来"幽霊"という存在は死者の門を正式な手続きを踏まずにくぐったものや記憶に欠如がある状態でくぐった者たちです。要はきさらぎ駅に誘われた者や今のあなたですね。幽霊とは彷徨える魂そのものです。あなたはまだ死者の門をくぐっていない。ミウラナナコという概念です』
「が、概念……」
思いの外難しい説明にナナコはたじろぎ首を捻る。
もう少し簡単に説明しましょうか。少女は小さく呟いた。
そして空に指を走らせる。
するとそこには少女がなぞった通りの線が浮かび上がっていた。
「えっ、わぁ、すごい」
カメラのトリックのようなもので同じような現象は見たことがあった。
シャッターを開きっぱなしにして、暗闇の中サイリウムを動かすと、光が線となり残るというやつだ。
しかしここはカメラの中の世界ではなく、もちろん少女がサイリウムを使っているわけでもない。
それでもどんどんと少女を中心に線が浮かび上がっていくことにナナコは純粋な感動を覚えた。
少女は人、現世の建物、幽霊、死者の門。いろいろなものを空に描き出した。
そうして完成した絵を指さしながらナナコに対し説明をし始める。
『……先程にも言ったように死者の門をくぐらなければ基本的に彷徨える魂になり果てることはありません。つまり、現世で時折噂される"幽霊"とは、何らかの問題を抱えたまま死者の門をくぐった彷徨える魂ということになります』
トントン、と少女が描いた幽霊を指で触ると幽霊はピョンピョンと跳ねるように動いた。
そうして死者の門へ向かい、死者の門をくぐった後"現世"と書かれた場所に移動する。
現世の場所に移動した後幽霊はその場をくるくると徘徊し始めた。
その幽霊を目にしながらナナコはふむ。と頷く。
『今のあなたは"ミウラナナコ"という概念です。"意思"と言った方がいいかも知れません。ミウラナナコの意思が今のあなたを形成しています。ここまではいいですか?』
「は、はい」
『人の思いは永遠ではありません。争いや伝承される途中で解釈が変わってしまったり、意思そのものが抹消されてしまうことがあります。だからこそ、今のあなたの姿は永遠ではないんです。世代が変われば思いは変わる。あなたの生きていた時代とは全く異なった価値観が生まれるその時、あなたの意思も消えてしまう』
少女がそう呟くと、"ミウラナナコ"と書かれた人型は現世と死者の門の間を動き回る。しかし、現世がその形を変えた瞬間キューと小動物のような音を上げ消えてしまった。
その光景にナナコは思わずあっ、と声を上げる。
いくら少女が作り出した絵だとしても、自分の名が入ったものが消えてしまうのはあまり気持ちのいいものではなかった。
加えて消えた際の鳴き声が余計に喪失感を煽る。
そんなナナコを見兼ねてか、少女は再び"ミウラナナコ"と書かれた人型を生み出した。
そして再び説明を始める。
『あなたが現世に戻った時、あなたは概念です。どんなに霊力が強い人でもあなたを目視することは出来ないし、あなたも人や物に触れることはできない。見届けるだけです』
「見届ける……」
『はい。あなたがその命を失った日、触れていたものや訪れていた場所を目の当たりにした時あなたの脳内にフラッシュバックが起こります。それは、同時に私の目にも映ります。私はそのあなたが失くした記憶を書き留め提出するのが仕事です。だからこそ現世に同行しました』
理解できましたか?と少女はナナコに問いかける。
ナナコは思わず小さく頷いた。理解はできた、つもりである。
とにかくは死んだその日と同じような行動をして、何が起きたのかを思い出せばいいのである。
――そう、だよね。多分。
ナナコは自分に言い聞かせる。
何が何だか訳も分からないがきっとそうするしかないのだろう。
小さく拳を握り、ナナコは列車が到着するのを静かに待つことにした。
ガタンゴトン。
ナナコの思いに同調するかのように、列車内に音が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます