約束の夏に。

竜胆蘇芳@冬月

『僕』と『君』の一年間。

「君が好きだ」


 ボクはそう言った。


 夏。部活に入っていないから出来ない後輩たちが学園生活を謳歌する中、漸く学校が衣替えをした時期。勇気も覚悟もないはずなのに、告白した声は震えていなかった。


ずっと・・・好きだった」


 放課後、誰と群れる事もなく教室の隅で一人綺麗な絵を描く『君』を、ボクは好きになった。

 だから、『君』が一番美しいこの季節に、告白した。


「僕は絶対、君を裏切らない」


「そう」


 黒い髪を風にたなびかせながら、暑さに目を細め、『君』は言う。


「私は貴方の事が嫌いよ」


「あらら、こりゃ酷い」


「でも……そうね別に私も、彼氏が欲しくない訳じゃないから───一年後の夏までには、答えを返してあげるわ」


 曖昧な返事を返してキミは目を細めた。


 これは、そんな一匹狼の『君』とはぐれ者の『僕』が過ごす、一年間の物語だ。


~~~~~


 理由は聞かれなかった。


 ただ次の日から、『僕』と『君』は一緒に行動するようになった。嫌いなんて酷い言葉を吐いたのに、『君』は楽しそうに話しかけてくる。

 それは願っても無かった話だし、『僕』だって好きな子と一緒にいるのは幸せだった。


 理由はなかった。


 どちらからもなく寄り添って、放課後、『君』は凛々しい顔で絵を描く。それを見ながら『僕』は小説を書く。


「ねぇ」


「なに?」


「なんで書いているの?」


「ただの趣味だよ。君は? なんで描いてるの?」


「……私は、目的があるから」


 『君』は、窓の外を見ながら、寂しそうに言った。後から気づいたことだが、それは『君』の絵を描く時の癖だった。


「ふ~ん」

「……なに」

「『良い絵だと思うけど。君らしくて』」

「っ……?」


 親が厳しいみたいで、簡単にどこかへ遊ぶ事は出来なかったけど。

 『僕』はただそれだけで嬉しかった。


「なんで一緒にいてくれるの?」


「別に。はぐれ者同士、一緒にいた方が都合がいいでしょ」


「そっか」


「えぇ」


「君が好きだ。ずっと好きだ」


「……私は貴方が嫌いよ」


 ……どうやら好感度が足りないらしい。


~~~~~


 秋。文化祭なんて行事は、『僕』と『君』みたいなはぐれ者には苦痛でしかなかった。放課後は準備をする人気者たちで埋まり、部活にも入ってないから居場所なんてなくて。だからこうして、校舎裏で書いて描いていた。


「ねぇ」


「なに?」


「なんで僕の事嫌いなの?」


「嫌いだからよ」


「答えに成ってないよ」


 ため息をつく『僕』とは正反対の表情を君は浮かべていた。そして、そっぽを向く癖を見せた。

 ……耳が赤い。


 ────なるほど。


 夏頃は髪が長くて気づかなかったが、『君』が髪を切ったことでハッキリした。どうやら絵を描く時の癖だと思っていたものは、『僕』と話すときの癖だったらしい。


「ふふ」


「なによ……」


「いや? ……ぶふっ」


「ッ……! 嫌いよ……!」


 顔を真っ赤にして『君』はぷいっとそっぽを向く。


「好きだよ。ずっと前から好きだった」


「……きらい」


 あっ、拗ねちゃった。


~~~~~


 毎日。毎日。『僕』と『君』は一緒にいた。

 『君』は絵を、『僕』は小説を書きながら。くだらないことを話、下らないことをして、過ごしていた。


 テスト勉強だってした。回数は少なかったけど、遊びに行ったりもした。

 それだけで、『僕』はよかったんだ。


~~~~~


 冬。いつも通りの通学路。『僕』を気に入らないと拒絶するクラスメイト達が通らない道。平和なだけのつまらない道。

 でも、『君』に告白してからは、この道を通るのが楽しみになった。だから、この日も『僕』は『君』に声をかけたんだ。


「ねぇ」


「……」


「ねぇ」


 『君』は返事をくれない。ただ前を向いて歩き続けている。

 だから『僕』はわざわざ手袋を外して、肩を叩いた。


「ねぇってば」


「────ッ、嫌ッ、うるさいッ!!」


 ピシャリ。


 キミはそう叫んで、『僕』の手を振り払った。

 初めての拒絶。

 『君』は『僕』を『嫌い』だと言うけれど、『嫌』だなんて一回も言ったことなかった。


「あ……ご、ごめん……」


 キミは泣いていた。雨みたいにぼろぼろ流しながら。

 目元は腫れていて、その様子は、今泣いているだけではなく、少なくとも昨日からこの瞬間までの間に、号泣する様な出来事があった事を示している。

 

 視線を落とせば、キミは絵を持っていた。美しい絵だ。プロが描いたと言われても疑わないであろう傑作。

 ───バラバラという事を考えなければ。


「それ……どうしたの……?」

「……」

「誰かにやられたの? いったい誰に……!」

「うるさい! ……なにも、何も知らない癖に!」


 なにもしらないくせに。


 その言葉だけが明瞭に響く。

 走り去る『君』の背中を、『僕』は茫然と見つめていた。


「……冬って、こんなに寒かったかな……?」


~~~~~


 春。あの日から、『君』と『僕』は関わらないようになっていた。

 でも『僕』は何回も何回も話しかけている。


「ねぇ」

「……」

「ごめんね……無神経だったね」

「……」


 球技大会の日だって。


「ねぇ」

「……」

「今日、球技大会だね。球技は得意?」

「……」


 終業式の日だって。


「ねぇ」

「……」

「次、三年だね。受験かぁ……やだなぁ」

「……」


 『君』は『僕』を避け続けている。端から見ればストーカーの様な行動に見えるだろうか。それぐらいの自覚だってある。

 でも、知っている。『僕』は知っている。『君』が、人知れず涙を流しているのを。だってずっと好きだったんだから。


 前から、『僕』は『君』の事を───


~~~~~


「ねぇ」


 それは、暑い夏の日だった。衣替えも漸く済んで、受験勉強という最悪な出来事に集中しなければいけない時期。

 『君』はまた同じ窓際で、綺麗な絵を描いていた。


「もう受験生だよ」

「……」

「でも、う~ん、高校受験もきつかったからなぁ……」

「……ぁ……で……」

「えっ?」


 キミは震えていた。窓際を向いていた顔をこちらに向けて、ゆっくりと椅子から立ち上がりながら。

 そしてそれは、これから始まる言葉の波の前兆でもあった。


「なんで……なんで嫌いになってくれないのッ!」

「……」

「拒絶する。全然受け入れない、なのになんで……なんで私に構い続けるの……?」

「……好きだから」


 それを聞くと、一層キミは……『君』は顔を怒りで染めて、


「────私は貴方が、大っ嫌いッ!! 断り続けるのに何度も関わってきて、拒絶すしてるのにまだ告白してくる貴方がッ!」

「……」

「もう関わらないでよ! うざいの! もう私は────誰とも、関わりたくないの……!」


 一匹狼でクールな『君』は、滂沱のように涙を流しながら泣いていた。

 それは明確な拒絶。

 嫌いなんて言葉を吐きつつも友人を続けていた『君』が初めて見せた、拒絶の言葉。照れ隠しでも、言葉の綾でもない。ただただ、その関係性を終わらせる言葉だった。


「───」

「……」

「私に関わると……」


 やがてキミは顔を上げ、一回鼻を鳴らして言う。


「私に関わると、不幸になるのッ……」

「っ、どういう……」

「……あの日は、三回忌だったの」

「……?」

「私の好きな人がいなくなってから、二年後の三回忌」


 あの日───つまりは、『僕』が無神経な事を言ってしまった日は、大好きな人の三回忌だったという。

 答え合わせをしていくように、キミはぽつぽつと言い始めた。


「昔、好きな人がいたの。その人は小説を書いていて、いつもクールで、かっこいい人だった」

「中学生だったから、あんまりアニメとか見る人いなくてさ。お互いだけだった。そういう、オタク文化とかの絵を描いたり小説を書いたりを共有できるのが」

「すぐ私は好きになった。たぶん、向こうも好きだったんじゃないかな」

「でも」


 でも、


「死んだ」

「───」

「死んだの。ふざけて崖の辺りで遊んでて落ちそうになった私の身代わりになって。結局、崖から落ちたのはその人だけで。私は、この通り助かってる」

「……」

「みんな、私のせいだって。私がいたから、みんな不幸になるって」


 その頃にはもう涙は止まっていて、『君』は、僅かに溜まった雫を払った。


「私は貴方が嫌いよ。何度断っても折れない。拒絶しても関わってくれる、そんな貴方が。あの人を連想させるような、貴方が」

「そん、なの………」

「ええ。酷いでしょう? あの人のためにと練習してきた絵だって何の意味もない…もう、私に関わらないで」

「……」


 蝉の声が煩い。じりじりとした暑さが頬を焼く。

 『僕』は……迷わなかった。


「ねえ」

「……なによ」


「知ってた」


「……………………は?」


 キミは呆けた顔をして、口をバカみたいに開いた。結構、『僕』はヒントを出していたと思うんだけど。


「だって、僕がその人だもん」

「………は、はぁ? ……はぁ!? そんなの、あり得る訳っ」

「君の絵、前と変わって無かったね。昔も、そんな風に言ってたと思うけど」

「……うそ」


 『僕』は努めて笑顔だったけど、キミは呆けた顔で涙を流していた。

 

「だって、あの時崖に」

「生きてたんだ。怪我もしたし、ちょっと色々あって、記憶を失って他の家の子になってたんだけどね」

「そんなバカな話……」

「───嘘かどうかは、君が判断すればいいと思うけど」

「っ……!」


 もう言葉はいらなかった。

 何年も想い続けた人が目の前にいて、キミは我慢できるような人じゃない。勢いよく僕に抱き着いてきて、思わずよろけてしまった。


「バカ…バカ……!」

「うん、うん、ごめんね……ごめんなさい・・・・・・

「もう離れないでッ…!!」

「うん───大好きだよ」

「っ……!」


 その言葉で限界を迎えたのだろう。キミは、滂沱のように流す涙を止めないまま、『僕』の胸元に顔を埋めた。


「私も、大好き……!」


 漸く聞けた、その言葉。


「あぁ───本当に、大好きだよ」


 ボクは、笑顔を浮かべてそう答えた。


だって・・・ずっと見ていたからね・・・・・・・・・・


 ───部屋に張られたキミの写真を思い出しながら。

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