その廃墟は、俺たちの住んでいる地区のはずれにある、ぽつんとした丘に立っている。


 なんでも、十年ほど前に潰れたホテル――らしいのだが、詳しいことはよく知らない。両親に一度たずねたことはあったが、二人とも難しい顔をして黙ってしまった。


 「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた看板と、簡易なトラロープを外すと、その先はホテルへ繋がる道路が続いている。薄暗い中を自転車をぎながら、俺は一人、廃墟を目指す。

 道路は坂道になっていて、ところどころ舗装が剥がれていた。山側から侵食してきた雑草がコンクリートを侵食して、またその一部は木になりかけている。

 街灯は明滅を繰り返しており、時たま「バチッ」と音を鳴らした。ただ、蛾が電灯に当たっているだけの音に怯えながら、俺は終始びくびくしながら自転車を走らせた。


 やっとの思いで丘の頂上に着くと、そこにはもう二人の姿があった。


「遅かったじゃないか。てっきり来ないと思ってたぜ」と、Mが笑う。

「あと少しで、お前を置いていくところだったよ」と、Kが茶化した。


「おいおい……俺ん家、ここから遠いの知ってるだろ。冗談キツイぜ」


「はは、そう怒るなって。……んじゃ、さっそく行こうか」


 Mが懐中電灯をあごの下から照らして、ニタリと笑った。それを見たKがギャハハと笑った。


 この時、まだ二人は気が付いていなかったのかもしれないが、もう俺は異様な雰囲気を感じていたんだよな。

 さっきまで響いていたカエルの合唱はぴたりと止んでいたし、どこからともなく吹いてきた風が、ぞわぞわと木々を揺らしている。


 そんな中で、廃墟は暗闇の中で、ただぽつんと立ち尽くしていた。どうも、俺にはその佇まいが、時間そのものを否定しているように思えてならなかった。


「おーい、なに突っ立ってんだよ。置いていくぜ」


 はっと気が付けば、MとKは迷いなく廃墟の方へと進んでいる。冗談じゃない。こんなところで置いてけぼりを食うなんて、考えたくもない。

 俺は慌てて、駆け足で二人の後を追った。




 今にして思えば、もう、こっそり帰っちまえばよかったんだ。


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