頑固だからさ…

実はステライトラバン王国で起こっていた、ビィブリュセル神の神力消失事件は…なんと世界中の神殿でも起こっていた。


というのも、ビィブリュセル神の神石というのは元々は大きな石で、小さく割って世界各地にある神殿で保管して、聖女が現れた兆しの時だけ輝く…みたいなご神体的な扱いの石だったらしい。


その世界中に散らばっている神石がすべて只の石になってしまったのだ。


その神石事件を受けて、世界各国の神官長が集められて緊急の全体会議が行われることになったのだが、ステライトラバン王国の神官長はというと…予備の神石、つまりはフェザリッデル様の神石を持って行き、「うちにはこれがあるんだぜ、どやぁ~」をやりたい…見せびらかしたい!と言い出したのだ。


秘匿の伝承でしょう?と思っていたのだが、意外にも国王陛下はあっさりと了承した。


「予備だと言っただろう?本当に神石かどうか…ただフェザリッデル様の姿の現れる石と一緒に残されていたからという曖昧な感じで初代王の頃から保管していた、よく分からない石だったのだ。神力が籠っているのなら好きなだけ崇めて使えばいい」


なんともまあ…軽い感じだ。


まだ納得いかない私にベイルガード殿下は説明してくれた。


「それによく考えてみてよ、聖女が現れる兆しはあくまでビィブリュセル神の神石じゃないと分からないだろ?仮にあのフェザリッデル様の神力が籠った石を神殿で保管していた所で、聖女の兆しなんて知らせてくれると思う?」


「あ…そうか…」


「そうだよ。つまりは神力が籠っている神石さえ神殿に置いておけば、それの正体が何であれ構わない…と、陛下も神官長もそう判断したんだよ」


実はステライトラバン王国の神殿の神官長に秘匿の伝承のビィブリュセル神とユキ様とフェザリッデル様のアレコレを話してみたんだって。


そうしたら神官長は激怒しちゃって、そんなつまらない横恋慕で異世界人の女性を異界に連れ去りあまつさえ、いたぶるなんて神有るまじき行いですよっ!


とまさに神への暴言をずっと吐いていたらしい。実は神官長のお母様、異世界人のミチコさんは今もご健在だけれど、こちらに連れて来られた時にはまだ14才だったんだって…


ミチコさんは今でも夜、皆が寝静まった後に時々泣いていることがあるそうなんだ。


「子供の時にはコモリウタという不思議な音階の歌をよく歌ってくれました」


泣けるね…それは泣ける。今はこちらの世界で神官長とお孫さん達に囲まれてそれはそれで幸せだろうけど、引き裂かれた異世界にいる家族のことを思うと切ないね…


神官長はそんな、ミチコママの切ない気持ちを知っているから余計にビィブリュセル神の愚行を許せないみたいだった。


「私は今日から弟神のフェザリッデル様に祈りを捧げますよ!」


はい~ここにまたフェザリッデル様の信者が一人増えました~


そんな神官長は


「クリュシナーラ様さえよろしければ、母に会ってくれませんか?元ニホンジンの王太子妃だとお伝えすると、それはもう喜んでいて…是非、話し相手になってあげて下さい」


神官長に勿論勿論!いつでもいいよ~とお伝えしていたら、例のマユリ=ササキに逆ハー要員で狙われた美貌の神官職のお孫さんと一緒に遊びに来てくれたのだ。


私はベイルガード殿下と二人でミチコさんとお孫さんを出迎えた。


ミチコさんに付き添ってきた神官長の息子さんは、なるほど…これはマユリ=ササキに狙われる訳だ、と思わせる納得の美貌の持ち主だった。所謂、クォーターのアイドルっぽい美少年なのだ。


「初めまして、ミチコさん。漢字は道路の道に子供の子の道子さんかしら?」


私がそう尋ねると、白髪で少し腰が曲がったミチコさんはパアッと笑顔になると


「そうなのっ!まあっ嬉しい…金髪で西洋人の綺麗なお嬢さんなのに本当に日本人なのねっ!あらいけない…王太子妃なのに不敬な口をお聞きしまして…」


と、カテーシーをされようとしたので、慌てて道子さんの方へ走り寄った。


「ご無理はなさらないで、構いませんわ。私まだこちらでは十八才ですし、あちらでも三十三才で亡くなりましたし…」


私がそう伝えると、道子さんは表情を曇らせた。


「まあ…そんなにお若くして亡くなられたの…ご病気?」


「いえ、仕事の車で移動中に交通事故に巻き込まれまして…」


「日本名をお聞きしてもいいかしら?」


「はい、藤林 律子と申します」


「まぁ、りっちゃんね!」


泣きそうになった…母にそう呼ばれていたからだ。異世界にいる母を思い出して泣けてきたら、ベイルガード殿下が優しく背中を擦ってくれた。


そこから道子さんと異世界の話題で盛り上がった。道子さんの生まれ年を聞くと私とは10才ほど年上だが当時の私と道子さんの記憶と照らし合わせながら、あの事件はどうなったの?とかあの芸能人は元気?とか道子さんは泣きながらもとても楽しそうに質問されて、私が答えるととても喜んでくれた。


そして自分をここへ連れて来たビィブリュセル神の話になった時に、道子さんは大きな溜め息をついた。


「私はね、この世界に来た時には何か使命のようなものがあって連れて来られたのかと思ったのよ。りっちゃんは若いから知らないお話かもだけど、南総里見八犬伝というお話があってね。私って伏姫なんじゃないかしら!なんて少し浮かれたこともあったのよ…」


南総里見八犬伝…確か仁義礼智…とかの珠が体にあって~とかのお話だよね?RPGみたいな物語だった記憶があるけど…なるほど。確かにこんな異世界に飛ばされたら冒険活劇?が始まるわ~と思うよね。まあ、逆ハーやコミット?ラバーとかのゲームだと思った人もいたようだけど…


「何となくお話は記憶しています…確かに冒険が始まりそうな世界ですものね…」


「でしょう?でも実際は聖女だと言われても、特に魔王が襲ってきたり悪の親玉が世の中を脅かしたりとかも無いのよ…私って何の為に呼ばれたの?って思っていたわ…」


そう……道子さんを含め、ニジカ=アイダもマユリ=ササキもリカ=タケジマも皆、皆…ビィブリュセル神が『ユキの代わり』をひたすら呼び続けていただけなんて…


この真実を知ったらショック過ぎると思う。


暫く話して、道子さんとお孫さんは帰って行かれた。


ベイルガード殿下はその二人を見送りながらポツンと呟いた。


「これからはビィブリュセル神が聖女を呼んだとして…神官達がすぐに発見出来なければ彼女達はどうなるんだろう?」


本当だ…どうなるんだろう。


この心配は杞憂に終わった。世の中には物事を多角的に見ている人がいるもんだ、と改めて思った。


「神官長会談で今後、異世界人を発見した場合は神殿に速やかに報告を促し、神殿で厳正なる聖女判定をしたのちに、各国の神殿で教育そして生活の保障を行う事になったそうだ。判定の結果、聖女でなく迷い人だと判断された場合は、公的な手続きを済ませた後…クリシュナーラの施策の就職準備金制度等を適用して、生活の基盤を安定させる…こう決まったそうだ」


ベイルガード殿下が神官長から報告を受けたと…夜、寝所で教えてくれた。結局ビィブリュセル神の神石は、元の輝きを取り戻すことなくただの石のままだそうだ。


世界各地の神殿は『ご神体』とも言える神石が無くなったことで危機感を抱いているようなのだが、ステライトラバン王国では通常通りだ。


何せ神官長の心の拠り所はすでにフェザリッデル様わっしょい!になっているからね…ビィブリュセル神がいなくても構わないんでしょ…


「まあ我々王族はずっとフェザリッデル様に祈りを捧げていたしね…」


私は思わずベイルガード殿下の方を見て手をパンパンと叩いてしまった。


「…どうしたの?」


「だってっ!よく考えたらベイルガード殿下も神様の末裔じゃない!拝んじゃお~」


私の手をベイルガード殿下の手が包み込む。


「クリュシナーラだって私と同じ神の末裔だろ?」


「あ~~う~ん?確かにそうだけど、私は実感が薄いというか…」


ベイルガード殿下が顔を近付けてきた。ウフフ…ベイルガード殿下の唇が私の唇にソッ…と触れる。もう婚約者だし…いいよね?と先日、ベイルガード殿下に聞かれて嬉しくなって頷いてから…殿下のスキンシップは日に日にエスカレートしている。


優しい口付けが瞼、鼻先、頬に落ちる。ベイルガード殿下の魔力って本人の性格にもよるのかな~触れるとホッとするような優しい感じがする魔力なんだよね。


「気持ちいい…」


ついうっかり本音を漏らすと、ベイルガード殿下の猛攻が始まった。取り敢えず、本番は本番?にとって置いて下さいとお願いしているので、本番は回避している…一応ね。


実はベイルガード殿下が私との婚姻式を前倒しにしてくれ!と国王陛下に嘆願したらしく、婚姻式は異例の一ヶ月後になっている。


婚約式が終わるや否やすぐに婚姻式が行われるので、殿下達の従姉妹の辺境伯令嬢のシファーリアナ様は


「また帰るのが面倒だからこのまま婚姻式までいるわ~」


と急遽、婚姻式で着るドレスを買いに行ったり私と共に菓子店に行ったり…王都で遊び回っていた。私も仲良くなったシファと一緒に遊びたいのにな~婚姻式の準備がヤバイ、間に合うのか?ヤバイ…


まあそれなりに忙しいけれど、その忙しさも楽しんでいるうちに婚姻式の当日になった。


基本の段取りは婚約式とほぼ一緒で、違いは来賓の人数が多くなったくらいだった。そして式の後のお披露目会でベイルガード殿下の浮かれっぷりに、会う方皆に


「クリュシナーラ様は溺愛されているね…」


と生温かく見詰められて兎に角、恥ずかしかった。


そして…


婚姻式から数週間経つが、今もって聖女や異世界人が発見されたという報告はなかった。


「異世界人が現れるのってそんなに頻繁じゃないよ?いつもは数年に一度あるかな?くらいだよ。ニジカ=アイダ達の現れた方が異例だったくらいだから…」


政務の間に、お茶を頂きながらベイルガード殿下と話をするのがここ最近の私と殿下の日課だ。本当に平和だ。ああ、お茶が美味しい~


そう…あれからビィブリュセル神の方も音沙汰なしだ。


静かなのが逆に怖いけど、神様に怖いもないもんだよね…とも思うけど、神様の定義?とか規定?みたいなのあるのかね…ほら、神様の世界も縦社会じゃないか?と疑っていたけれど、もしかしたら人界でアレコレやり過ぎたのでから処分されたんじゃないのかね?


ビィブリュセル神、左遷されたの?まあ神様には左遷も右遷も無いかもね。


…いや知らんけど?


結局さ、長きにわたるユキ様の横恋慕にも失恋、人界に来てユキ様を捜すのも失敗、ユキはいねえよ!という言葉にも耳を貸さない…ビィブリュセル神って最低でも四百年は生きている?というのか…すでにおじいちゃんの年齢でしょ?これって立派な老害じゃねぇか?そうだよね?


ビィブリュセル神も認知症とかになるのかな…怖っ…


■ □ ■


王都で制定した法案は順調に機能していた。徐々にではあるが王都に人が戻り始め、地方との税金格差もほぼなくなってきている。


そんな政務の合間に、急に思い立ってあれからうんともすんとも音沙汰なしのビィブリュセル神のアレコレを紙に書き出してみていた。


その①大叔父様十六才に憑依&殺害→神界の上司から口頭注意?

その②リカ=タケジマに憑依&殺害→神界の上司から訓告処分?

その③ニジカ=アイダに憑依&殺害→神界の上司から減給処分?

その④ヒーラスメイ=ルーロベルガ殿下に憑依→神界の上司に左遷勧告?


そう…仏の顔も三度までというではないか…三回目の人界への介入まではビィブリュセル神の動きは活発だった。ところがヒーラスメイ殿下の憑依の後、婚約式で恨み節で声だけ主演した後は…干渉が一切ない。


もし…もしもだけど、本当に神界に上下関係、ヒエラルキーが存在するなら上から何か言われたか、人界に干渉をしないようにそれこそ牢屋に入れられているのかもしれにない…と私はこっそりとそう思っている。


ステライトラバン王国以下、世界中の人達もビィブリュセル神の神石の神力が無くなったことで暫くは、不安を煽ったり世紀末だーみたいな運動家が暴れたりしていたが…一週間経ち二週間経ち…何も変化がないことに人々も拍子抜けしてきて、いつの間にかビィブリュセル神の神石の話なんてしなくなっていた。


信仰心が薄れる…ってこういうのを言うのかな?


もともとビィブリュセル神が起こしていることだって奇跡とか祝福?とかは全然無いし、聖女は連れてくるけど、ポンコツだったり嫌々の少女を拉致ってきたり、ろくでもない所業だけだもんね。


人って自分に恩恵が無いと感謝しないもんなぁ…あくまで私の感覚だけどね。


でもって、ベイルガード殿下の見解は私とはまた違っていた。


「私は神力を使い過ぎてビィブリュセル神に何かあったんじゃないかと思うけどね~」


ベイルガード殿下はそう言っていたのだが、これには根拠があるらしい。つまりは神力だって無限じゃない…実際ステライトラバン王国の初代王のフェザリッデル様と国王妃のユキ様は神力を半分に分けて共に半神夫婦になっている。


「つまり分けられるということは神力も容量があるってことじゃない?」


「確かにその通りだね…」


ベイルガード殿下は私が神界のヒエラルキーの説明を聞きながら険しい顔をしている。


「二人の異世界人の女性を殺害するまで神力を使い、ヒーラスメイ殿下にも神力を使い…クリシュナーラの夢にまで現れた。フェザリッデル様でも神の時は人界では干渉出来ないようだったし、それなのにここ最近は過干渉だっただろ?」


「うん、そうよね」


「だから神力を使い過ぎてどうにかなっているんじゃないかと思うんだ…けど甘いかな?」


ベイルガード殿下は首を捻っている。私も一緒に首を捻った。


「いい加減諦めて大人しくしてくれることを願うわ~」


「同感だ…」

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