呼んでないからお帰り下さい
『ユキ……ユキ……』
こえええっ?!これ…ビィブリュセル神…だよね?とうとう人界にご本人が登場か?!……と思ったら、ベイルガード殿下と国王陛下が至って冷静な声で言い放った。
「今度は自分の神石を媒介にしてきたのか…」
え?どういうこと?ベイルガード殿下?
「何度言えば気が済むのかな?ユキ様は当の昔にお亡くなりになってますよ」
国王陛下も?え?どういうことだ?
私と一緒に神官長達もキョロキョロしている。すると素早く私とベイルガード殿下の傍に近付いて来たリテンジャー卿が
「祖母の言っていた媒介するものからの呼びかけですね…」
と私を背後に庇いながらベイルガード殿下に聞いている。
ああっ!そうか!これがかの有名な?ビィブリュセル神の神界からの呼びかけなのか!夢を媒介したのは私も遭遇したけれど、時には鏡からだったとか言ってた、例のアレだよね?
「男の呼びかけはとことん無視するよな…しかし、ここ最近のビィブリュセル神は…神とはいえ許し難きことだ…」
国王陛下が神石を見詰めてながらそう呟いた時に、神石から黒いモヤが立ち上がった。黒いもや?煙か?
「これなんですか?!」
神官達が慌てて神官長に聞いている。神官長も慌てながら国王陛下の方を見た。国王陛下の前には倒れずに無事だった騎士団長とメイドのお姉様が走り寄っていた。
「兄上はおばあ様に聞いたことありませんか?」
リテンジャー卿が国王陛下の傍に来た団長にそう声をかけたのだが……兄上?ん?よくよく顔を見ると、リテンジャー卿と団長の顔…似てる!兄弟なの?
「ばあ様?父方か?陛下の叔母上にあたる?」
と、リテンジャー卿に聞き返している。リテンジャー卿は頷いた。
「ビィブリュセル神…まさか…」
その時に同じく倒れずに無事だったメイドのお姉様が呟いている。
「ユキと呼びかけてくる、アレはビィブリュセル神なのですか!?」
メイドのお姉様は叫びながら、神官長を見たけれど神官長も事態が飲み込めていないのだろう、益々オロオロして国王陛下とベイルガード殿下を交互に見ている。
「そうかっ!皆様、神力を潜在的にお持ちの方々ばかりだ!」
私が、倒れずに無事にこの場にいる面子を見て叫んだ。そうだっ!それしかない。私だって血は薄いけど、初代王の末裔で数代前に王女の血筋が入っている。ベイルガード殿下と国王陛下は直系。団長とリテンジャー卿の兄弟も親戚…そして神官長も聖女の子供…そして残りの神官やメイドのお姉様は…恐らく
「お姉様も聖女の子孫ですか?」
私が聞くと、メイドのお姉様は驚いたような顔をされたが、何度も頷いている。
「はいっ…私は…その、母がルーロベルガ帝国の出身で…祖父がルーロベルガ帝国の貴族位でして、祖父の母…曾祖母が聖女だったというのは聞いたことがあります」
やっぱり…
「そうか…神力を有していない者は倒れてしまっているのか…皆もそうか?」
国王陛下が無事に立っている神官達に聞くと、頷いている。
「もしかしてお姉様は夢で、あの様にユキと呼ばれたことがありますか?」
メイドのお姉様に聞くと、お姉様は首を横に振った。
「私では無く曾祖母でした…」
お姉様は衝撃的な話を聞かせてくれた。BGMは『ユキ~~ユキ~~』という地の底を這うようなビィブリュセル神の声だ…雰囲気有り過ぎ…
「母から聞かされたのです。もしかして身に降りかかったら何としても逃げろ…と。…曾祖母はユキノと申します」
まさかの名前は明らかに日本人なユキノさん?!
「曾祖母は入浴しようとした時に浴槽の水の中から、ユキと声をかけられたそうです。覗き見た水面に映る姿はとても見目の麗しい男性で…ユキと言われて、はいユキノですと返事をしてしまったそうです」
ひええっ?!お風呂の水?!やっぱり私のお風呂のひょっこり幽霊もビィブリュセル神だったんだ!
「その時に浴槽の中から手が伸びて…水の中に引き込まれたそうです…」
「ええっ?!でもお風呂でしょう…?」
「そうだ…引き込まれても水に浸かったくらいで…」
私とベイルガード殿下を見て、メイドのお姉様は首を横に振った。顔が真っ青だ。
「浴槽のはずなのに、深い水の中だったと曾祖母は言っておりました…そして手首をその方に掴まれて底へ底へと引きずり込まれ…曾祖母が次に目を開けた時は五日も経っていたそうです…手首には手を掴まれていた痣が残っていたそうです…」
「ひええっ!」
「怖いな…」
「なんと…」
思わず悲鳴を上げてしまった。しつこいようだが、BGMは『ユキ~~ユキ~~』のビィブリュセル神の地の底ボイスだ。
「曾祖母は婚姻後、自分の子供達にその話をして万が一、ソレに呼びかけられたら充分に気を付けるように言ったと聞きました…」
「……」
重苦しい沈黙が訪れた……BGMのユキ~~~ユキ~~~だけが大広間に響いている。
その時…そのユキ~~~の声がピタリと止んだ。皆が一斉に神石を見た。
『……ユ……そん……違う……我は……違う…ユ……』
「…っ!神力が消えていきます」
神官長の言葉と共に、確かに嫌な気配が薄れていく。固唾を飲んで見守る中…ビィブリュセル神の声は聞こえなくなり、神石は灰色の石になっていた。さっきまでは虹色に輝いていたのに何故か灰色になっている。
「石から神力が感じられない…」
「ええっ?!」
神官長の言葉にオロオロする神官達…嘘でしょう?
「神石はただの石になってしまったのか?」
思わずベイルガード殿下がそう呟いたのだが、それを聞いて神官達は悲鳴を上げた。
「どうしましょう?!神石が無くなってしまうなんて前代未聞です…」
神官長が真っ青になって頭を抱えて、神官の皆様なんてすすり泣きを始めてしまった。
どうしたらいいの……
すると国王陛下が
「あ~神石が欲しいなら予備があるからあれを出してこようか?」
と言い出した。えっ予備?予備って言いましたか?
「あっもしかして、フェザリッデル様のですか?」
すぐに相槌を打ったベイルガード殿下の言葉に、気が付いた。
あっ!そうか…ステライトラバン王国の初代王…そしても元神様のフェザリッデル様の石…あれも確かに神石だ。
「見た目は少し違うが同じ兄弟神のものだし、問題無いだろう…」
「え?え…兄弟神ということは…ビィブリュセル神の弟神の…いっ…異界の神の神石ですか?!」
そう言って既に駆け出して行ったベイルガード殿下の後ろ姿を見送りつつ、神官長がめっちゃ驚いているけど、そうか…王家の秘匿の案件扱いだったね…
すぐに戻って来たベイルガード殿下は弟殿下二人を連れて来ていた。
「なんかヤバかったみたいだけど…なにこれ?」
カイルナーガ殿下が倒れている近衛の隊員の首筋に手を当てて意識を確認している。
「気を失ってるの?」
ナニアレイド殿下がメイドの女の子達の手首の脈をとっている。
「父上…どうぞ」
「うむ…神官長、どうだ?」
ベイルガード殿下が差し出してきた箱を受け取り…中を開けてみて神官長は驚愕している。
「確かに…確かに神力があります!これは…」
国王陛下はニヤリと笑って
「初代王のものだ」
と言った。その時の神官長と神官達の顔と言ったら…頬をバラ色に染めて、一斉に国王陛下に膝を突いた。
恐らくだがあの伝承の示すとおりに、王家にビィブリュセル神の血筋が入っているというのを思い出して、ステライトラバン王国にその血筋が受け継がれているなんて…と感激しているのだろう。実際はビィブリュセル神ではなくフェザリッデル神なんだけどね。
その後
倒れていたメイド達や使用人達は一斉に目が覚めたみたいだ。自分が倒れていたことにすら気が付いていないようだった。
神官長と神官達は普通の石になってしまったかもしれない、ビィブリュセル神の神石を一応保管しておくようだ。
ベイルガード殿下が「必要ならば秘匿の話をしても構わない」と言っていたし…どう話をするんだろうね。
さていよいよ今日は婚約式本番です!
段取りを間違えないように…と朝から自分で書いたメモを読み返している私…
「クリュシナーラ様、首を動かさないで下さい~」
ララに顔をぐりっと上にあげられた。今はドレスの着付け中だった。コルセット装着は絶対に避けたかったのでおなか周りにパニエを重ねてボリュームを出したドレスなのだが運動不足からくる、お腹のぽちゃ~はなんとか回避出来たみたいだ。これも鬼教官のウォーキングレッスンのお陰かもしれないね。
そして、ララから愛がぎっしり~と揶揄された蒼色のドレスに袖を通した。
綺麗…裾が広がってグラデーションの蒼が揺らめく…
また今日もメイドのお姉様の極上の仕上げにより、王太子妃クリュシナーラが誕生した。
「今日も頑張りましたわ!」
メイドの皆様の終了の拍手に、私も一緒に拍手した。
ララとエイリンと廊下に出ると…なんとベイルガード殿下が廊下の壁に凭れて立っていた。その姿を見て私は目を剥いた。
「きゃあ!殿下っ素敵ですよ!」
軍の正装!軍の正装だよね?!黒を基調にした軍服に、同色の黒のブーツ!金と赤の飾緒に裏地が深紅のマント……これはこれはっ!?
「やっぱり軍服は黒ですよね!そうですよねっ!赤と黒の対比は最早様式美ですよねっ!」
「クリュシナーラ……どうしたの?軍の正装がそんなによかった?」
「はいっはいっ!はいぃぃ!」
……興奮し過ぎて、ベイルガード殿下を怯えさせてしまったようだ。
暫く殿下から珍獣をみるような目をされていたが、大広間の扉の前に立った時に
「ドレス姿…とても素敵だ、似合っている」
とやっと落ち着いた?のかベイルガード殿下からお褒めのお言葉を頂いた。
「ベイルガード殿下も大変美味しゅう……素晴らしい正装でございますよ」
「アハハ」
「ウフフ」
お互いに褒め合って気分が高まった所に大広間の扉が開けられた。私は心の中で数を数えながら祭壇に向かって歩き出した。
式は無事に終了した。神石がビィブリュセル神→フェザリッデル神になっていたがとくに問題無く終了した。正直拍子抜けだった。
そして、ベイルガード殿下は忘れているかと思っていたのに、どうやらしっかりと覚えていたようで婚約誓約書に署名した後に
「永久に貴女と共に…クリシュナーラ」
とか色っぽく囁きながら私の手の甲に口付けを落とした後に、何故だか参列席の方に向けて流し目を送っていた。
「きゃあああああ!」
「ひゃああ!」
参列していた主に女性陣は流し目を受けて悲鳴を上げていた。どうやら成功したみたいだった。しかしとんでもない煽り演出だと思った。
案の定…その後のお披露目会で私は煽りを受けたらしい、貴族令嬢に取り囲まれてしまっていた。
おーーーい。こんな時にベイルガード殿下はどこにいるんだぁ?
まあ、一人でも全然大丈夫だけど…
元アラサー三十三才の私の娘くらいの年頃の女子が、ネチネチ嫌味を言っているのを聞きながら欠伸が出そうになる。
「公爵家は取り潰しになっておりますのに…どうやって取り入られたのかしら?」
「みすぼらしくも、市井で働いていたとか?ああやだぁ~庶民の匂いがしますわぁ」
「クールベルグ様が急に社交界に返り咲きされたと思ったら…メリアンジェ=ムレシアル侯爵令嬢とご婚約だなんてっ!どういうつもりなの?!」
……お兄様とメリアンジェ様とのことは、私は関係ないでしょうよ?完全なる当て擦りだろ、これ?自分達の鬱憤を私で晴らそうとするなよ。仕方ないな…じゃあお言葉に甘えて、悪役令嬢っぽく振る舞ってあげようかね?
私は扇子をバシィと音をたてて開くと、広げた扇子で口元を隠した。
「まあオホホ…ベイルガード殿下に戻って来てくれと縋られましたのよぉ?私は市井でも楽しく過ごしていましたけれど、ユリフェンサー家の復興と、兄とメリアンジェ様のご婚姻を確約してくれましたので~致し方なくではございますが、ベイルガード殿下にど~~しても私が良いと言われましたのでねぇ~オホホ、愛されてしまって困りますわぁ」
ああ、しんど……今日はこのくらいで勘弁しておいてやるか。
ちょうどベイルガード殿下がこちらに歩いて来るのが見えるし…私は笑顔を浮かべると、手を差し出した。ベイルガード殿下はそんな私の手を取ると、優雅に体を引き寄せ自身の体を私に密着させてきた。
「お待たせ、クリュシナーラ、ん?皆も祝福をくれたのかな?フフ…やはり婚姻は恋愛婚がいいよ、貴女方もそんな相手に巡り逢えることを願っているよ」
留めの一撃を躊躇なく打ち込むベイルガード殿下。この人綺麗な顔をして、結構腹黒なのかな?まあ王族なんて大なり小なり狡猾な狐と狸ばかりなのは仕方ないよね…
■ □ ■
婚約式の次の日
私は一人で神殿の隣に併設している墓地に来ていた。この世界では遺体は土葬で埋葬するらしい。そして家の墓ではなく故人一人ずつの墓があるそうだ。
私は『ニジカ=アイダ』と『リカ=タケジマ』の墓の前に花束を置いた。墓前に花を手向けるのはこの世界では珍しいとのことだが敢えて異世界流にしてみた。
ベイルガード殿下は墓地まで入らずに外で待っていてくれている。
「元異世界人同士で話したいことがあるの」
と言うと、理由も聞かないで一人にさせてくれた。本当に優しい方だ、有難い…
墓石と言っても、日本の御影石のような石ではなくて…光沢はないが黒色で墓石には名が刻まれている。私はニジカ=アイダとリカ=タケジマの墓石に手を置いて撫でた。
「ニジカさん、リカさん…あなた達のご遺体を異世界で埋葬することになってしまってごめんなさいね…結局は仇も取れてないけど…ごめんね」
証拠はないが、十中八九…ニジカ=アイダとリカ=タケジマの体はビィブリュセル神が己の傀儡にしようとして神力を入れた…という結論をベイルガード殿下達は導き出していた。勿論、私もそれが一番疑わしいと思う。
こんな訳の分からない世界で私だったら悔しくて仕方ないよ…ねえ?フェザリッデル様、せめてこの子達の魂だけでも異世界に戻してあげて…お願いします。
「私が神界にカチ込んでいけるなら、ビィブリュセル神をぶん殴ってやるのにね…代わりにフェザリッデル様がぶん殴っておいてよ、頼むよ!」
私の声、届いてるかな?
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