メタボってるんじゃねーよ

私もポカンとしていたが、私の周りにいる近衛のバンクレ卿とリテンジャー卿もメイドのララとエイリンもポカンとしていた。


「ユキを連れて来い!」


またぽっちゃり殿下が叫ばれた。


え~と、もう一度再確認しますと…このぽっちゃりした方はヒーラスメイ=ルーロベルガ第二皇子殿下で間違いないのよね?


ユキってあの今、噂の初代国王妃のユキ様のこと?連れて来い…ということは…?


いえいえ、まさか?しかし私達に向かってユキを連れて来い!と言っているのよね?このぽっちゃり殿下から漂ってくる神力に間違いがなければ殿下の体内に神力がある。よしよし、ここまでのぽっちゃり殿下の言動を考えれば…


「えっ…まさかのビィブリュセル神がぽっち……ゲフンゴフン、ヒーラスメイ殿下を操ってるの?」


呟きは完全に独り言になってしまったけど、だってこの現象を私と共有出来る異世界人が周りにいないんだもの!


このぽっちゃり殿下、ビィブリュセル神が操ってるんだよね?しかしそう言い切ってしまうには自信ない…神様ってこんな遠隔操作が出来るんだ…そこが更にビックリだけど、でも自信がない。


「ユキって誰ですかぁ…?」


この異様な空間でララが間延びしたような声でそう聞いてきた。そうか…初代国王妃の名前なんて歴史に詳しい人ぐらいすぐに思い付かないかもしれない。


「それ…ぐわっ!…っぐ…」


何か叫ぼうとしたヒーラスメイ第二皇子殿下は、言葉の途中でバーーーンと大きな音をたてて床に真正面からぶっ倒れた。


「………」


「……」


心筋梗塞か?ぱっと見、太っているから脳血栓かもしれない……どうしよう。


ピクリとも動かないヒーラスメイ第二皇子殿下(仮)を前に意を決した近衛のバンクレ卿とリテンジャー卿が動いた!!


チョンチョン……リテンジャー卿は鞘に納めた剣先でぽっちゃりの脂肪(腹部)を押してみた。これは不敬な行いかもしれないけど、考えてもみてよ?こんな怪しげな登場の仕方をしておいて、いきなりぶっ倒れた人を素手で触れますかって?私が触るとしても何かの棒で小さく突くに決まっている!


「クリュシナーラ様、どうやら失神しているようです、どう致しましょうか?」


本当にどう致しましょうか…だよ。一応、顔はエルガースメイ皇太子殿下に似ているからヒーラスメイ第二皇子殿下だと仮定しても、皇族(仮)を床に転がして置くのもマズイし、本当に血管が詰まった、切れた系の病気かもしれない。


「エイリン、会議室に伝言をお願い。大広間の渡り廊下でヒーラスメイ第二皇子殿下らしき人を発見。昏倒されたので医術医棟に運んでいます…と」


「畏まりました」


エイリンは駆け出して行った。


「では……重そうですが運びましょうか。ララ、手近な部屋からシーツを取ってきて。担架を作りましょう」


「は、はい!」


ララがすぐ近くの部屋からシーツを持ってきたので掃除道具の箒でシーツを巻いて折り返して担架を作り、ぽっちゃりを乗せてバンクレ卿とリテンジャー卿に運んでもらった。


担架が壊れそうだ…けれど何とか医術室に運べた。


当直の先生に


「喋っている途中で急に倒れて…」


とぽっちゃりの症状を説明すると、持病があるかもですねぇ~と言っていた。そりゃそうだ、おデブ特有の病の一つや二つは患ってそうだ。


その時、医術室にエルガースメイ皇太子殿下とベイルガード殿下が飛び込んで来た。エルガースメイ皇太子殿下は、ぽっちゃりの顔を覗き込んだ。


「間違いない…ヒーラスメイだ。どうして王城に入り込んでいるのだ…一緒に来ていた軍の者達は?」


皇太子殿下は後から医術室に入って来た侍従の方に聞いている。すると晩餐会で伝言を伝えに来ていた強面の軍人の方っぽい男性が


「身元を改めて迎え入れを行っています、まず間違いなく第二皇子殿下付きの近衛と侍従で間違いありません」


と答えていた。


「すぐに侍従のレスタ達を連れて来い」


「御意」


皇太子殿下が指示を出されて軍人っぽい男性は出て行った。


「ヒーラスメイはクリュシナーラ嬢と話していて倒れたのでしたね?」


暫くヒーラスメイ第二皇子殿下の顔を見ていた、エルガースメイ皇太子殿下はそう言って私の顔を見た。


う~む正直に話していいものか…


「そうですね…少し興奮して話されていましたし、ルーロベルガからこちらに来た疲れが出たのかも?」


無難な答えに留めておいた。


だって…おたくの弟さん、ビィブリュセル神に操られてまっせ~と言ったって信じられる訳はないと思うんだ。私も実際、半信半疑だし…


私は手招きでベイルガード殿下を呼んで、ソッと医術室の隅に殿下と共に移動した。


「ヒーラスメイ第二皇子殿下が急に渡り廊下に現れたのですが、『ユキを出せ、連れて来い』と言ったのです」


私がベイルガード殿下の耳元で囁くと殿下は


「何っ…!」


と思わず叫んでしまっていた。私は部屋の隅に居た近衛のバンクレ卿とリテンジャー卿とララとエイリンを手招きした。


「皆も聞いたと思うけど、殿下は『ユキを出せ』と言っていたわよね?」


ララとエイリンは何度も首を縦に振っている。すると近衛のリテンジャー卿があの…と言って手を挙げた。


「あの私の祖母が末席ですが、先々代の国王陛下の年の離れた王妹でして…その祖母から聞いたことがあるのですが、ユキ…とは初代国王妃のユキ国王妃のことではないでしょうか?」


うわわっ!ここに遠縁ではあるが王族の縁者の方が…これはリテンジャー卿はそのおばあ様に何か聞いているな?


チラリとベイルガード殿下を見ると、頷いている。


「申してみよ」


ベイルガード殿下が許可するとリテンジャー卿は何度も唾を飲み込んでから、声を潜めて話し出した。


「祖母の若い頃の話なのですが…夢の中に度々同じ男性が現れたことがあったそうです。その姿は先々代の国王陛下…兄にも似ていたし、父親にも似ていたと言っておりました。その男性は夢の中で『ユキか?お前はユキか?』と聞くんだそうです。祖母はずっと違いますと答えていたのですが…ある時母上…当時の国王妃に聞いてみたそうです。夢にこのような男性が出てくる…と。血相を変えた国王妃は国王陛下にご相談されて…決して問われて、そうです…と答えてはいけないと…」


な、なにそれホラーじゃないか?!それどこの決して返事をしてはいけません…覗いてはいけません…系のホラーじゃないかっ!


「ああ…その話か、確かに返事はしてはいけないと言われているな」


と、ベイルガード殿下はいとも簡単に同意してしまった。


ベイルガード殿下が続きを説明してくれた。


「ユキだと言ってしまうと、ほぼ毎日夢の中に現れて口説いて来るそうだ」


「口説く?」


「そう口説くんだ。確かに美形だし最初は口説かれて女性方は浮かれてしまうが、暫くすると皆すぐに手を打つようになるんだ」


「手を打つ?」


先程からベイルガード殿下にオウム返しをしてしまっている。


「結局、アレの言う事は一環していて『フェザリッデルより私を選べ、さあ選べ』しか言わないので…どうしていいか分からなくなるそうだ…」


ビィブリュセル神が語彙力低下している…選べといえばユキ様が自分を選んでくれると勘違いしているのか…選ぶにしても愛とか恋とか情が無いとどうしようもないのだけど、選びますと言葉にしただけでどうにかなるとでも思っているのかな?


「結局その夢は嫁ぐか、ステライトラバンを離れると見なくなる」


ベイルガード殿下に近衛のリテンジャー卿は困ったような顔で頷いている。


「そうなんです、それで祖母も気味が悪いけど…その夢の主のことはそのままにしていて、嫁いだら見なくなったと言ってました」


ある意味、ビィブリュセル神はユキ様教の信者で処女厨なんだろうね。気持ち悪いわ…


リテンジャー卿は私達の顔をグルリと見回した。


「ユキと聞いて私は真っ先に初代国王妃のユキ様を思い浮かべました。祖母はそれ以上は教えてくれませんでしたが、ヒーラスメイ殿下が言っていたユキは…」


「ヒーラスメイ…!」


リテンジャー卿の言葉の続きは、エルガースメイ皇太子殿下の声で途切れた。


「リテンジャー卿、その話は後で…」


と私が言うと卿は頷かれた。こんな所で話すことではないしね…


私達は医術台の上の巨体に近付いた。横から見るとメタボ腹がすごいわ…この第二皇子殿下ってまだ二十代だよね。


なんだか、ユキーー!とか言って起き上がってきそうなので、少し離れた所からヒーラスメイ殿下を観察した。第二皇子殿下を死霊系と勘違いしてるって?ふう…


「…ここは…どこだ」


「ステライトラバン王国の医術室だ。城に来るなり倒れたんだ…」


ヒーラスメイ殿下は自分を覗き込んでいるエルガースメイ皇太子殿下をゆっくりと見た。


「兄上?…ステライトラバン……そうだ、術師を…」


そこへ医術室に数名の男性達が駈け込んで来た。


「殿下っ?!」


「ご無事で?!」


何故か皇太子殿下を睨みながら、その男性達はヒーラスメイ殿下の周りに駆け込んできた。あ~これが第二皇子殿下派?とでもいうお付きの方々ね。


「皇太子殿下に何をされましたか?!」


いや、おいおい?


「お可哀相に、殴られて昏倒されたのでしょう?!」


人の話を聞けよ?


侍従やお付きのおっさん達が勝手に怪我で負傷だと騒ぎ出したが、医術医の先生が


「持病の気で倒れられたのでは…」


と叫んでいるのを丸無視している。私は第二皇子殿下の診療台の反対側に回り込むと騒ぐおっさん達に怒鳴ってやった。


「ここは医術室です、お静かに!それと殿下を発見したのは私です。城内の渡り廊下におられました。不審者かと思い声をかけましたら、突然倒れられましたの。殿下はまだお若いのにかなりメタボですし、少しダイエットなさったら?」


皆がキョトンとしているけれど、私は第二皇子殿下の侍従の方に


「私が視たところ、ヒーラスメイ殿下は神力を所持されているようなのです。それは以前からでしょうか?」


と聞くと、侍従の方は戸惑われたようにエルガースメイ皇太子殿下を見た。こんな時に兄を頼るの?とおかしくなる。


見られたエルガースメイ皇太子殿下は慌てることも無く、私を見ると


「私の知る限り神力は所持していなかったな。ただ数代前に聖女を妃に娶っていたので皇族の私達は潜在的には所持している可能性もある」


と仰った。


「ところで、先程のメタボ?ダイエットとはどういう意味だね?」


顔を上げるとエルガースメイ皇太子殿下は目を輝かせている。あ…そう言えばマユリ=ササキを帝国に迎えた時に、異世界の豆知識?を知りたかったとか何とかと仰っていたよね。別に隠すことはないしね。


「メタボとはお腹周りの脂肪のことを指します。詳しい数値などは私は医師ではないので分かりかねますが…まだお年が二十代で在らせられる殿下がこれはいけません。急に倒れて身罷られる病になる確率があがります」


「腹周りがふくよかだと、そういう突然の病に襲われるものなのか?」


「絶対という訳ではありません。日頃から肉、野菜、穀物…全てを好き嫌いなく食し、体を動かす方は太っている方より総体的にお体が丈夫…だということです」


「なるほどな…で、ダイエットとは?」


「はい、痩せる為の運動等をそういう名称で呼びます。私が推奨しますのは水中の中を歩く…これですわ。足の着く場所で歩くだけでかなり痩せますわよ」


エルガースメイ皇太子殿下は目を光らせた…気がした。多分マユリ=ササキにこういう話を聞きたかったんだよね~でもあの子は口を開けばオタ語?ばかりだったんじゃないかな…エルガースメイ皇太子殿下の心中お察し致しますわ…


「それでは先程のギャクハー、ビーエルカプを使ってショタを従わせている。フジョシという生き物はなんだろうか?」


そう来たか……頭を抱えたけど、答えないわけにはいかない。


「私はマユリ=ササキさんと年代が違いますので、若い世代の方が使う言葉を知らないこともあります。恐らく…と推察でお答えすることをご了承下さいませ」


「構わない、言って見てくれ」


医術室にいる皆さんの視線が集まる。


「ギャクハーとは、逆のハーレム…女性の後宮という意味です。つまり男性が側妃や妾などを沢山囲うこととは逆に、女性が沢山の男性を侍らせる状態をさします。つまり女性一人に沢山の男性がいる状態を略して逆ハーと呼びます。ビーエルカプとは……男性同士の恋人同士をさす言葉で、フジョシとはその恋人同士を応援している?というような女性をさします。ショタに関しては…詳しく分からないですが、十二才までくらいの少年を好きな女性という意味でしょうか?以上です」


皆の沈黙が怖い…私もこれが正解だとは思わない。あちら(オタク?)の世界はよく分からないのだ。


エルガースメイ皇太子殿下は目を泳がせながらこう言った。


「マユリ=ササキはルーロベルガ帝国に来てやりたいことがあると言った。クリュシナーラ嬢のようにギャクハーでビーエルカプを使ってショタを従わせたい。それはどんな術よりも強くてフジョシという生き物を凌駕すると…だから目指すはそれだと…クリュシナーラ嬢は同性愛を愛でるのが好きな…」


「断じて違います。マユリ=ササキが好きなだけでして、あの子はそういう性癖の持ち主だと思います」


「性癖…!」


「なんと…」


おじさん達はコソコソ話しあったりしている。


「それは……魔術名ではないのか?!」


第二皇子殿下が起き上がろうともがいていた…が、お腹が邪魔して起き上がれないようだ。慌てて侍従の方が三人がかりで体を支えている、重いからね…


「その不可思議な発音は異世界の魔術ではないのか?!」


「異世界には魔術は存在しません。あの異世界語は物の名称でして、私が所持したり魔術として使うものではありません」


ヒーラスメイ殿下は私を指差した。指まで太いね…つい観察してしまう。


「砦のあの障壁はなんだ?!あれこそ異世界の魔術だろう!その為にわざわざ…」


「あれは歴代の魔術師団とユリフェンサー公爵家が作ったこの世界の魔術です。私はこの世界の魔術しか使えません」


完全に自白したも同然だった。やはり第二皇子殿下が砦を襲撃したのだ。


苦々しい思いで顔を伏せたヒーラスメイ殿下の後頭部を見詰めた。

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