逆らってるんじゃねーよ
神様も縦社会とか切ないなぁ~と思いながらベイルガード殿下に背中を撫でられていると、また眠気が襲ってきた。
うわわっ…このまま眠ったらヤバイんじゃねーかぁ…と何とか抗おうとしたけど、心地よいベイルガード殿下の寄り添う体温に…負けた。
…
……
………
目覚めは絶好調だった。夢の中でアレに追いかけられることも無く、爆睡出来たみたいだ。
隣を見ると…ベイルガード殿下はいなかった。これは寂しい…と思ったが枕元に『おはよう、父上達に相談してくる。朝食は一緒に取ろう』という手紙が残されていた。
もしかして私の夢に入り込んで~あの神界縦社会の万年平社員の~ビィブリュセル神が~とか言って貶して話してくれているのだろうか。心の中で私も、あの横恋慕神を万年平社員と罵っておいてやろう。
そう言えば
表敬訪問だとかで、ルーロベルガ帝国の皇太子殿下が今日、来られるんじゃなかったっけ?
そうしてベッドの上であーでもないこーでもないと考えていると、扉がノックされたので返事をした。あら?メイドのララとエイリンが静々と入室してきたよ。
ちょっと待てよ?若干、若干だが二人の口元がニヤついていないかね?
「おはようございまぁ~す♡」
「今日は殿下のお部屋なんですねぇ♡」
茶化す気満々じゃねーか!……まあいいか、確かに婚約すらまだなのに部屋に押し掛けるなんて破廉恥行為だとは思うよ。
「言っておきますが、何も無いからね!」
「は~い!」
ララとエイリンが同時にそう答えた。ちっ……これだから若い女の子って…すぐエロエロしいことに結び付けちゃって!
「クリュシナーラ様、今日はルーロベルガ帝国の皇太子殿下がお越しになりますのでご準備始めますよ~まずは、殿下と朝食をお召し上がりくださいませ」
「はい~」
私はワンピースドレスに着替えると、食堂の方へ移動した。
「おはようございます」
今日は朝から王子殿下三兄弟が食堂に勢揃いしていた。
「聞いたぞ〜夢でビィブリュセル神に追いかけ回されたんだって?」
その言い方!カイルナーガ殿下はもう少し気品と品格を高める努力をしたほうがいいよ!
「相変わらずのドスケベだねあの神様…僕は夢でも会ったことないけど、姉上と従姉妹の所には来たことあるって」
更にその言い方!ナニアレイド殿下ももう少し少年らしく慎みある表現に抑えておこうよ!
ていうか聞き捨てならない言葉が出てきたよ?嫁がれた王女殿下と従姉妹って…辺境伯令嬢じゃないの?そこへアレが来るだって?しかも女子限定?いやぁ私も女子枠に入れてもらえたのかぁ………ってこんな所で入れてもらってもちっとも嬉しかないよね!
何だか怒っていいんだか、悲しんでいいんだか分からないままビィブリュセル神の夢渡り事件?はステライトラバンの中ではそんな重々しいことではなく、寧ろ茶化してなんぼの笑い寄りの出来事のような雰囲気を感じた。
そのことをカイルナーガ殿下に聞くとやっぱり笑い飛ばされた。
「だって六百年前ぐらいの話だぜ?初代王が神様でその兄貴と女を取り合ったって言われても、へぇ~ていうくらいだし?いつまで初恋引きずってるんだよオッサン!としか感想はないわ」
カイルナーガ殿下の言い方よっ!だからあんたはもっとプリンスらしくマーベラスでブリリアントな……以下略。
そして朝食後、異世界語でビィブリュセル神みたいなのを「拗らせ中年」っていうんですよぉ~と、神への冒涜発言をして殿下達とケラケラ笑っていたら、医術医の先生達がいらっしゃっています、と侍従の方が知らせに来てくれた。医術棟へはカイルナーガ殿下とナニアレイド殿下の二人が行ってくれるようだ。多分昨日の検死の検査結果の詳細などだろう。
「さあ、クリュシナーラ様はお召替えですよ~」
メイドのララとエイリンの他にメイド数名が私の背後にいつの間にか立っていた。はい…分かってますよ?
数時間の格闘の末…特殊メイクと変装を装備して、公爵令嬢のクリュシナーラ=ユリフェンサーが出来あがった。
鏡の中に映っているのはいつものグダッとした私とは別人だった。
「渾身の出来です!」
一番年嵩のメイドのお姉様がやり切った…というような満足そうな顔をした。メイド達が一斉に拍手したので私も一緒に拍手した。
美しい貴族令嬢に変身しました!
ドヤ顔で王太子妃の部屋を出て、隣のベイルガード殿下の部屋の扉を開けた。
「…っ!クリュシナーラ…凄いっ」
それ……褒め言葉ですか?
私が胡乱な目を向けていると、殿下は失言に気が付いたのか、美しいよ、綺麗だね、流石、私のクリュシナーラだ!とか…一生懸命に弁解していた。
そんなオロオロした殿下と国王陛下夫妻と共に、ルーロベルガ帝国の皇太子殿下を謁見の間で出迎えた。
どんな極悪非道な皇太子だぁ?ああん?…と会うまでは思っていたけれど…実際、謁見の間に現れた皇太子殿下は、魔質は強大ながらも非常に落ち着いていて、嫌な魔力は感じず…おまけに色っぽい顔立ちのイケメン様で拍子抜けしてしまった。
皇太子殿下は開口一番、突然に表敬訪問に来られたことを詫びて…そして膝をついて
「私の目が行き届かず…このようなことが起こり…申し訳ありませんでした」
と謝罪された。表敬訪問は表向きの理由で…本当は砦の事件の謝罪が目的だったんだ…
皇太子殿下の魔質を探る……こんな時にもっと魔術の勉強をしていれば良かったと思う。表層魔層までは視えるけど、奥の奥までは視えないから、相手の心理の深読みが出来ない~
表層の魔質だけ視ると皇太子殿下は今は悲しい魔質になっている。話しながら顔の表情は薄い微笑みを浮かべているけど、魔質は悲しみと怒りに染まっている。
これは確定してもいいね。砦を襲ってきた犯人は第二皇子殿下の手下だ。この皇太子殿下は知らなかった、もしくは後で知ったので慌ててこちらに謝罪にこられたのだ。
私と同じく魔質の視えるクールベルグお兄様が国王陛下のお傍にいるので、目配せするとお兄様は頷いて、国王陛下に耳打ちしている。
国王陛下は何度も頷かれて謝罪を受け入れていた。ベイルガード殿下が私の腕を取ったので、私は皇太子殿下の御前に向かった。
私と目が合うと色っぽい微笑みを向けてくれる皇太子殿下。
「初めましてエルガースメイ=ルーロベルガと申します」
あっ!確か近隣諸国の政治の勉強の時に知ったけど…殿下は婚姻されていて、奥さんいるし子持ちだよね!という事は…
「ベイルガード=ステライトラバンと申します、こちらは私の婚約者のクリュシナーラ=ユリフェンサーです」
「初めましてクリュシナーラで御座います」
エルガースメイ殿下はニッコリ微笑みながら
「あなたが障壁を張っていらっしゃるんですね」
と直球で聞いてきた?!もっと包んで包んで~!
エルガースメイ皇太子殿下は小首を傾げながら
「マユリ=ササキ聖女から色々とお伺いはしているんですよ…あの方はよく喋るので…」
「あ……なる…ゴホンゴホン」
砕けた物言いをしそうになって咳払いで誤魔化した。
「ユリフェンサー嬢は異世界人であるとか、色々と…ね」
本当にあの子は口が軽すぎるポンコツ聖女だよ!
「という事は、帝国内ではクリュシナーラが元異世界人で…異世界の知識を有しているのは知られていることで?」
ベイルガード殿下がそう聞くと、エルガースメイ殿下は色っぽい顔を歪ませた。
「はい…それが原因で異世界人の術を盗もうと砦襲撃に及んでしまったのもあるでしょうし…」
「そんな…あの術はユリフェンサーと魔術師団が作ったこちらの術です。私の住んでいた世界には魔術なんてありませんでしたし」
思わず皇太子殿下にそう伝えるとエルガースメイ殿下は色っぽく目を伏せた。本当にこの殿下色っぽいな~
「マユリ=ササキ聖女はありもしないことを伝えていた…のか」
嫌な予感…あの子帝国で何を言ってたのよ…
「クリュシナーラ嬢は、ギャクハーでビーエルカプを使ってショタを従わせていると言っていた。それはどんな術よりも強くてフジョシという生き物を凌駕すると言ってた、本当か?」
……いや、それオタク用語?みたいなのだから。強くもなければただの言葉で武器でもなんでもないから…必殺技でも魔術の名前でもないから…
私が精神的ダメージを受けている所にベイルガード殿下の侍従の方が慌てたように謁見の間に駆け込んできた。
「殿下、ご歓談中失礼します…実は」
ベイルガード殿下の耳元に侍従の方が囁いている。ベイルガード殿下は目を丸くした後、戸惑ったような顔で私とエルガースメイ殿下を見た。
「今…国境から、ルーロベルガ帝国の軍の一団が入国してきたとのご報告がありました。国境の者達もエルガースメイ殿下の部下かと思って通した…とのことですが、そうですか?」
エルガースメイ殿下は表情を険しくされた。
「いえ…私付きの者達は一緒に登城していますよ、その者達は本当に帝国の通行証だったのでしょうか?」
「!」
私達の中に緊張が走った。ベイルガード殿下は侍従の方に
「その一団を見張れ…随時報告を」
と告げた。エルガースメイ殿下もご自分の侍従の方を呼んで、帝国を名乗る一団の存在を告げた。侍従の方と近衛の方かな?はめっちゃ慌てて一瞬で散って行った。
「お恥ずかしい話、帝国は継承権争いで私と弟は揉めています。私に万が一があっても幸いに息子二人がおりますし…しかし他国にまで来て揉め事を起こそうなどと…」
シュン…と気落ちしたエルガースメイ殿下をベイルガード殿下が
「まだそういう目的の者達と決まった訳ではないですし…明日から予定通り視察をされますか?」
とエルガースメイ殿下にお聞きするとエルガースメイ殿下は、頷きながら
「実は視察の合間に訪れたい所があるのです」
と色っぽく微笑まれた。
これあれだ、このエルガースメイ皇太子殿下は絶対、ぜーーーったいマユリ=ササキに狙われたよね?そうだよね?
という訳で
エルガースメイ皇太子殿下と共にベイルガード殿下と私もその視察に同行することになった。
本日は皇太子殿下をお迎えしての晩餐会だ。
結婚していても色っぽいものは色っぽい…エルガースメイ皇太子殿下の周りには貴族令嬢が群がっていた。
ベイルガード殿下の周りにはおじさん達(貴族)以外は私ぐらいしか若い令嬢はいない。これはこれで淋しいね…この会場内の若い女性の標的はエルガースメイ皇太子殿下だもんね。あわよくば皇太子殿下の側妃にでもなりたいのだろうね…
そんな貴族の令嬢の間を縫って、強面の軍人さんがエルガースメイ皇太子殿下に近付くのが見える。耳打ちしながら、その軍人さんが私達の方へ魔力を向けたのが分かった。
何かあったのかな…
「ベイルガード殿下…」
隣にいるベイルガード殿下に声をかけると、殿下も気が付かれたみたいだ…私の手を取りと優雅にエスコートしつつ、エルガースメイ皇太子殿下の所へと移動した。
私達はテラスに移動すると、さり気なく一緒に移動して来たエルガースメイ皇太子殿下と向かい合った。エルガースメイ皇太子殿下はいつもの色っぽさが無くなり顔色を失くしていた。
「今、城門前に、例のルーロベルガ帝国を名乗る一団が到着したようです。私に取り次ぎをお求めて…その一団の中に…弟のヒーラスメイ第二皇子がいるようです」
「なんですって?!」
私とベイルガード殿下の叫び声が重なった。
なんでまた第二皇子殿下がステライトラバンに押し掛けてくるんだよ…なんのご用事?
「兎に角、受け入れましょう。エルガースメイ皇太子殿下、大丈夫です。こちらも警戒しておきますので」
その後、エルガースメイ皇太子殿下とベイルガード殿下…そして国王陛下と近衛や軍のおじ様達は会議室に向かったので、晩餐会はお開きになり私は先に帰ることにした。
面倒臭いことになったな…まさか継承権争い真っ只中の、エルガースメイ皇太子殿下と第二皇子殿下のヒーラスメイ殿下が、こっちにやって来るなんてね。
自分の魔質を視る目を信用するのならば、エルガースメイ皇太子殿下は悪い方ではない。こうなってくると第二皇子殿下が悪役令嬢ならぬ、悪役殿下なような気がしてきている。
会場を後にして、ララとエイリンと近衛のお兄様方と部屋に戻りかけていると…渡り廊下に誰かいることに気が付いた。衛兵?
フードを被っているが……何だか怖い。そう怖いのだ…この気配。
「神力?」
自分で気が付いた気配に総毛だった。いや、嘘?今…私眠っているの?
「あれは…誰でしょうか?」
「魔術師団の者か?」
近衛のお兄様の声に、ハッと気が付いた。お兄様達のやり取りに違和感はない。
「クリュシナーラ様、下がって下さいませ…」
私の前に近衛のお兄様達が立ち、ララとエイリンが私の前に移動している。これは…夢じゃない…
ビィブリュセル神が現実世界に降り立ったのだ!
ユラッ…とフードを被った者が動き出した。来るっ?!と、咄嗟に桜の舞を取り出そうとして………
あれ?おかしいな?
ドタドタドタ……重たげな足音が渡り廊下に響いている。そのフードの男は走っている…ようだ。
遅い。
何分かかって私達の前に辿り着くのか…近衛のお兄様達も拍子抜けしたのか、構えが解けて、殺気が薄れている。
「ひぃ…はぁ…ぜぃ…」
息を切らせて、やっと近付いて来たフードの…男は、既にフードが落ちて顔が皆に見られている。顔はイケメンだった…しかしロングコートの下、体の体型は誤魔化せない。
この人は相当なぽっちゃりだ。
顔はエルガースメイ皇太子殿下に似ていて色っぽい顔なのに…ぽっちゃりだ。
「ヒーラスメイ第二殿下…ですか?」
改めて尋ねなくていいかな?とも思ったけど、取り敢えず確認してみたが、ゼイゼイと息を乱しながら、ぽっちゃり殿下は私を睨みつけながら叫んだ。
「ユキを出せ!」
………なんだって?
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