ビビらせるんじゃねーよ
私は床に倒れ込むベイルガード殿下を急かせて、ベッドまで何とか連れて行った。
「ねえ?ね?いいでしょう?」
ベイルガード殿下は俯いたままだけど、小さく頷いている。
「じゃあ…寝ま…」
ベッドに連れ込もう…いや、ご一緒しようと引っ張った私の手をベイルガード殿下が引き戻した。
「ちょ…ちょっと待って?俺…風呂入っていないから…」
ベイルガード殿下がしどろもどろになっている。言葉遣いも砕けまくっておかしくないる。
「じゃあ、あの待ってて、え~と風呂入って来るから…」
「だっ駄目ぇぇぇ!」
「…っ!」
それは駄目!絶対駄目!ここに一人取り残されるのは今、最も避けたいことだ!
「お風呂入るのなら…私が殿下の部屋で待ってて…いやそれも怖い…じゃあ脱衣所に待機しておくから」
ベイルガード殿下はヒュッ…と息を吸い込んだ。
「どうしてそんな所に待機なの?え…あの…どういうこと?やっぱりここで待ってて…」
私は殿下の腕に縋り付いた。こんなひょっこり出て来そうな所に置いておかれるものか!と必死になっていた。
「駄目っ!殿下が行くなら私も一緒に…」
「っ……!!」
殿下は一瞬、天井を見たけど私を掛毛布で包むと、お姫様抱っこをして廊下に飛び出した。そして隣の自分の部屋前まで一瞬で移動すると、廊下に立っていた近衛のお兄様に
「入って来るなよ…」
と言ってから私を抱えたまま室内に入った。
驚いたけど、あのひょっこり幽霊?の恐怖から逃れられたことにホッとした。
もしかしたら、幽霊の正体はニジカ=アイダかもしれないけど、それはそれでやっぱり怖いよぉぉ!
「じゃ…私は汗を流してくる…」
私はベイルガード殿下の後をついて行った。勿論、脱衣所にもついて行った。
「あの…脱ぐのだが…」
ベイルガード殿下が恥ずかしそうにしながら、私の方を振り向いた。これはいけない!痴女になるところだった…私は殿下に背を向けて壁の方を見た。
「どうぞー私は見ないようにしますので!」
「…ん…ぁ…そう、か。うん…」
殿下は何かゴニョゴニョ言いながらも服を脱いでいるようだ。
「すぐに…出るから」
「はーい!」
殿下が浴室に入ったのを確認して、私は壁に背を付けて脱衣所の床に座った。
「殿下ーー?いますか?」
「え?あ、ああ…いるよ?」
……
「殿下ぁ!?」
「…いるけど…」
浴室にいるはず?の殿下へ謎の安否確認をしてしまうのは仕方ない。
水音がして…暫くすると浴室の扉が開いた。水も滴るいい男ーーー!いや、違う…そんな痴女みたいなことを考えている場合じゃない。
私は再び壁に向いて立った。もはや何をしに脱衣所にいるのか分からなくなっている。
「はいっ!殿下どうぞっ私の事はお構いなく!着替えて下さい」
「……」
ベイルガード殿下は無言で着替えている…ようだ。
「…いいぞ」
「はいっ…ぐはぅ……」
殿下の声に返事をして、振り向いた先にいたのは…パジャマ姿の殿下だった。可愛いーーー……そうじゃない。もうすぐ二十一才の男の子だもんね。湯上りでお肌プルンとしているよ。そりぁ肌が水滴を弾くお年頃だもんな…因みに~年齢を重ねると肌の上の水滴は浸透していくんだよね、浸透力凄いね~………要らぬことを考えてしまった、三十路で悪いか!アラサーだったら世間に迷惑かけるのか!?弾くどころか水滴を吸い込む珪藻土肌で悪かったな!
「それで…どうするの?」
ベイルガード殿下の言葉にハッ…として現実に引き戻された。
そうだ、妄想に浸っている場合じゃない。このままだと殿下に「部屋に帰って寝ろ」と言われてしまうだろうし、隣の部屋は暫くは怖すぎるよ…
「殿下…この部屋に泊まらせて下さい。あの出来ればベイルガード殿下の近くで…」
「あ……う……ん」
ベイルガード殿下はまたブツブツ何かを言っているけど、私は殿下の手を取った。ベイルガード殿下は顔を真っ赤にしていた。
はしたないことだとは思う、でも怖いより全然いい!それにいずれは夫婦になるんだし…という思い込めてベイルガード殿下の手を取った。
ベイルガード殿下は私の手を握り返すと…ベッドへと連れて行ってくれた。
「ベイルガード殿下は、こっち、いいですね?」
「…あ…うん」
ベイルガード殿下は廊下に近い方のベッド側に寝てもらうことにした。怖さからいうと、廊下からアレがひょっこり近付いて来る確率の方が高そうだからだった。
だが失敗した…今日に限って風が強いみたいだ。私がベッドに横になった近い方の窓が、時折ガタピシと嫌な音をたてている。
あのカーテンの隙間からアレがひょっこり覗いてくるんじゃないか?
「…殿下っ…いますか?」
「…っ!いるけど……クリュシナーラさっきからどうしたの?何かあったのか?」
ベッドの上をモゾモゾと動いて、ベイルガード殿下が私の方へ近づいて来てくれたので、ガバッ…とベイルガード殿下に抱き付いてしまった。
「…っ?!クリュシナーラ…」
「ゆ…ゆーれーが…」
「ユーレー?」
私はベイルガード殿下に抱き付きながらお風呂に幽霊がいたこと、幽霊とは…を必死なって説明した。
「うん…なるほど、それは異世界の解釈なのだな?」
「こちらでは違うのですか…」
「死すると体に蓄積された魔力と共に魂と記憶は地上に戻り、魔素として土地を巡る…と言われているし、結魂と言って自分の持っていた魔力と知識をそのまま子供、孫に渡せる魔術もあって…こう恨みで…亡くなってからも生者に付きまとうのは、こちらでは呪術の影響という捉え方かな」
「呪術…」
「生前に呪術をかけられたか、自分でかけたか…そういう影響で死しても動き回るというのは聞いたことがある。ただ、死魂の術は禁術中の禁術で…扱える術者は今いない…とされている」
そ、そっか…こちらでは幽霊という存在=術の影響で動くゾンビ?のような括りなのかもしれない。魂がぁ~とか半透明で~なんて説明は理解出来ないかも…
そう考えると、さっきのアレは幽霊というよりは実在する人間のような気がして来た…ってちょっと待てよ?ということは…
「お風呂を覗かれたの?!やだっ痴漢?!」
それはそれで問題ありじゃない!
「落ち着いて…!王城には魔術師団の張った障壁があるのだ。おいそれとは破られて侵入されることはない。それにもし破られれば私や他の者が気付く。え~とクリュシナーラの見間違いじゃない…のか?」
「ええっ……そう言われると自信が無くなってきたけど…」
確かにお風呂に入ってボーッとしていたし、寝てたんじゃね?と聞かれたら、そうかもしれない…とも思う。
でも、でも…やっぱり怖い。
抱き付いていたベイルガード殿下の胸元にぐりぐりと頭を擦りつけた。
「でも怖いんですぅ…」
自分に出来る最大限の甘えを見せてみた。ベイルガード殿下が生唾を何度も飲み込んでいるのが分かる。
ベイルガード殿下は優しいのだ、ここでもう一押し!
「一緒にいてくれると、心強いです…」
私の中の何かがゴリゴリと削られてしまったような気がしたが……ベイルガード陥落っっ!!
「うん…仕方ないなぁ…」
とか何とか言いながら…優しく背中をトントンと軽く叩いてくれる。ベイルガード殿下、本当に優しいわ~あ~怖かった。幽霊の正体見たり枯れ尾花…ってほどではないけど、この世界にゾンビはいても、幽霊はいなさそうだし…今日はベイルガード殿下が追っ払ってくれるだろうから………
トントン…と体に響く殿下の手のリズミカルな音に引き込まれるようにあっという間に夢の中に落ちて行った。
……
夢を見た。
夢でもベイルガード殿下がいる…と思って近づこうとして違和感に気が付いた。後ろ姿のその男の人は髪が長い……振り向いた顔は確かにベイルガード殿下とカイルナーガ殿下にも似ている人…でも違和感がある。
「あなた…誰?」
綺麗なのに…怖い。
そして、その顔を見ていて気が付いた。
「あ、フェザリッデル様?」
そう、あのホログラフィーで拝見したステライトラバンの初代王、神界から人界に降りてユキ様と結婚した……フェザリッデル神だと思って声をかけたが…すぐに気が付いた。
違うっ!
「ビィブリュセル神っ…」
私が叫ぶと嫌な笑顔を貼りつけたビィブリュセル神が私にズイィィ…と近付いて来た!?
「ぐあああっ!!」
………自分の叫び声で目を覚ました。淑女あるまじき雄叫びを上げて、ベッドで飛び起きた。心臓がバクバク鳴っている。
私が飛び起きたのでベイルガード殿下も驚いて飛び起きたようだ。
「ど、どうした?!」
「…っ…は、はい…先程…」
夢の説明しようと何気なく手を持ち上げた時に、指先がキラリと光ったので自分の手を見てみた。
黒い…髪が指先に絡まっていた。
「んぎゃおっ?!ぎゃ…ぎゃっ!」
「…っ?!クリュシ……」
私は指に絡まっていた髪を振り落とそうと必死になった。ヤバイヤバイ…これ絶対ヤバイ!
「ひぃぃぃ…?!」
何とか手から髪の毛を叩き落として、急いでベイルガード殿下の方に縋り付いた。
「どうしたんだ?何があった?」
「夢で…ビィブリュセル神が…出て来たんです。笑いながら近づいて来て…兎に角、怖かった…すごく怖かった。起きたら、指…髪の毛が絡まってて…アレ、ビィブリュセル神の髪……」
私がガタガタ震えながら説明している間、ベイルガード殿下は黙って背中を撫でてくれていた。そして話し終えた私に…
「そうか、夢で接触しようとしてきたか…」
と、呟いたのだ。
ベイルガード殿下はさほど驚いている訳ではなさそうだった。もしかして……殿下の腕の中で息を整えてから、ベイルガード殿下を見上げた。
「ビィブリュセル神が…こうやって来るのは予め予測していたのでしょうか?」
ベイルガード殿下は、頷いた。
「黙っていて済まない…接触してくるとしたら、ユキ様とフェザリッデル様の子孫である私達、ステライトラバンの王族に来るのでは…と、そちらばかり気にしていてまさかクリシュナーラの方に行くとは予想外だった」
驚愕してベイルガード殿下を見ていると
「殿下、どうされましたか?」
トントン…と軽く扉がノックされて、廊下から小さく近衛のお兄様の声が聞こえた。
ううっ…私の野太い叫び声に近衛のお兄様達は驚いたのだろう…奇襲とか夜襲とか夜這いとかではありませんので…すみません。
ベイルガード殿下は素早く扉の前に歩いて行くと、少し扉を開けて小声で扉の向こうの近衛のお兄様に説明している。
ベイルガード殿下は戻って来ると、ベッドに入り私を抱き寄せた。
「以前言ったと思うが、ビィブリュセル神は直接には人界の事情に絡めないようなんだ。ユキ様の日記にも書かれていたのだが…夢を介してとか、鏡の中からとか、何かを媒介しないと接触出来ないらしい。だから目の前に現れて物理的攻撃…とでもいうのか、そういう感じの接触は無いのではと思っている」
ベイルガード殿下の話を聞きながら、色々と沸き起こる疑問をぶつけてみた。
「あの例えばですけど…フェザリッデル様のようにビィブリュセル神がこちらに降りて来て、地上で神の力を揮う?というような心配は無いのでしょうか?」
「そういうことに関してはユキ様も気が付いて、実弟のフェザリッデル様に聞いてみたようで、日記に書いて詳細を残してくれていた」
おおっ!ユキ様鋭いっ!ていうか名前から察するに日本人だろうし、日記を書くなんてマメな性格なのだろうと推察される。三日坊主の私が言うのだから間違いない…
「ユキ様が聞いた所によると、神界の細部のことは人間に話せないらしい。神の掟…という感じらしい。これを犯すと、人に落とされて神力も全て奪われるそうだ」
ベイルガード殿下は一旦言葉を切ると、ニヤリと笑って私を見た。
「フェザリッデル様とユキ様の出会い知りたくないか?」
おおっ?!神様と人間の禁断?の愛!知りたい知りたいっ!
「教えて!」
ベイルガード殿下は表情を緩めると、微笑みながら話し出した。
「最初は異界から迷い人としてこちらの世界に迷い込んでしまったユキ様を憐れんで、色々と夢を媒介にして助言をしてあげていたそうだ。そしてユキ様と会う機会が増えて夢で…え~と色々と接触する機会が増えると、人界にいけそうになる感覚がしてきたらしい。この辺はユキ様がフェザリッデル様に聞いたことをそのまま書いていらっしゃる感じなので、曖昧な表現に留められていた」
「ほぉ~それはすごいですね、それで?」
「そうしてある日、何度か試してみたフェザリッデル様がとうとう実体化と言うのかな?をして、人界に降りられたそうだ。それで何度か試しながらお二人が得た結論は、『人間と馴染めば馴染むほど神界から離れやすくなる』という結論だった。つまり神が人界に降りる為には人間の協力者が必要で、人界の空気を体に馴染ませるというか…そういうことをすれば徐々にだが神界から離れられるということだった。ただこれには問題があったそうだ。人界に降りている間、フェザリッデル様の神力を帯びた自身の体が引き千切られるような痛みが伴う事と、長時間に渡り人界にいられないということだった。それでここからはユキ様の推察が入るのだが…フェザリッデル様は誰かに相談したようで、フェザリッデル様の神力をユキ様に半分移し、共に半神として人界に降りて人の世を見守ることにすれば問題無い…と言われたそうだ」
「誰かに言われた…」
ベイルガード殿下は頷いた。
「私はもしかしたら神の更に上に何かが存在するのでは…と思ったのだ。ユキ様は多神教…と表現されていた。神の世界も身分制度があるかもしれない…とちょっと切なくなるな」
多神教…なるほど、八百万の神々が存在する神界……神界も案外縦社会かもね。
「そうしてユキ様とフェザリッデル様は神力を分け合い、人界での生活を始められた。神力をどうやって分けるのかはユキ様も分からないそうだ。フェザリッデル様に説明されて了承して、気が付くといつの間にか自身が半神になっていたそうだ。意識が無い状態で何をされていたかは不明…と日記には記載されていた」
う~む。それが神界の掟で触れてはいけない事なんだろうか…謎だ。
ベイルガード殿下は困ったような顔をして私の顔を覗き込んだ。
「フェザリッデル様は人界に降りる方法をご存じなのは確かだ。そして神界の掟を守って人界に降りて来られた。恐らく数百年に渡り、ビィブリュセル神が人界に降りて来られないのは…え~とビィブリュセル神の上司が許可しないからじゃないかというのが、父上や叔父上が今の所考えている見解らしい。私も同意見だが…ね」
ビィブリュセル神の上司…いっきに神様が庶民的な存在になってきたね…
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