魔女じゃねーよ
早く王都に帰って『玉手箱』の中から魔獣虫を追い出したかったけど、シブメンバーの中将閣下に優しく微笑まれながら、低音イケボで…
「クリュシナーラ嬢…念の為に魔法陣の点検をお願い出来ますか?」
とお願いされてみてごらんなさいな、あんたぁ?!ああん?
「はいぃ♡中将閣下…」
誰でもこう言ってしまうよね?そうだよねぇ…?そうだと言って!?
中将閣下に甘く囁かれ(妄想)砦の障壁用の魔法陣の稼働状態を確認してから、私は地下から地上に戻った。砦の周りに居た昆虫型の魔獣はお持ち帰り以外は、ベイルガード殿下の火魔法によって全て焼き払われていた。
まあ今更なことだけど、ベイルガード殿下というかステライトラバン王国の王子殿下達って魔力量が多いんだよね。
砦全体を襲っていた魔獣を焼き払うほどの火魔法を使っても平気な顔のベイルガード殿下の魔質を視る。
私は魔力や魔質を視る目は備わってはいるんだけど、本格的な治療術の勉強はしていないので、王族方の魔質の奥の本質を視るのは難しい。
ただ一つ言えることは…魔力が体の奥から湧いているみたいに視える…ということ。
こういう魔質の持ち主は私が今まで会った中では、国王陛下、息子の殿下方、そして王弟殿下のみだ。他国にお嫁に出ている王女様方もひょっとしたら、同じような魔質なのかもしれない。
私は王族方の魔質を心の中で『魔力の泉を持つ人達』と呼んでいる。そう、まさに湧き出ている…底なんて見えないどれほど使っても、すぐに湧いて出て…
着実に前より魔力量が増えているのだ。
この法則に気が付いたのは、うちで倒れたベイルガード殿下が一日で復活して魔質が溢れ出ていることに気が付いた時だ。
魔力切れなどで倒れた人は、自分の体内魔力量を正常値に戻してくるのに、最低でも五日はかかる。治療術師の魔力を取り込んだとしても3日くらいはかかると思う。
しかも術師の魔力はあくまで他人の魔力だ、体内に入れると吐き気、眩暈などの副作用が起こることも多いと聞く。
魔力の自然治癒…普通の人なら絶対安静で五~八日だ…長いと一か月かかるなんていうのも聞いたことがある。
それをたったの一日?
有り得ない…倒れた翌朝、何度も殿下の魔質を確認したけれど、魔質は正常値だった。そして
そして更に気が付いた。数ヶ月前に王都で最後に会った時より魔力量が上がっているのだ。人の潜在魔力量は増えません!なんて偉そうにベイルガード殿下に言っていたけれど…ベイルガード殿下の潜在魔力量が確実に増えていた。
嘘でしょう?しかし実際に自分の目で視えているのだから信じない訳にいかない。
「帰ろうか、クリュシナーラ」
地下から戻って来た私に気が付いた、ベイルガード殿下は笑顔になると私に手を伸ばした。そして私も自然に手を伸ばして、殿下の手を取った。
温かい手…ベイルガード殿下の魔力がゆったりと私の手を包む。殿下って優しいんだよね…真面目だし落ち着いているし…お互いに時間がある時は私が作った軽食やお菓子を一緒に食べてくれる。
老夫婦みたいだな…と思うけど、このまったり感が居心地いいと思うんだよね。殿下の魔質を視ると、落ち着いていて澄んでいる。特に問題はなさそうだ。
まあ…魔力量の不思議は別に言わなくてもいいか…害は無さそうだもんね。
城に戻ってその夜…お風呂の準備をしているメイドのララとエイリンが、今日の魔獣の事を聞いてきた。飛び回るアレを見た魔術師達が、メイド達に話してしまったのだろう。
「空を飛ぶ大きな魔獣だったんですよね?」
「怖いですね~どれぐらい飛ぶのでしょうね?歩いていて上から襲われたら怖いですね…」
と言うララとエイリンの言葉に…おやっと思って気が付いた。
上から…上空…そうだついうっかりしていたけれど、あの障壁は強度はあるけど上空の効果範囲は?上空何メートルまで障壁が届いているの?もしジャンプじゃなくて、上空を高く飛行する魔獣が現れたら?
障壁の確認をしたほうがいいよね。もしかしたら今も飛んで来ているかもしれない…自分の考えにゾッとしつつも、ララに慌てて声をかけた。
「ララ、私今から砦の障壁を確認してくるわ」
ララとエイリンは揃ってキョトンとした顔をして固まった後、オロオロし出した。
「今からですか?夜も遅いですし…」
「ベイルガード殿下にご相談してから…」
それもそうか、私一人なら転移魔法で砦にヒョイと行って確認して帰って来れるけど…護衛を連れて行かないとまずいよね…まずは行く許可を貰ったほうがいいか。
私は廊下に顔を出すと、廊下に立っている私付きの近衛のバンクレ卿とリテンジャー卿に声をかけた。
「卿、今から魔素の森の砦の魔法陣を確認しに行きたいのだけど…」
私がそう言うと、近衛の二人もオロオロし出した。
「今からでございますか?」
「殿下にお聞きして…」
ララとエイリンと同じ反応だね、まあいいか。
近衛のバンクレ卿が伝言をしてくれたので、ベイルガード殿下がすぐにやって来てくれた。殿下はまだ魔術師団と会議中だったようだ。
「クリュシナーラ…障壁の様子を確認したいとは、何か不具合があったのか?」
ありゃ…殿下の後ろに魔術師団長のケイルの姿も見える。ちょっと大げさになっちゃったな…
「いえ、飛行型の魔獣の出現で気が付きまして、上空からの侵入に対して障壁の効果範囲を再確認しておこうかと…」
私がそう言うとベイルガード殿下は師団長のケイルを顧みた。ケイルは
「そうですね、強度は確認しましたが上空の障壁の状態は見ておりませんでしたね…」
顎に手を当てて、何度も頷いている。
「もし、もっと上空まで飛べる魔獣が現れたら障壁を飛び越えて王都に侵入してしまいます」
私が続けて言うとベイルガード殿下は力強く頷いて周りを見た。
「よし、では確認しに行こう」
「御意」
ああ…大袈裟になっちゃったな…こっそり転移して見てくればよかったかな。
「殿下、すみません…」
皆で城内にある転移陣に移動している時に、ベイルガード殿下に近付くとこっそりと謝った。
「どうして謝るんだ?」
「こんな夜に騒ぐことではないし…殿下も軍の方も魔術師団の方々にもお付き合い頂くことに…」
殿下は笑いながら私の腰をご自分の体の方へ引き寄せた。触れた殿下の温もりと一緒に…いつも殿下が使っている香水の爽やかな香りが私の体を包んだ。
「クリュシナーラが気に病むことは無いよ。もし今確認していなくて、後々障壁を越えて魔獣が街に侵入することを思えば無駄ではないよ」
嬉しくなってベイルガード殿下の体に擦り寄ると、殿下は私の体をきつく抱き寄せてきた。私の耳に殿下の唇が当たる。
耳にリ…リップ音が…響く。
「夜にイチゃついてんじゃねーよ、ああん?」
私はびっくりして飛び上がってしまった。後ろを向くと、カイルナーガ殿下がムスッとした顔で私達を睨んでいた。
「カ…カイルナーガ殿下も出られるので?」
「ああっ出かけますよ?それがどうした?悪かったなぁ~邪魔して!」
私に一方的に文句を言った後、カイルナーガ殿下はベイルガード殿下を睨みつけた。
「兄上…クリュシナーラに頼んでくれたか?」
ん?私?
「あ…忘れてた」
歩きながら兄弟殿下の顔を交互に見ると、弟の方がグイッと私に顔を近付けた。
「魔剣は自分で作るからいいけどさっアレ作ってよ、肩の横に空間連結してるアレ!」
あ……玉手箱ね。う~ん
「殿下、少し待って頂けますか?自分で作る分にはあの術式でもいいのですが、魔道具としては王族方にお渡しするには少々危険なものなので…」
「危険?」
「はい、自分の魔力で安定させて異空間を作り出している訳ですが、他の術者にその空間を破られる可能性もある訳で、王族方の近距離に設置する異空間から危険な術や爆発物などを入れられては危ないので…玉手箱を改良したいと思います」
カイルナーガ殿下は、分かった~頼んだ~と言って転移陣の方へ足早に移動して行った。私達も転移陣に乗った。
「起動します」
魔術師の合図で転移陣が輝き…瞬きの間に砦の近くまで移動していた。転移陣から外へ出た。
ん?あの魔力なんだ?
顔を上げて砦の方を見た時に不審な魔力の軌道が視えた。勿論私以外の方々も気が付いたようだ。
「砦にあれほど魔力を纏う術者がいたか?」
「いえ…」
ベイルガード殿下が呟くと、魔術師団長のケイルが答えた。私は瞬時に駆け出した。既にカイルナーガ殿下は私の数歩先を駆けている。
『舞い狂え!桜の舞!』
走りながら玉手箱を開き、暗闇に薄く輝く魔剣を異空間から引っ張り出した。
「かあああっ!やっぱ格好いい~欲しいぃ!」
「こらっカイル!静かにしろ!」
追いついてきたベイルガード殿下が、私の魔剣を見て悶えているカイルナーガ殿下を制している。流石、騒いでいても殿下達の走るスピードは落ちない。
私達は一気に砦に駆け込むと、砦の詰所の中に駆け込んだ。
「…っ!」
砦の中は血と争った跡が残されていた。倒れている衛兵を確認するも…一人は絶命、残りは重軽症者…という感じだ。
私は、迷わず地下に飛び込んだ。高魔力保持者、数名が地下にいる!
地下の大型魔法陣を設置している部屋の前に黒いローブを纏った集団がいた。数は八名…
「何者だっ!」
私の後ろからカイルナーガ殿下が叫んだその言葉と同時に、戦闘態勢を入った侵入者が放った術を私は桜の舞で一刀両断にした。侵入者の放った術が空中で霧散した。
「……!」
「なっ?!」
フフフ……侵入者達もカイルナーガ殿下もビビってるビビってる……
「桜の舞は魔術防御も纏っているのよ…フハハハッ!」
思わず高笑いをしてしまった。予想していたより、魔術防御の威力がすごいね。あらぁ?こんな高笑いをしていたら完全なる悪役令嬢みたいじゃないのさ…
さて…侵入者はどこのどいつだ?と、黒いローブの侵入者達を見た。その侵入者の1人が私を指差した。
「こいつ…例の魔女か?」
「まぁ?!…魔女じゃねーよ!なんだとっ!?こんな可憐な乙女のどこが魔女だってぇ!?」
「可憐な乙女…」
「乙女が一撃か…」
「綺麗な一閃だったな…」
私達の後から階段を降りて来た、軍のお兄様方とベイルガード殿下の呟きが聞こえる。
ごちゃごちゃうるせー!
それにしても例の魔女ってなんだ?すっごく悪者っぽく聞こえるんだけど?!
「さて、侵入者よ。こんな砦に何の用だ?」
ベイルガード殿下が静かに問い掛けた。
「……」
侵入者達は一瞬で消えた?!転移魔法だ!
「…っち!私達が追うぞ、治療の出来る者はここに残れ!」
私は迷わず残って治療をすることにした。簡単な切り傷なら私にも治療出来るからだ。ベイルガード殿下達は魔術の痕跡を辿り、これまた転移魔法で消えた。
「クリュシナーラ、いくぞ」
魔術師団長のケイルに促されて、急いで負傷した兵の手当てを始めた。
まだ意識は回復していないが、傷を塞いで止血も済んだので私は地下の魔法陣を見に行くことにした。
先程のローブの男達は部屋に侵入はしていなかったようだが、術を描き変えられている可能性もある。
「魔法陣を見て来ますね」
近くに居た手当て中の治療術師に声をかけてから、砦の地下に降りた。魔法陣の部屋の扉は…こじ開けようとした痕跡が残っているが…間に合ったみたいだ。
この扉はユリフェンサーの血に反応して解錠されるようになっている。ゆっくりと扉を開けて、魔法陣に近付いた。
障壁の術の構成を見てみる。ふむ…
「それが障壁の術か…」
「…っ?!」
私は一瞬で飛び退くと、戸口に立つ黒いローブの…男?を見上げた。声の感じからして、まだ若い男だ。侵入者か…まだ残っていたの?私が左肩に手をかざすと、男は両手をあげた。
「よせよ、争う訳じゃないよ…あんたが『聖女の力を奪う魔女』か?」
な……なんだ?その恥ずかしい中二病満載の二つ名は?
「なんですか、それ?」
ローブの男は小さく笑い声をあげた。
「聖女が言ってたんだよ。『悪い魔女が私のしようとすることを邪魔して、私の幸せを奪った』ってな。あんたが聖女の力を封じる最強の魔術師なんだろう?その術…どうやって動かしてるんだ?」
聖女が言っていた?そんな馬鹿な妄想を叫ぶ女の心当たりは一人しかいないけど…
「その…聖女ってニジカ=アイダ?」
「ん~?いや、マユリ=ササキだよ」
そっちかいっ!?
もうどっちでもいいよっ!まーーだ言ってやがんのかぁ?しかしマユリって確か…
突然
地下に膨大な魔力が溢れ、風魔法が室内に放たれた。この魔質は…?!
「ベイルガード殿下?!」
ベイルガード殿下が放った風魔法はそのローブの男の外套を切り裂いた。
「…っ!?あぶねぇ!」
その男は寸での所で魔法をかわしたようだ。
「何者だっ?!」
『舞い狂え!桜の舞!』
私は異空間から魔剣を取り出した。ローブの男…外套から見えた顔は銀髪の美形で、その男は私の方を見て歓声をあげた。
「うわっ!何それ…すご…やっぱりあんた凄いね!流石、聖女より強い魔女だね」
「変な名前で呼ぶな!」
私が切りかかろうと桜の舞を構えた時には、銀髪の美形は消えていた……
「侵入者の仲間か…怪我はないか?」
ベイルガード殿下はまだ警戒しながら魔法陣の部屋に入って来ると、私を抱き寄せた。
「はい、大丈夫です、殿下…賊は?」
私の背中を撫でながらベイルガード殿下は
「追跡はカイルナーガ達に任せた。こちらが手薄になっているのが気になって帰って来たのだが…間に合ってよかった…」
と、何度も良かった…と呟いていた。
あの侵入者はどこの国の者なのだろうか…ステライト語を話していたが、イントネーションがおかしかった。恐らく外国人だ…そしてマユリ=ササキを知っている、まさか…
「ベイルガード殿下、先程の賊は…ルーロベルガ帝国の手の者だと思います」
私は確信をもってベイルガード殿下に国名を告げた。
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