ヒロインじゃねーよ

「無知でゴメンなさいだけど、あなたがこの世界をゲームとか二次元の産物だと断定する根拠は何?」


マユリは益々怪訝な顔をして私を見ている。


「ねえ、あんたって異世界人だよね?転生の方の…」


「ええ、多分そうだと思うけど…」


聞かれて答えたが、曖昧な感じになるのは自分が死んだ…という認識が薄いからだと思う。マユリはそんな困ったような顔をしている私を見て鼻で笑いながら、ソファにふんぞり返っていた。


「だったら気が付かない~?どう考えても私って主人公じゃない?」


その感覚が分からないな…どうもニジカもマユリも聖女=主人公と思い込んでいる節がある。私が知らない所で聖女の転移ものの小説とかが爆売れしていたのだろうか?私はアニメとかの情報にも疎いし…二次元には興味が無かったから、困ったな…


「聖女が主人公のアニメとかが流行っていたの?」


マユリはガバッと立ち上がって拳を突き上げた。びっくりした…


「『聖女☆秘められしコズミックラバー』だよ?!知らないの?」


知りません…何だそれ?


マユリは顔を真っ赤にして言葉を続けた。


「サンタバレリアル王国に聖女が召喚されてミゾーの危機を聖パワーで救っていって、そこで一緒に戦った王太子殿下と恋に落ちて二人は恋人同士になるんだよ!もうすげぇエロくって、サブキャラに美形同士の第二王子と公爵家の子息のBLカプとか出て来てさ~あっち方面もこっち方面の萌えも押さえている、めっちゃ人気で色んな媒体で派生が出てるんだよ!」


「へぇ……」


私でも話の五、六割は分からない単語だらけなのに、殿下達なんてまさに異世界語でベラベラ喋られてると思っていることだろう。


しかし、マユリの説明を聞いても今一つ分からない…


「それのどこにこの世界との類似性を感じるの?」


私が首を捻りながら聞くと…マユリは、はぁ?!と声を荒げた。


「だって聖女召喚だよ?ミゾーの危機もあったし…なんて言ってもイケメンいっぱいじゃん!BLキャラもばっちりいるし~」


思わず、第二王子のカイルナーガ殿下と公爵家子息のクールベルグお兄様を横目で見てしまった。


お兄様とカイルナーガ殿下が聖女達の妄想の餌食になっていた…のか?お気の毒過ぎる…それにしてもミゾー?未曽有かな?そんな危機なんてあったかな?もしかして王都に魔獣が現れたことを言ってるの?でもあれってただ単にユリフェンサーが障壁を張るのを止めちゃった為に起こったことで…そもそも危機を呼び入れたのは、ニジカ=アイダが障壁を張れもしないのに、私が魔獣を祓えるもん!と言ってしまったから起こった悲劇であってだね…


「それは無理があるんじゃない?だってそのアニメとかとサン?なんとかって国名も違うし…」


「はぁ何言ってるんだよっ!?聖女を罠に陥れようとする公爵令嬢とか出てくるし、セイ☆ラバに間違いないでしょう!」


おおぃ!私を指差すな!その陥れようとする公爵令嬢って私か?…ん?そう言えば、ニジカも私を見て悪役令嬢が~とか言ってたよね?アレってその……聖女コミックバー?なんとかの話のことなのかな?


「悪役ね…そう言われても困るなぁ、だって聖女に公爵家を潰されたし…王都を追い出されたのは私達の方だよ?私から見れば聖女の方が悪役じゃない」


「そうだな、俺から見てもニジカ=アイダや君の方が皆に害悪を振り撒く悪の化身に見えるよ」


お兄様ー?!余程メリアンジェ様との仲を邪魔されたくないんだね?いつも穏やかなお兄様なのに語気が荒い。


するとBLの餌食にされたらしいカイルナーガ殿下がマユリを睨みつけながら叫んだ。


「お前らが引っ掻き回してるんだろっ!いい加減にしろよっ神殿にも申し伝えているからな!お前は別の国の神殿預かりになるからなっ」


別の国?ええっなにそれ?


カイルナーガ殿下を見た後にベイルガード殿下を見ると、ややお疲れなのか色っぽい艶を出しながら私の腰を引き寄せてベイルガード殿下が説明してくれた。


「世界には聖女の能力を欲している国が沢山ある。聖女の預かりを希望する国にマユリ=ササキに移住を進めたい。そこに行けば聖女の価値も見出せるだろう?」


体の良い厄介払いだ。まだ十八才、されど十八才のマユリには理解出来るのだろうか?


「なに…どういうこと?私に出てけって言うの?ヒロインだよ?おかしくない?」


お前はヒロインじゃねーよ!…と言いたいところだが、それは心の中で叫ぶに留めてニッコリと笑顔をマユリに見せてあげた。


「どうぞヒロインは別の国でお願いします。他国にも王子様はいるし、イケメンもきっと沢山いるから…ここがあなたの言う二次元の世界ならきっとあなたが探している本物のその国があると思うよ?」


私がそう言うと…マユリはブツブツと呟き始めた。


「そうだよ…ここよりもっと良い国ってあるよね?そこで逆ハー築けばいいんだし、それにサンタバレリアル王国と同じシナリオの国がどこかにあるんじゃね?そこいけば悪役令嬢もばっちりいるしはずだし…いいよね…うん、さいこー」


妄想が駄々洩れしている…オタクの子達を馬鹿にする訳じゃないけど、自分基準で私の知っていることは皆は知っている!とかの思い込みが激しすぎる…気がする。


そしてマユリ=ササキは聖女の移住を希望する国々の中から王位継承権争い真っ只中の軍事大国に移住して行った。


本人が吟味して選んだ国なんだから文句は無いだろうしね。


そうして聖女達の騒動はなんとか収束した。


ニジカ=アイダは裁判が執行され、本人が反省していることもあり、王都ホスマートからの追放処分になった。地方に行っても仕事はいっぱいあるから元社会人のニジカなら大丈夫でしょう?


■ □ ■


それにしても元々この世界に何故聖女が召喚されるのか……私としては関係ない〜と思っていたんだけど、何度も聖女が絡んでくることでちょっと調べといてみるか…という気持ちなり…


本日、政務と王太子妃の勉強の空き時間に、やって来ましたよ、ステライトラバンで一番の蔵書量を誇る大きな王立図書館だ!


王立図書館はお城の横に隣接して建てられている、三階建ての白亜の建物だ。


図書館の入口の受付で司書さんに聞いて、歴史、神話の蔵書コーナーにあった聖女関連の書物を数冊手に取り、窓際の椅子に座って読むことにした。


一つは子供向けの聖女と王子の恋物語がメインのあちらの世界でいうライトノベルみたいな読み物だった。


恐ろしいことにニジカやマユリが喜びそうなシナリオ?のお話だった。


「本当に王子と聖女が結ばれるんだ…オタクの第六感が恐ろしい」


まあでもこれは今でなく、過去にこのような王子と聖女の物語があったんだよ~という感じの作り物の類だろう。


そして他の聖女の書物も読んでいく。なるほど、この本は異世界人について詳しく調べている感じね。どうやら聖女はかなり昔、数百年以上前からこちらの世界に飛んで?落ちて?きていたみたいだね。人種は様々、欧米人から東洋人まで色んな国から来ているみたいだ。


何冊か読んでいくうちに、聖女と神話…という題材に触れている本が目についた。


聖女は創造主のビィブリュセル神の神力を与えられ地上に遣わされた使い…とされる。へえ~創造主のビィブリュセル神に弟がいたのか…へぇ弟は~異界の神ね。ほぉ~ん?聖女とは創造主のビィブリュセル神と異界に渡った弟の神との繋ぐ役目…とあるね。なんだろう?兄弟の連絡係かな?


更に読み進めていると、創造主のビィブリュセル神と初代聖女の記述に触れられて……ん?初代聖女は世界の三大国と言われるステライトラバン王国、シリユリアレン王国、ルーロベルガ帝国の…いずれかの王族に嫁いだとの伝承が残されており、その伝承が今も各王族を神格化させる要因の一つとされている…と書かれていた。


「へええぇ~てことは、ベイルガード殿下達が初代聖女の子孫……無いわ、うん無いわ…」


ナニアレイド殿下の腹黒い笑みとカイルナーガ殿下のガハハと笑った品性を感じない顔を思い出した。ベイルガード殿下は聖女の子孫っぽい雰囲気を感じるけど…あくまでこの三大国に嫁いだかも?な伝承でしょうしね。逸話や昔話の類だもの、ほとんどが眉唾物の話かもしれない…と結論付けた。


しかし…今日読んだ聖女関連の本のなかでは、何故ステライトラバン王国にポンコツ聖女ばかりが集結しているのか、それの謎は解明されなかった。


これは私の説の、創造主のビィブリュセル神がステライトラバン王国にポンコツを送りつけて嫌がらせをしている!が有力な気がしてきたぞ!


神様、怒らせちゃったのかな…お供えとかしていた方がいいのかな?奉納といえば、お酒?そもそも神殿にお酒を奉納していいものか分からないし…神官長に聞いてみようかな。


そんなことをつらつらと考えながら本を読んでいると、私付きの侍従のマネージさんが急に来て、緊急だと言われたので魔術師団の詰所に急いで向った。歩きながらマネージさんが事情を説明してくれた。


「魔素の森から飛行型の魔獣が飛んで来た?!」


「はい、巡回中の兵が発見し魔術師団の術師と軍の方が今、確認に向かったそうです」


飛行型…鳥?まさかファンタジーなドラゴン?空飛ぶ魔獣が存在しているなんて知らなかった…あ!魔獣図鑑とか図書館にあったんじゃない?見ておけばよかったよ…


侍従のマネージさんと共に魔術師団の詰所の奥の事務室に入ると、ベイルガード殿下と中将閣下と魔術師団の団長のケイルがいた。


「急に呼び立ててすまないな、魔素の森の魔獣の件は聞いたか?」


ベイルガード殿下は詰所に入って来た私に、少し笑顔を見せてから尋ねてこられたので、頷いてみせた。


魔術師団長のケイルが手招きしたので、ケイルの横に小走りで近付いた。ベイルガード殿下は集まっている魔術師団の皆様や軍の方などを見回して


「では、障壁の術師でもあるクリュシナーラの意見を聞いてみようか」


と言ってきた。はい?何だろうか…〇〇の〇〇って中二病臭くて驚いたのだけど…何?


「飛行型の魔獣が魔素の森の方向から飛んで来て、王都に張られた障壁に衝突していた。そしてその後も数体の魔獣が同じように障壁に向かって衝突していた…と報告を受けた」


「衝突…侵入はされていない、ということですね?」


私がベイルガード殿下に聞くと、殿下は横に立つ美丈夫のシブメン中将閣下を見上げた。そういえば、この中将閣下も聖女マユリに狙われていた、シブメンバーの一人じゃないか?(注:メンバーは中将閣下、王弟、近衛の第二部隊の隊長、某伯爵様等々)


「魔獣はそれほど知能の高い獣ではないからな…一度ぶち当たった障壁の同じ個所に何度も体当たりをしていたそうだ。クリュシナーラ嬢の障壁の強度は?」


わおっ!中将閣下は声までもが渋い美声だよ!ああ、イケボ……


「魔術師団一個隊が同時攻撃をしかけても破れないような術式でございました」


中将閣下にケイルがそう答えると、中将閣下はフム…と言って頷かれた。


「飛行型の魔獣か……飛行力はどれくらいなのか、一度見に行くか?」


と呟いたベイルガード殿下は私を見た。魔術師団長のケイルも見てきた。ついでに中将閣下も見てこられた。閣下にはそのまま見詰められていたいですね…はい。


「クリュシナーラも一緒に、ね」


はい?


私はイケメン(殿下と閣下)に両脇を取られて……砦に連れて行かれた。


確かに、砦の前には大きな飛行物体がいた。私の想像していた鳥類やドラゴン系ではなかった。


虫だった。


バッタ?カマキリ?それの親戚みたいな、全長一メートルくらいの大型昆虫だった。


「キャッシャキャッシャ…!」


羽を擦り合わせる羽音が砦に響いている。聞いてない…聞いてないよ!?


「大群っ!めっちゃ大群で飛んでない?!なにあれ?大きいしっビョーーンと飛んでるし!」


そう一匹?とかだったらまだいい、五匹くらいでも…まあキモイけど仕方ないだろう。すでに目視確認出来ない位、昆虫の大群が障壁に何度もぶち当たって落下して…またぶち当たって…を繰り返してるんだよ?!羽音っもキモイ!


「キモイキモイキモイキモイ!」


私が叫びながら魔獣を指差していると、ベイルガード殿下が私の肩を抱き寄せながら


「アレは今すぐ焼き払おう」


と魔術師団長のケイルに言っている。するとケイルが不敬にも殿下に向かって叫んだ。


「え~っ?!そん……すみません。初めて見る飛行型の魔獣なので…捕獲して調べたいのですが………捕獲は一体だけにします、はい」


私が殿下の肩越しにケイルを睨みつけると、ケイルはちょっと思案した後に一体だけ捕獲することにしたようだ。アレは放っておくと、全部捕まえます~と言いかねなかった…危ない。


「ていうわけで、クリュシナーラ『タマテバコ』にあの魔獣を仕舞ってよ」


「はぁ!?」


何故かケイルが事もなげにそう言って…素手で、重要なのでもう一度言おう…素手で魔獣を掴んで、私の眼前に差し出してきた。


「キシャ…キシャ!」


目の前にかまきり顔のドアップだ。私の鋭い悲鳴が砦に響き渡った。


「なっな…何か袋に入れて運べばいいでしょ!」


「捕獲袋忘れた」


嘘つけケイル!さっき虫を袋に入れているのを見たよ!きっと持って帰ろうとした虫(死骸)が多すぎて袋が足りなくなったんだ!


絶対に触れない!と騒いだお陰で、私の代わりにベイルガード殿下がその魔獣を掴んで玉手箱の中の異空間に放り込んでくれた。


絶対誰にでも使える『玉手箱』を開発しようと心に決めた。私の左肩辺りから虫が飛び出してくるんじゃないかと…城に帰るまで落ち着かなかった。

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