オバさんじゃねーよ

私とクールベルグお兄様は、ベイルガード殿下の隣に用意された執務室で素案作りに没頭していた。お父様がもぎ取っていた公爵位返還の条件、王都の税制改革、福利厚生の見直し…その他法案や公共事業の見直しをベイルガード殿下と大臣の皆様、役人の皆様とで慎重且つ迅速に進めている。


「はぁ…肩、凝った…」


書類を見るのを止めて…思わず肩をトントンと叩いていると、お茶を入れてくれたメイドのララが


「クリュシナーラ様、お天気も宜しいですしお庭に出て少し休まれては?」


と提案してくれたので、お言葉に甘えて部屋を出て中庭に出てみることにした。


ゆっくり手を伸ばしながら廊下を歩き、中庭に出てフンフン!と体を回し腰を捻ってみる。腰も痛い…座り過ぎだね。


いや~忙しいことには違いないが、平和だね。


ぼんやりと空を見上げていると、よく知る魔質の主が中庭に出て来ると、真っ直ぐに私に向かって歩いて来るのを感じる。


「ベイルガード殿下」


「やあ、クリュシナーラも休憩?」


振り向くとベイルガード殿下が歩いて来るのが見えた。


髪は濃紺色で癖のある感じの髪質で爽やかな短髪、少しきつめな印象を与える切れ長のサファイアブルー色の瞳の美形様。


ベイルガード殿下は私に近付くと


「良い天気だね」


と、柔らかく微笑みながらそう言って一緒に空を見上げた。


ニジカ=アイダはあれから大人しく、各街の神殿を訪れて祈りを捧げて聖女の仕事をこなしているらしい。初めからそうしとけ!とも思うが、私もいきなり転移させられて今日からあなたは聖女です、頑張って!と言われたらどうなるかな…と思うし、舞い上がって恐怖や興奮でおかしな行動をしないとも限らない。


私だってニジカ=アイダとは別方向の元喪女だもんね…あの人を馬鹿には出来ない。


「殿下…ご歓談中、失礼します」


殿下とボーッと空を見上げていたら、殿下付きの侍従のお兄様が小走りで駆けて来ると、ベイルガード殿下に耳打ちをした。ベイルガード殿下は徐々に表情を変えると私を見てきた。


「クリュシナーラ…ローイマル侯爵領で聖女を保護したそうだ」


「聖女を保護?!」


そんな…え?聖女ってそんなにゴロゴロいるものなの?私が不思議に思ってベイルガード殿下を見ると殿下が私の疑問に気が付いたのか説明してくれた。


「ああ、聖女がこの世界に来るのに法則のようなものは無いのだ。気まぐれ…と言っていいのかな?だから聖女にも無理強いはしない…というのが神殿の方針なのだ。つまり聖女判定を受けて聖女だと認められても本人がやりたくないと言えば『引退』という形が取られるのは知っているよね?」


「はい」


「だから、仕事の一種…と思ってもらってもいいかもね。実際、神殿で働いている女性神官で元聖女の方が結構いるんだよ?あ、神官長は聖女の子供だしね」


「ほぉーー!」


そうなのか…なるほど、謎が少し解けたね。いや、調べろよ?と言われそうだけど、自分には関係ないや…と思って聖女の成り立ちみたいな本は読んだこと無かったわけだ。


「ということは、今回見付かった人は新しいというか新入りの聖女様という訳ね?」


「おっ…そうだね、そうとも言うかな~いやぁニジカ=アイダが先輩だろう?後輩いびりをしてくるかな…」


「いびり…確かにやりそうだね」


新人の後輩にネチネチ文句を言うニジカ先輩…似合い過ぎる。


ところがだ


そんな心配なんてする必要が全くないことが新しい聖女が来てすぐに判明したのだ。


新しい聖女は城に連れて来られて所在なさげに俯いてばかりいた。年の頃は…十代だろう。髪質が若い女の子独特の艶があり、俯いてはいるが、覗く首元や服の隙間から覗く手も皺ひとつ無い。


実はこの聖女はこの世界に来て、約二ヶ月が過ぎているらしい。何故発見と報告が遅れたのかと言えば、森を彷徨っていた彼女を保護した老人が欲をかいて、無断で聖女に治療行為をさせていたのだ。


この世界に来たばかりの聖女は世界の仕組みを分かっていなかったので、ただ働きを強要されて治療を続けていたが、その老人は無許可治療を行い、治療費を取って儲けていたらしい。


その違法行為に気が付いた村民が役場に届けて、聖女は無事保護された…というのが聖女の発見が遅れた経緯らしい。


それにしてもこの世界に来て約二ヶ月ね…見事にニジカ=アイダの転移時期と被ってるじゃないか。もしかして、同じ時間?同じ場所?で同時転移が起こったんじゃなかろうか?


まあ……異世界転移の法則なんて知らんけど?


新しく来た聖女の名前はマユリ=ササキ。年は十八才、黒目黒髪の癖の無いセミロングの細身の女の子だった。


なるほどね…マユリさんからは得体の知れない力を感じる。これが聖女の力かな?視えないけど、感じる…確かにニジカ=アイダにはコレは無かったね。


そして元異世界人代表…という訳で私が聖女面接を行うことになった。どういうことだよ?流石に人事部に在籍経験は無いんだよ?面接って何を聞くのよ?


ご趣味は?


これは見合いだ…え~と、聖女をするにあたっての意気込みとか?


「クリュシナーラ…付いて行こうか?」


「ベイルガード殿下っお願いします!」


私が頼むと…何故だか弟殿下達も付いて来てくれるようだった。


そうして、マユリさんと貴賓室でご対面~となった訳なんだけど、先程まではマユリ=ササキさんはオドオドしていたはずなんだけど、殿下方が自己紹介をしてニジカ=アイダを待つことにして


「今、この世界に来ているニジカ=アイダさんを呼んでいるから少し待って下さいね」


と私が言った瞬間、急に顔を上げて私を見て舌打ちをしてきたのだ。


「それってアイダニジカっていう人のことでしょ?」


「え?」


「え~と、三十才くらいのおばさん」


「……」


おばさん?いやいやいやいや…そうだよね~十八才くらいから見たら二十八も二十九も三十代も…ぜーんぶ、おばさんだよねー?分かるーーー……んなわけあるかっ!


二十代と三十代には絶妙なる年齢の壁があるよっ!発言に気を付けろ!


「どうしてニジカさんを知っているの?」


私がマユリさんに聞くと、え~っと言ってから何故だか足を組むと、うざぁ~と言ってソファの背凭れにドカッと凭れ込んだ。


なんだ、その態度?急に豹変しやがって…おばちゃんはそんな態度の女は許しませんよ?


「なんかしらねーけど、こっちの世界の森みたいな所に飛ばされて来た時に、暫くしたら知らないオジサンがいっぱい来たんだよ。私は慌てて繁みに隠れたんだけど、あのおばさんが急に出て来てさ、自分でアイダニジカですって言ってたよ。どう見てもおばさんなのに聖女だって、ウケるね~その時に聖女の力見せてくれ~とか言われて、トウッとかオリャーとか言っても何も出ないみたいだったんだ~」


マユリさんの話を聞いていたその時に、ニジカさんの来訪が告げられて、神官の方々とニジカ=アイダが入って来た。ニジカさん顔色が悪い…


「あ~この人だよっアイダニジカ!おばさん面白いね!」


「……!」


どう反応すればいいのか分からない。ニジカさんはおばさんと言われて体をブルブルと震わせている。


しかしこの混沌とした空間で誰が司会進行するんだ?私?私か?お坊ちゃんな王子殿下達はこのアクの強そうなマユリ=ササキの迫力に圧されて、先程から一言も言葉を発していない。


なんだかアレが怖いんだろう?すごく分かるわ。


「ニジカさんは聞いたかしら?彼女が新しく聖女に認定された…」


私がニジカさんを紹介しようとしている言葉に被せるようにして、マユリさんが言葉を被せてきた。


「おばさん~残念だったね、森の中でめっちゃ笑いながら『これって異世界転移じゃない!やったぁ私が主人公だ!イケメンハーレムゥ!』とか言ってたけど、オツカレーそれ、今日から私になったから!」


………新しい聖女も随分と性格が悪そうだった。


ニジカ=アイダといい…なんかさ?聖女の基準ってどうなってるの?


この世界の創造主のビィブリュセル神って、何の基準で聖女を選んでるのよ?え?世界中に聖女がいるから他の国の聖女は違うって?その神官長の言葉は気休めにもなりませんわ…つまりはステライトラバンは二回続けて貧乏くじを引かされているって言う訳?


という訳でニジカ=アイダは念願の聖女を引退することになった。


そして聖女を引退したすぐ後に、ムレシアル侯爵家に侯爵令嬢に対する名誉毀損で訴えられて…今は牢屋に入れられて裁判を待っている。


そんな聖女交代のドタバタが過ぎて…私達はまた新たな悩みを抱えることになっていた。


「なあ…」


私の横で書類に署名をしながらクールベルグお兄様が、私に聞いてきた。お兄様が言いたいことは分かっている。あーーーなんでかなぁ?!


「なんでステライトラバンうちには喪女やオタクばっかり集まってくるんでしょうかねーーっだ!私が知りたいくらいだよっ」


「モジョ?オタク?それ異世界語か?」


「そうよ、異世界語なの~喪女は、年取って面倒くさい大人になって中々婚姻出来ない女性を指す言葉ね。オタクは、趣味を持っていてそれが熱心過ぎてのめり込んでいる人のことを指す言葉ね?どうやら我が国は創造主のビィブリュセル神から嫌われてるわね~嫌がらせみたいに変な聖女を送り込まれているみたいね~」


お兄様は綺麗な顔を曇らせた。


「確かにな…俺は信仰心はある方だとは思っていたけど、神を信じられなくなりそうだ」


「聖女選びに関して言えばポンコツだよぅ!」


今頃、天界?でビィブリュセル神がクシャミしているかもしれない。いや、クシャミで気が付いてくれよ。


新しい聖女のマユリ=ササキは一応、聖なる力は所持している。ただ周りに対する態度は悪いし、マユリは口を開けば『逆ハー』を叫ぶニジカより重症のラノベ信者みたいだった。


まだニジカの方が大人な分、ベイルガード殿下にターゲットを絞ってそこばかりを狙っていたので対処がしやすかったのだが、マユリは全方位イケメンをターゲットにしている。


つまりはクールベルグお兄様とか殿下方…はたまた近衛騎士団のお兄様方…あげくに殿下方の叔父様のシブメンどころも狙うので皆の緊張感が半端ない。


つまりは聖女の資格を失くさないように行動してはいるが、男性陣とのイチャラブを狙ってくる…痴女行為を繰り返しているらしいのだ。


そんな女に狙われて嬉しいのか?


いや、非モテな方ならそれはそれでありなんだろうけど、何せ狙われるのはイケメンばかり。そして恐ろしいことにマユリはこれまたオタクの思い込みで


「ここはゲームの中なんだよね!イケメンの宝庫じゃない、この中の誰が攻略対象なんだろう?逆ハー凌〇エンド狙っちゃお」


と堂々と言っているのだ。頭痛い…


まず一番手に狙われた?らしい、ベイルガード殿下が大激怒したのでマユリは城内出禁になっているのだが、懲りずに城門前で待ち伏せしていたりするらしく、マユリからイケメン認定されている男性達は変装をしたり、裏口から逃げたり…など大変な苦労をしている。


聖女の交代から早、一か月が過ぎ……もうあの聖女にも『引退』してもらえば?と思うのだが本人の意向が無いと引退は難しいらしい。


実は神殿と各国が定める「聖女保護法」なる法律があって、異世界から突然来てしまった聖女を護るこの法律が、逆にマユリの身の安全を護ってしまっていて、やりたい放題の聖女様になってしまっているのだった。


クールベルグお兄様とベイルガード殿下は共に一番の被害者で、私の前で愚痴ってばかりだ。


「彼女から引退したい…と言ってくれたら一番いいのだろうけど、今のままでも聖女として生活の保障はされるだろう?それに民からは聖女様と崇められる。能力がある限りは自ら止める聖女は少ない…というのが聖女の一般的な考え方だ。例えばニジカ=アイダのように人を貶めたり犯罪を犯したり、聖女の能力を失うなどした場合は『引退勧告』が出来るのだが…」


クールベルグお兄様は珍しく目を吊り上げている。


「俺から見れば殿下方に充分、不敬過ぎる行いをしていると思いますがね」


私…知ってるよ、お兄様。実はお兄様はムレシアル侯爵令嬢に密かに片思いしてるんだよね。私と一緒に病気のお見舞いに伺った時に、ベッドで儚げに微笑むメリアンジェ様の天使っぷりにやられたんだよね?今、家を通してムレシアル侯爵家に婚姻の打診中だもんね?下手にマユリに引っ掻き回されたくないんだよね。


ところがとんでもない所から、聖女の資格の剥奪を訴え出てくる人がいた。


それは神殿の神官長だった。


事件は神殿の中で起こった。神官にも当然イケメンがいる。その中の一人、神官長の息子さん十五才が被害者だった。実は息子さんには想い合っている恋人がいて将来の約束などもしていたらしい。


ところが『神官逆ハー』とかを叫びながらマユリが息子さんに言い寄っていたのを、その恋人が見ていたらしいのだ。息子さんは恋人と随分と揉めたとかで、息子さんがマユリに対して大激怒…神官長の父にあの女を叩き出せと言ったそうなんだとか…


とうとう神殿の人達までもがマユリを追い出そうと動きだし、そうして各方面から袋叩きにあったマユリが何故だか私に助けを求めて来たので


今…城の貴賓室でベイルガード殿下とカイルナーガ殿下とクールベルグお兄様を交えて、マユリの話を聞こうとしている。


マユリは不貞腐れた表情をしてソファに座っている。相変わらず態度が最悪だ…


「どうしてよ…私、逆ハー目指してたのに、どうして上手くいかないの?」


マユリの頭の中を覗いてみたいよね…どういう解釈で逆ハーレムが成り立つのかな。


「私はライトノベルや恋愛ゲームとかは詳しくはないので、おかしなことを言うかもしれないけれど、そもそもこの世界ってゲームなの?」


マユリは怪訝な顔をして私を見てきた。


「だってそうじゃないの?聖女だよ?魔法だよ?」


ニジカさんもそうだけど…なんですぐ自分がヒロインだと思っちゃうのかなぁ

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