押し付けてるんじゃねーよ

フカフカのベッドの上で目が覚めた。一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなったが…自分が着用している半乳バイーンのナイトウェアで気が付いた。


お城に泊まったんだった。流石、ベッドは最高の寝心地だった。そしてそのままベッドから出ようとして気が付いた。


昨日来ていた私の質素ワンピースドレスが……無い!


そう言えば、この半乳バイーンナイトウェアに着替える時に、メイドさんが手伝ってくれて…ああっあの時ワンピースドレス持って行っちゃったんだ。


あまりにボロくて捨てられていないといいけれど…


部屋を見回して…目に付いた扉を開けてみた。うおっ!大きい部屋、二十畳分くらいが丸々クローゼットォォォ………でも部屋の中は空っぽだった。


こんなチャラチャラした寝間着のまま、ここで待機なのか?心もとない……あっ!ガウンがある…スケスケだけど、無いよりマシだ。


スケスケガウンを羽織って、窓際のカウチに座ると何となくポーズを取って外を見てみた。


公爵令嬢だった時を思い出すわ…まだ二ヶ月も経ってないけどね。そうだ、国王陛下から預かっているあのデッカイ魔石に魔力でも籠めようかな?


と、カウチから立ち上がった所で扉がノックされた。


「クリュシナーラ様、おはようございます」


「はい、どうぞ」


扉の向こうの魔質を確認すると、メイド達みたいだ。


私が返事をすると、静かに…そして数人のメイド達が入ってきた。私はメイド達がそれぞれの手に不審なブツを持っているのに気が付いた。


ギラッとしてキラッとした……ドレス、靴、宝石類だ。まさか?


「おはようございます!」


メイド達が総勢5名は揃っカーテシーをされた。さすが、お城のメイド…〇〇〇ジェンヌのようにぴったり揃ったカーテシーで美しい。


「本日はこちらの御召し物に着替えて頂きます」


出たーーーっ。やっぱり?そうなんじゃないかと思ったよ。


「あの…昨日着ていた私のワンピースは?」


「……お洗濯に回しています」


一瞬、間があった……怪しい。捨てたんじゃないだろうね?


「でも、すぐに帰りますし…」


私がそう言うと昨日お世話してくれたメイドの女の子が表情を曇らせた。


「ですが、こちらのドレスは全て王妃様がご準備されたもので…」


王妃様?!これまた、いらないっす!と言い辛い人からのご厚意が圧として感じられる。


ベイルガード殿下の昨日の言葉が思い出される。


爵位を返す?私と婚姻…本気なの?


私がぼんやりとそんなことを考えている間にメイドの子達は私にドレスを着せ、髪を整えて化粧を施し…あっという間に素敵な貴族令嬢にしてくれた。


「きゃあ~素敵!クリュシナーラ様は本当に化粧映えされるわ!」


「背も高いし、ドレスが映えますね!」


私を褒め讃えるバイト代でも貰っているのだろうか?メイド達から凄い賛辞を受けた。そして着飾られたままメイド達に部屋の外へと連れて行かれた。


ああ…案の定、隣の部屋はベイルガード殿下のお部屋だった。多分、私の泊った部屋は王太子妃の部屋か…はあ、外堀の埋まる勢いが凄い。


「おはよう、クリュシナーラ。よく眠れた?」


私は今更だが…カーテシーをしてベイルガード殿下に朝のご挨拶をした。


「おはようございます、ベイルガード殿下」


ベイルガード殿下は颯爽と私の傍まで歩いて来ると、私の手を取りエスコートしてソファーに座らせてくれた。


若い男性からこんな扱いも久しぶりだね。


「ユリフェンサー公爵とクールベルグに登城してもらいたいと、朝一番に連絡している。少し待っていて」


おふぅ…いきなり呼び出し。もしかして例の爵位の返還?お父様はマグロ漁…に出てるかどうかは分からないけど、お父様とお兄様が素直に王都に来るかな?


待っている時間を持て余すだろう…とベイルガード殿下に言われて、魔術師団に連れて行かれた。


もしかしたら初めから私を魔術師団に連れて行くつもりだったのか、師団の詰所に入った途端に、魔術師達に取り囲まれて質問攻めにされた。


私の創った『玉手箱』と『桜の舞』を見せてくれ…と言われ、黒い魔剣をくれ!と煩く騒ぐカイルナーガ殿下とナニアレイド殿下にも囲まれつつ…魔剣作りの基礎知識を伝授することになった。


魔剣はその剣を持つ術者本人が作った方がいい。


何故ならお兄様に桜の舞を使ってもらったことがあるのだが、剣に魔力が伝わらない、術の威力が不安定だ…と言われてしまったからだ。


つまりは自分の持つ剣は自身の魔力で鍛えた方が断然良い…という結論に至ったのだ。


「柄はご自分の好みで大丈夫です、大型魔石を磨きながら毎日魔力を籠めて…魔術防御物理防御…魔力強化、付加出来る魔術は全て剣に入れました。安定するのに時間はかかりますが…」


魔術師も殿下達もそれはそれは真剣に、私の話を聞いている。そんなことをしていたら昼食の時間になった。


さあ、優雅にお城ランチでも頂こうかな~と思っていたら……なんとランチは国王陛下夫妻と一緒だった。


息が詰まる。しかも国王陛下夫妻と私だけという、なにこれ罰ゲーム?な状態の食事だった。ベイルガード殿下~カイルナーガ殿下~ナニアレイド殿下~!?何故今、いないんだよっ!


「クリュシナーラ子女がユリフェンサーとして再びベイルガードの横に立ってくれるのが今から楽しみだな」


陛下ぁ!?それ本決まりなの?(仮)じゃないの?


「ホホホ、クリュシナーラ子女とベイルガードとの子供なら高魔力保持の御子が出来るわね~楽しみね~最初は女の子がいいわ~」


国王妃?!もう孫の話ぃ!?


誰か…誰かぁ…舅と姑の結婚&孫の産み分け攻撃に私一人で迎え撃たなくちゃいけないのかい?


折角のお城ランチが美味しく味わう気持ちにならないまま終了した…そのままどんよりとした気分で庭園を散歩していると…


ヒラメがいた。


どうしてここにヒラメ聖女がいるんだ。いやぁ~明るい日の下で見るとヒラメっぷりがよく見えるね。あ……カリータ領に時々来ていたおじさん達がちょっと離れて後ろにいる…もしかしてあの護衛?侍従もヒラメの仲間なのか?


「話があるわ…クリュシナーラ=ユリフェンサー」


おいっヒラメ!呼び捨てにすんなよっ!


「お話ならここでお願いします」


ニジカ=アイダはジロリと私を睨みつけた。


「あなた……日本人ね?」


「はい、そうですよ」


「…っへ?」


私があっさりと認めたので、拍子抜けしたような声を上げた、ニジカ=アイダ。何だよ、いや~ん知らな~いとか言ってしらばっくれてあげたほうが良かったのか?


「じゃあ…知ってるんでしょう?!普通こういう異世界転移の場合は私が聖女なら当然、王子様と結婚するって!あんたが婚約者でも悪役令嬢の立ち位置でしょう?!譲りなさいよ!」


呆れたね…なんだそりゃ?こりゃ喪女でもありラノベ信者なのかな?異世界ものはこうあるべき!聖女の私はこういう物語の主人公様なの!ってか?


あんたの凝り固まった価値観を勝手に押し付けてるんじゃねーよ。


「普通って何?そんなの知らないよ、少なくともこの世界の聖女は処女性が無ければただの人扱いだし、聖魔法を使う為には婚姻したりは出来ないみたいよ?諦めれば?」


ニジカ=アイダは体を震わせた。


「私は主人公なのよっ!普通は悪役令嬢が退場したら私が王子様の相手になるはずじゃない!」


「だ・か・らぁ~普通って何よ?あんたの好きな小説の中の話?こっちは知らないし、関係ないから。そっくりそのまま自分が主人公だって国王陛下に言ってみれば?聖女が乱心したと言われるのがオチだから」


「だって…異世界って…これで私も主人公だって…」


ニジカ=アイダは自分が異世界に降り立った時に、絶望より歓喜に沸いたのかもしれない。これだから拗らせ喪女はなぁ…


「ニジカさんは主人公だって誰かに言われたの?あなたいい年してそんなこと信じているの?言っとくけどね、この世界だって普通の世界だよ?貧富の差もあれば悪代官みたいな悪いおじさんもいる。働いてお給料もらって一日が始まって一日が終わる。そしていつかは死が訪れる…あっちの世界と一緒!分かった?」


「だって…普通に仕事から帰って来て家の玄関開けたら、この世界だったのよ?森の中で…歩き回っていたら…神官達が現れて…聖女だって言われたのよぉ…私、特別になれたのよ?」


ニジカ=アイダは玄関開けたら異世界だったのか?確か…二ヶ月と少し前に聖女が現れたとか言ってたよね?発見場所は全然知らなかったわ…


あの頃は魔剣の桜の舞の制作に打ち込んでたからなぁ…


「だから…私はこの物語の主人公で…」


「もう主人公とかやめなよ、決まった道筋なんて無いの。あんたがやっていることはただただ、この世界に住んでいる人達に多大なる迷惑をかけているだけ。ねえ…うちのユリフェンサーは兎も角としても、ムレシアル侯爵令嬢には正式に謝罪して欲しい。子供が出来ないなんて…冗談でも言っちゃいけないことよ。本当に彼女に不妊症の兆候が診えた訳じゃないんでしょう?」


「見えた?」


「ムレシアル侯爵令嬢の体の病の陰りとか…どう?診えた?」


ニジカ=アイダは激しく頭を振った。


「目で見て見えるの?私には病なんて見えない…」


「っえ?!」


私は思わず叫んでしまった。聖なる魔法?神力が使える聖女はを所持しているはずだ。当然魔術を扱う、治療術師のような魔質を視る『目』を持っているはずだ。


病気が見えない…これは逆にニジカ=アイダがという証拠になってしまう。


「ニジカさん…あなたこの世界で聖女でいたいのなら、病気が診えない…魔質が視えないと言ってはいけないよ。もしベイルガード殿下と結婚したいと本気で思っているなら聖女を辞めて…只の異世界人になってからお付き合いを申し込みしてみたら?ただ、ベイルガード殿下があなたを選ぶかは別問題だけどね」


ニジカ=アイダは目を彷徨わせながら私に聞いてきた。


「聖女の力ってなんなの?」


いや?聖女のあんたがそれを聞くの?


「神から頂いた聖なる力でしょう?あなたの体内に魔力は無い代わりに、体の中に別の力を感じない?」


ニジカ=アイダは首を捻っている。


こりゃ…マジでニジカ=アイダは聖女じゃないみたいだね…


その時、魔力と異質の力を持つ者が私達に近付いて来るのを感じた。身構えながら魔質を探ると……庭を横切って来るのは、神殿の神官長と神官達だった。


「おやおや、聖女様。無断で神殿を抜けだされては困りますな」


神官長はそう言ってニジカ=アイダに近付いて来た。


ニジカ=アイダは後退りをしている。神官長はにこやかな笑顔のまま


「これから聖女として王都周辺の神殿で神に祈りを捧げる儀式をして頂かなければなりませんよ?皆が障壁を張った大いなる力を持つ聖女に会いたいと神殿に殺到しておりますのでね」


そう言って手を差し出しているが、その手からは異質の力が流れている。もしかしてあれって神力なんだろうか?


禍々しくはないけれど、怖いな…と感覚的にそう思う。


そうか…神殿は聖女を本物として扱うことに決めたのか。例え能力ゼロでも、ニジカ=アイダ自らが国民の前に自分が聖女だと名乗りを上げてしまったから、それをとことん利用するつもりなのだろう。


ニジカ=アイダはオロオロしている間に神官達に腕を掴まれていた。


「わ…わた…し聖女じゃな…」


「おや?私があなたが聖女ですか?とお聞きした時にあなたは迷わずに、はいと答えられた。珍しくも自覚のある聖女だったではないですか?ご自分で聖女だと確かに仰いましたよ」


…なるほどね。異世界だよ!やったー!というようなテンションの所へ聖女ですか?と聞かれて…うっかり答えてYESと言ってしまったのか。


今、神官長が言っていたように、異世界に現れた聖女は自覚が無い聖女ばかりなんだろう。そりゃいきなり異世界に飛ばされて来て、普通の女性なら分からないと答えるわな。


ニジカ=アイダの反応が普通じゃなかったんだ…


「違います…ねぇ待って!クリュシナーラ?!助けてっ!」


いやいや?それはお門違いと言いますか…あなたのせいでユリフェンサーは大変だったんだし?ムレシアル侯爵令嬢にもとんでもないこと言っちゃったし?


今更その元凶のあんたが、どの面下げて助けを乞うの?少しは自分の言動に責任を持ったほうがいい。


私はこちらを見ながら助けてくれ…と叫んでいるニジカ=アイダに向かって叫んだ。


「自分のケツは自分で拭け!」


その日の夕方、やっとお父様とクールベルグお兄様がやって来た。お父様は仏頂面で、お兄様は苦笑を浮かべていた。


私に付いてくれているメイドの女性達がお兄様を見てキャッキャしている。


その後、お父様とお兄様…国王陛下とベイルガード殿下…そして大臣や諸侯の方々で夜遅くまで会議をしていた。


本日の夕食はカイルナーガ殿下とナニアレイド殿下と頂いた。殿下達は会議が終わるまで私の話し相手をしてくれていた。


長い会議が終わり、ベイルガード殿下とお兄様が連れ立って貴賓室にいた私の所へ来てくれた。


「決まったよ、父上は引き続き隠居生活。ユリフェンサーは俺が爵位を継ぐ。ああ、面倒くさいね…取り敢えずリシュは王太子妃頑張れ!」


おいっ!ニコッと笑ったお兄様の笑顔に釣られて笑いそうになったけど、それ決定なの?


後で仏頂面のお父様から詳しく聞いた所…


ユリフェンサーとして公爵位に戻る条件として、王都の経済の立て直し、税率と社会福祉の見直し…それを確約してくれない限りは戻らない!と宣言したみたいだ。


諸侯や大臣の皆様もカリータ領独自の自治に薄々気が付いていたらしいし、順調に領地運営をしているユリフェンサーの秘密?を知りたかったみたいだった。


「うちはクリュシナーラの指示通りにしている!と言っておいたからな~ガハハ!」


ガハハじゃねーわ!なぜうちのお父様はそんな余計な一言を入れるんだかなぁ!


おっさんは高笑いしてないでさっさとマグロの一本釣りにでも行ってこい!

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