無双じゃねーよ
魔剣、桜の舞の試し切り…ぶっちゃけそれが目的だ。
私の放つ魔力に魅せられたのか…大蛇達が地を這いながらこちらに向かって来る。
走る私が剣を斜めに構えると、横から声が飛んで来た。
「右を狙え、私は左だ」
「…っ!」
走る私の横にベイルガード殿下が並走していた。
「俺は真ん中ぁ♪」
反対の方向からカイルナーガ殿下が走って来ている。
「…ふっ…はい、お願いしま…すっ!」
私は大きく跳躍すると右側の魔獣の喉元を狙った。大蛇の体を流れる魔流を視て、額に魔核があるのが視えたので、魔核を綺麗なまま取り出したい私は、喉元を狙う事にした。
蛇…爬虫類系の弱点は冷気…桜の舞に冷気系の魔法を乗せる…うはぁ~魔剣が魔力を吸い込むぅ~魔力の吸収量は予想以上だな~
「たああっ…!」
大蛇の伸ばされた舌の物理攻撃を体を捻って避けてから、剣を薙ぎ払った。確かな手ごたえを感じた。
「おおっ!一撃!」
カイルナーガ殿下の歓声に殿下の方を見ると、殿下も一撃で額を撃ち抜いていた。
ごるぁ?!貴重な魔核を潰すな!
「こっちも終わった」
ベイルガード殿下の方を見ると喉元に剣を差して、笑顔でこちらに手を振っている。うんうん、流石ベイルガード殿下、ちゃんと喉元狙ってるね。貴重な魔核が二個ゲットだぜ!だね。
「取り敢えず…外からの魔獣の侵入が防げたから、大分違うな。はぁ~マジでその魔剣、俺も欲しい!黒っ黒い剣を作れ!」
「……」
カイルナーガ殿下がぎゃあぎゃあ言う傍で、倒した大蛇を軍の皆さんが片付けてくれる。血生臭い…浄化魔法をかけた。魔獣の周りから臭いが取れてきた。
「魔核が綺麗に取れましたね!」
「穢れてるから触る時に気をつけろ」
なんて声を聞きながら、私は桜の舞を玉手箱に仕舞った。
「じゃあ私、帰りますね〜」
と、用事も済んだし…と歩きかけた私の前にベイルガード殿下が立ち塞がった。
「どこに行くんだ?」
「か…帰りますが?」
ベイルガード殿下は小首を傾げて
「あれ?一緒に菓子店に行くと約束していたじゃないか?」
と聞いてきた。
…憶えてたのね。また可愛く小首を傾げて私の顔を覗き込んでくる殿下。
「もうっ仕方ありませんね…一緒に行きましょうか?」
…ん?あれ?また私の返事がツンデレの定番台詞っぽくなってないか?
後からやって来た魔術師団や国王陛下に後処理を丸投げして…ベイルガード殿下と私とお付きの護衛のお兄様達とでアムの菓子店へと移動した。
アムとはふわっとした食感の焼き菓子の中に、クリームやジャムなどがサンドされている。マカロンとシフォンケーキの間のような一口サイズのケーキなのだ。
そんな私達が商店街を横切っていると、広場の前に人だかりが出来ているのに気が付いた。
「なんでしょう?有名人でもいるんでしょうか?」
人がたかっているイコール芸能人がいる!とすぐに思ってしまったのだが、ここは異世界、誰なんだ?
「聖女様っ!」
ん?
「流石っ聖女様!」
んん?
群衆が叫びながら広場の中央に詰め掛けているのを、人垣の外から見て…思わず叫んだ。
「ニジカ=ア…ふがっもが……」
叫び声はベイルガード殿下に口を塞がれてた為に、声にはならずに途中で飲み込んだ。
「聖女は広場で何をやっているんだ?」
ベイルガード殿下は噴水広場の真ん中が見えているみたいだ。私には背伸びしても見えないが、広場の中央に小さすぎて見えないけど、ニジカ=アイダがいるようだ。
騒いでいた群衆が静まった。静かになったところにニジカ=アイダの声が響いた。
「私が今、王都に障壁を張りました!そして魔獣共は私の部下が退治しました!」
はああっ?!
「これで聖女の私の力により、あなた方は安寧を手に入れたのです!讃えなさい、神をっ聖女を!今日から王都は…ステライトラバン王国はこのニジカ=アイダが護ります!」
「聖女様!」
「聖女様っ!ありがとうございます!」
おいいいいっ?!他人のふんどしで相撲…のあれじゃないか?なんだその演説はぁ?!
「大規模障壁と魔獣討伐を自分の手柄にしたか…」
いやいやぁ?!ベイルガード殿下ぁ~感心している場合じゃないよ?魔力を使って障壁張ったのは私だしっ?討伐の成功は殿下達と私と、おまけに王都民の避難誘導をしてくれた軍の皆の力でしょう!
「ふがっ…ぐ…が…っ」
暴れながらベイルガード殿下に塞がれた口の中で思いっきり文句を言っていると、ベイルガード殿下は
「大声を出すなよ?」
と囁いて私の口から手を外してくれた。
「あんなの…」
「シッ…店に向かいながら話そう」
ベイルガード殿下に促されたので、歓声と聖女コールの巻き起こる広場から渋々移動した。
暫く移動した後、ベイルガード殿下が付いて来ていた近衛の方に何か指示を出している。近衛の方が頷いて、足早に人混みに紛れて行った。
その後、殿下は屋台で果実のミックスジュースを買ってくれたので、取り敢えずベンチに座って飲みながら、先程の聖女のアレの話をすることにした。
ベンチに座って開口一番
「先程の演説で…聖女は、下手を打ったと思う」
ベイルガード殿下はそう言い切った。
「え?でも私達が頑張って退治した魔獣も本当はユリフェンサーが張っている障壁もあの子が…自分で…」
私が困惑しながら聞き返すと、ベイルガード殿下は聞きながら何度も頷いている。
「そう…ユリフェンサーの…クリュシナーラが障壁を張ったと…大々的に言っておけばよかったんだ。そうだな…私ならばこう言うな…『今回の障壁は私が張ったが、私は今日を持って聖女をクリュシナーラ=ユリフェンサーに譲った、今日から聖女はクリシュナーラだ』」
「なっ?!え?譲る?私が聖女と言っても…ニジカ=アイダは聖女じゃなくなってしまったら…え?」
どういうことだろう?私を次期聖女に指名?そうしたらあの子は聖女を引退…になっちゃうよね?
ベイルガード殿下はジュースを飲みながらニヤッと笑って見せた。
「忘れたのか?クリュシナーラ、ニジカ=アイダは私と婚姻したがっているんだぞ?何が何でも聖女を引退しておかなければ婚姻は出来ない。そして私と婚姻する為には実績を積んで箔を付けておかねばならない。そこで、今日の障壁だ」
そっそうか!聖女として手柄を得た絶好のチャンスだったんだ。
「今日の障壁を自分の手柄にして、すぐに引退宣言をして…私を聖女に仕立てておけば、自分は聖女の力で王都を救った稀代の聖女として讃えらえて、望めばベイルガード殿下との婚姻も夢じゃなかった?そして私を次期聖女にしておけば私は暫くは聖女の戒めに縛られる」
「そういうことだ!頭が回るならそこまで考えて行動しないとな~あれじゃ自分が聖女だと大手を振って宣言してしまい、本物の聖女だと皆に認識されてしまって益々婚期を逃してしまう。こんな障壁を張れる聖女の力は死ぬまで使ってて欲しいもんな。婚姻なんてさせませんよ!とか言われてしまうかもしれないのに、馬鹿だよなぁ」
婚期を逃がす!……元三十路にはきっついワードだわ…
ニジカ=アイダは自分の実績が無いことに焦ってしまい、手柄を横取りしたはいいがその結果どうなるのか…を完全に見落としているんだ。
「まあ見てろよ…この障壁の褒美に私と婚姻したいと言ってくるかもしれないが、神殿が待ったをかけるよ。そうしたらニジカ=アイダはどう言い訳するんだろうな?あの障壁は本当は誰が張ったのか…自分じゃないと言い出せるのか…見ものだな~」
ベイルガード殿下が悪い王子殿下になっている…まあ私も悪代官のように忍び笑いをしながら広場の方を見てやったけど…呪ってないからね?
お兄様へのお土産のアムを買ったので、カリータ領に帰ろうとしたのだが…国王陛下やベイルガード殿下に引き留められてしまい、結局今日は王城に泊まることになった。
そして豪華な夕食を頂いて、食後のお茶をしている所へ…やって来ましたね~ニジカ=アイダですよ。
ヒラメが極上ヒラメに……はなってはいないけど、それはそれは嬉しそうな顔だね。
滑稽だな…ここにいた皆は障壁を張っている瞬間に立ち会ってるのに…
「何用かな?聖女よ…」
国王陛下が静かに聞くとニジカ=アイダは満面の笑みを浮かべると叫んだ。
「ええ、実は……本日の王都に張られた障壁は私が張りました!」
「……そうか」
あれ?
国王陛下のそれだけ?もっと驚いたり、お前何言ってんの?みたいなリアクションないの?おまけに国王妃もカイルナーガ殿下もナニアレイド殿下も柔らかく微笑んでいるだけだ…どういうことだ。
隣に座っているベイルガード殿下を見ると、顔を寄せて来たので近付くと小声で教えてくれた。
「私が事前に皆に知らせたのだ、あの演説のこと…」
ああ、そうか!近衛のお兄様に何か指示していたのは、ニジカ=アイダの例の演説のことを国王陛下や殿下達に知らせるように…だったんだ。
ということは、だ!次にニジカ=アイダが言い出すのは……
「はいっ!それでですね~この功績を褒美に~」
自分で褒美をくれ!とはなかなかに厚かましいね…
ニジカ=アイダはベイルガード殿下をチラチラと見ている。やっぱりか?
「ベイルガード殿下との婚姻をお願いしたいな~なんて!えへっ」
…誰か突っ込んでくれよ。アラサーの永遠の十八才の演技が痛々しい…
「ほう…障壁をも張れる聖女の力を持っている貴女にはこれからも国の為に是非とも頑張って貰わねばならないからな~そうだな、神官長」
おや?国王陛下の後ろに見たこと無いおっさんがいると思ったら、あの人が神殿の偉い人なんだね。
「そうですね、ニジカ=アイダにはこれからも力ある聖女として国の為、国民の為に聖女の力を揮って貰わねばなりませんな、さあ神殿に帰りましょう」
ニジカ=アイダがポカンとしている。
神官長の合図に神官達がニジカ=アイダの背を押した。ニジカ=アイダはまだ自分の状況がよく分かっていないようだ。
「ほ、褒美は…」
ニジカ=アイダが呟いた言葉に、国王陛下は頷いて神官長を見た。
「勿論、褒美は差し上げよう。神殿に寄付を送ろう。聖女よ、清らかなる乙女よ。国の為民の為、世界の為にその本物の聖女の力を捧げてくれ」
ニジカ=アイダは国王陛下の言葉で思い出したに違いない。聖女は清らかな乙女でなければいけない。聖なる力は乙女しか使えない。
そして聖女として力を発揮するということは乙女で有り続けなければいけない。
したがって婚姻は出来ない。するのならば聖女を止めなければならない。だが絶大なる力を見せつけてしまった今のニジカ=アイダが聖女をやめることを誰が許してくれるのか?
ニジカ=アイダはベイルガード殿下の方を見てきた。殿下は淀みなく言葉をかけた。
「清らかなる聖女よ、民の為にその絶大な聖なる力を捧げてくれ」
ニジカ=アイダは自分で自分の首を絞めてしまったのだ…
神官達とニジカ=アイダがいなくなった後、何故か残っていた神官長が私の前に来て頭を下げられた。
「ユリフェンサー家の末裔よ。此度の大規模障壁、本当に助かりました。神殿を代表して御礼申し上げます」
あ、神官長は聖女の張った障壁じゃないとご存じなんだね。
「あ…いえいえ!元々ユリフェンサーが代々張っていたものですし、まあ聖女様が代わりに張ってくれるかも?と期待していたのですが…無理だったみたいですしね~ハハ…」
神官長は苦笑した。
「神も選び間違うのですかね…おっと神への冒涜ですかな?ハハ…それでは」
神官長のおっさんはそう言って帰って行った。
そうだよね?そもそも神様はニジカ=アイダをどこで見つけたんだろう?今度詳しく聞いてみたいね。
夜…本日宿泊予定の客室に案内された。気になるのはベイルガード殿下が後ろを付いて来ていることだけど…ふぅ…今日は怒涛の一日だったなぁ。
メイドにベッドを整えてもらった後、来客用の寝間着はこれしかないんです~と言ってメイドの女の子が差し出してきたのは…半乳が見えている胸元バイーンのお色気ナイトウェアだった。
悪意すら感じる…
「本当にこれしか無いの?」
「はぁい~すみません~」
メイドの女の子の恥ずかしそうな謝罪を受けて、渋々そのお色気ナイトウェアを借りることにした。下着は紐パンを渡されたのだが…今履いているおばちゃんパンツに浄化魔法をかけてそのままでナイトウェアだけ着替えることにした。
意地でも紐パンは履かないぞ。
さて、寝ようかな…と灯りを消そうとしたら部屋の扉がノックされた。魔質を視るとベイルガード殿下だった。なんだろ?今日はお疲れ~とかかね?
「は~い、なんですか?」
「あ…クリ…む……むっ……破廉恥だぞっ!!!」
「……」
扉を開けた途端、ベイルガード殿下に怒鳴られた。なんで私が怒鳴られりゃならんのさ?おたくとこのメイドさんがこれしか無いっつーからこの半乳丸見えのナイトウェアを着てやってるんだろうが。
「メイドがこの寝間着しか無いって言うんだもん…嫌なら見ないでよ…」
「…っか…ぅつ………おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい殿下」
ベイルガード殿下は扉を閉めて帰って行った。何しに来たんだ?
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