勝手に言ってるんじゃねーよ

何を勝手に言っているんだ…と驚愕の思いでベイルガード殿下を見上げたが…殿下の魔質を視るとものすごく緊張しているのが視えた。


これは茶化したり、皆がいる所で揚げ足取りをしたり…これ以上はツッコミを入れ辛いものがある。


ベイルガード殿下は真剣だった。そうだ…この殿下、超真面目だった。


私の方はベイルガード殿下と再び婚姻となっても大丈夫だ…と思う。まだ再会してほんの少ししか話はしていないけれど、今の所、殿下に対する好感度は高い。


しかし特殊な状況下ではあるが、婚約破棄をした令嬢と再び婚姻なんて…そんなこと出来るのかな?


「もし…婚姻を認めて頂けないのなら、王位継承権は放棄して市井に下りたいと思います」


「えええっ?!」


「嘘ッ?!」


「お前っ?!」


皆が皆、驚愕の声を上げているが…ちょっと待て!ちょっと待てーーー!


私が異議を唱えようと口を開くより素速く、カイルナーガ殿下がベイルガード殿下の前に躍り出た。


「勝手なこと言うなよっ!兄上が王族やめるとかふざけんなよ!」


そーだそーだ!


「大体、婚姻の件は時期を見てから…とか言ってたじゃないか!」


そーだそ……ん?


ベイルガード殿下は頭を掻いている。


「あの聖女の物言いが余りにも目に余ってな…一早く聖女に知らしめてやろうと思って…私はクリュシナーラと婚姻すると…」


「勝手に決めるな!」


「順番守れよ!」


私の怒号とカイルナーガ殿下の怒号が重なり、上手い具合にうっかり放ったベイルガード殿下への不敬な言動が王族方に聞こえなかったようだ。


一瞬、皆がお互いを見詰めたまま…時間が過ぎ、あのぉ…という砦の責任者を名乗るおじさんが割って入ってくれたお陰で何となくそこで話が途切れた。


私は逃げる様にしてその責任者のおじさんの後に続き、砦の中に入って行った。


「砦の地下に大規模な魔法陣が設置しています。一年に一度、魔術師団の方々が点検に来られていました」


なるほど、点検と称して魔術師団に紛れてお父様も同行していたんだ。そして魔法陣に魔力を入れていた。


地下に向かい…分厚い扉の奥、明り取り用の小窓から射す光の中…二十畳間くらいの広さはあるだろう魔法陣が床に輝いていた。


私は魔法陣に近付き術式を読んだ。


なるほど、魔の眷属を全て遮断する魔法だ。その代わり強固過ぎて、障壁の中からも外からも出入りは決められた箇所(関所?)しか侵入出来ないように複雑に術式を組んでいる。そして毎日、障壁の中の王都全体に浄化と回復魔法がバラまかれるように、別の術も組み込んでいる。


「これは凄い術だね…」


ユリフェンサー一族が代々魔力を籠め、術の綻びを修復し…時には改良しながら組み上げてきた最高傑作の大型回復系障壁魔法…とでも言うべきか。確かに一人の術者でこれを稼働させようとしたら、魔力切れを起こしてしまう。それで普段から、魔石に魔力を貯めておいて点検の時に補助として使っていたのか。


そりゃお父様なら補助無しではきっついよね…逃げ出したのも分かる。多分、自分がここに来ても魔法陣を動かす前に倒れちゃうと判断したんだ。この魔法陣は下手をすれば、二十人くらいの術者が動かそうとしても全員ぶっ倒れてしまうくらい魔力取られるんじゃないかな。


こりゃチートの私の出番だね。流石に私は倒れないと思うけど…


「よーーし。動かしますかぁ…あ、念の為に障壁の内側…え~と砦の外に出ないように指示しておいてもらっていいですか?」


「あっお待ち下さい。今から警鐘を鳴らしますので」


あ、サイレンみたいなのがあるのかな?ダムの放水みたいだね。危険だからお下がり下さいだね。


警鐘を鳴らしに向かった責任者のおじさんと入れ替わりに、ベイルガード殿下と国王陛下が地下に入って来られた。


「ユリフェンサー公の話では三十人くらいの術者が魔力を籠めないと動かないと言っておったがの…」


「あ、クリュシナーラは先祖返りの魔力量の持ち主らしく、ユリフェンサー公が大丈夫だと申しておりました」


ベイルガード殿下は国王陛下の質問に対して私の代わりに勝手に説明している。


やがて…カーンカーンと鐘の音が響き出した。半刻…三十分くらいは鐘の音が響いていただろうか、砦の責任者のおじさんと魔術師団っぽいローブを着たお兄様方が上から降りて来た。


「王都中に警鐘を鳴らしたので、もう準備して頂いても大丈夫です」


責任者のおじさんの言葉に頷き返し、目をやった先のローブの集団の中に、魔術師団の団長の姿を発見した。因み当代の団長はユリフェンサー一族の遠縁で、まだ20代後半だ。でも私から見たらおっさんだ。


「ケイルの馬鹿!アンタが余計なこと言うから私が連れて来られちゃったでしょう!」


そうだよっ!ベイルガード殿下に余計な進言をしなければ私が駆り出されずに済んだのにっ!


ケイル…魔術師団長は中々の美形なのだが、事なかれ主義の小心者なので国王陛下の前で脅しつけておけば、相当堪えるはずだ。


私が名指しで怒鳴りつけるとケイル師団長はギャッと叫んだ。


「…ぃ!クリュシナーラなら適任かと…」


「こんな魔獣の蔓延る血生臭い所に、なぁにが適任だ~だっ!聖女も言ってたみたいに禿げの呪いでもあげようかねぇぇぇぇ」


「ひぃ…お前本当に呪えるのかぁ?!」


「そんな訳ないでしょうが…さあ、始めるわよ」


今の私の言葉で精神的プレッシャーを与えたので、今晩は抜け毛が多いかもしれないよ?…フフフ。


さて…魔法陣の前で呼吸を整えた。久々の高魔力術の発動だ。上手くいくかな?もし魔力が切れてひっくり返ってもケイル師団長がすぐに回復してくれるでしょ…よーし!


「………」


魔法陣に触れた瞬間から魔力がごっそりと抜けて行く。これは凄いね…なるほど、チートの私以外は一人での発動は危険だ。


これは魔術師団全員で魔力を注いでも難しいかもしれない…全員が魔力切れで倒れる訳にもいかないし、かと言って人数を減らせば個人負担が半端ない。


どのみち危険で発動出来なかった訳か…一か月ではあの補助魔石に魔力も貯まらないしね…そりゃあと半年、いや一年は魔獣を野放しにしなきゃならないとくれば、ユリフェンサーを頼らざるをえないよね。


あの聖女が聖魔法を使えたらな~きっとこれよりもっと強力な浄化魔法だと思うんだ。魔獣の魔核ごと浄化出来たら最高だよ…魔獣は魔核が残っていると、また別の獣に憑依?とでもいうのかな?取り憑いてしまって、また魔獣が生まれると言われている。


魔核を破壊するのが一番手っ取り早いんだけど、魔核こそが加工して魔石になる前の原石なのだ。すぐに使えればいいけれど、実際は魔素が強くて神殿に持ち込んで時間をかけて浄化作業してからじゃないと使えないものだが、ただ破壊して壊すには惜しい貴重な資源の一つなのだ。


「…ぐっ」


術の起動が始まった。


「術が発動するぞ!」


ケイル師団長の声に皆がざわついた。


くっそ!魔獣めっ…お前達がフラフラ王都まで出てくるから私までこんな所で身バレ?しなきゃいけない羽目になってんだよ。


魔獣なんて消えちまえ!


魔法陣が輝いた。術が空中に飛散する。


「成功だっ!」


「凄いっ!」


私は立ち上がりながら少しふらついた。そんな私の体を誰かが支えてくれた。


あら、どなた?…と振り仰げばベイルガード殿下だった。


「上手くいったな、ご苦労」


「…はい。っはっ!しまった…お兄様に頼まれていたアムの焼き菓子買うのを忘れてた!」


ああ疲れた、甘い苺ショートが食べてぇ…と考えていて、フイにお兄様の顔が浮かんで思い出した。お土産ぇ…


「ああ、そう言えばクールベルグが言ってたな?後で一緒に買いに行こう」


思わず反射的に頷いたが……ん?何故、殿下と一緒なの?


さあ用事も済んだし…上に戻ろうか~という感じで国王陛下が仰ったので皆で石段を登ろうとしていると、一階から誰かが駆け下りてきた。


「師団長!すみませんっ障壁が張られた後に魔獣が障壁内に取り残されていたようで、今、数体が住宅街方面に侵入しているようです!」


やっぱりそう来たか…当たり前だけど障壁を張って外からはこれ以上入って来れなくなったけど、逆に内側に既に居た魔獣は障壁内に閉じ込めてしまったということにもなる。当然、中で大暴れになるだろと予想はしていたけど…


「よしっ!討伐に出るぞ!」


「ベイルガード殿下はまだダメです」


私がそう言うと、ベイルガード殿下は目を剥いた。


「私は軍の部隊も任されている軍人だ!」


「病み上がりです」


「…っぐ」


私は一階に出ると、サムズアップをして見せた。意味は通じないだろうけど、自分自身に気合いを入れた。


「ニジカ=アイダの時に言いましたけど、魔獣の討伐も任せて下さいよ!」


「ええっ?!アレ本気だったの?」


カイルナーガ殿下が叫んでいるが、もっと驚かせてあげましょうかねぇ…フフフ。


「クールベルグお兄様みたいな強さほどじゃありませんが、私だってそこそこいけますよ…それに私には秘密兵器がございますので…オホホ」


「秘密兵器?!なんかカッコイイ!」


ナニアレイド殿下が、秘密兵器に食いついた!流石中二病!


「では魔獣の所まで参りましょうか!」


砦の中に設置されている転移陣(テレポート装置みたいなの)を使って市街地まで移動している時間は無いと思い、私はすぐに長距離転移魔法を使おうと術を放った……と思ったら、私の腕をベイルガード殿下、カイルナーガ殿下、しかもナニアレイド殿下までもが触っていた。


「ぎゃ!」


突然の事態に叫んでしまったが……ああ、恐ろしい自分の魔力量。総勢四名を綺麗に華麗に市街地に無事に運べてしまった。


転移が終わり…市街地に降り立ってしまった殿下方はキョトンとしていた。カイルナーガ殿下が辺りを見回して呟いた。


「あ…れ?ここ街か?」


「嘘?一気に来れたの?」


ナニアレイド殿下は顔を赤らめて興奮している。


「クリュシナーラ、すごいな四人も一気に運べるのか!」


いや、あのベイルガード殿下…言い訳すると偶々ね、偶々…四人は新記録ですよ。我ながらあの術を発動したすぐ後に転移魔法で四人も運べるなんて、チート以外の何物でもないと驚愕してますわ…


「おいっあっちの方で魔力の乱れがあるぞ!」


カイルナーガ殿下が高い建物が群生している辺りを指差して叫んだ。よく考えれば高貴な方々だけで護衛も無しでウロウロするのは良くないことだ。


「仕方がないっ私が皆様の護衛を買って出ましょうか!」


「えっ!?クリュシナーラが?立場が逆なんじゃ…」


秘密兵器が早く見たい!と騒ぐナニアレイド殿下と共に、まだ何か文句を言いそうなベイルガード殿下の背を押して急いで魔獣の方へ移動した。


おおっ魔獣がいるいる…警邏隊の軍人がベイルガード殿下の姿を見つけると


「殿下が来られたぞ!」


「殿下っ!こちらです!」


ベイルガード殿下の周りに集まって来た。ベイルガード殿下は軍人達を見回すと


「都民の避難は完了しているのか?」


と聞いた。恐らく顔見知りの軍人なのだろう、すぐに返答した。


「はいっ!もうすぐ完了致します!」


魔獣の鳴き声が聞こえてきた…!そして魔力と獣の匂いもする…


「よしっ!秘密兵器出すわよ!」


「やったぁ!」


何故かテンションの高いナニアレイド殿下の歓声を受け…皆の注目を浴びながら私は左肩の上に手をかざした。


『舞い狂え!桜の舞!』


……はい、中二病だよ。ナニアレイド殿下十四才に向かって心の中で馬鹿にしていたけれど、いい年した私の方が中二病だよっ!文句があるかぁぁ!


私はその解印の呪文を唱え…異空間、命名『玉手箱』を開けて秘密兵器を取り出した。


「じゃああーーーーん!どーだぁ!魔力を注ぎ、魔石を研ぎに研ぎまくって磨き上げた魔剣だぁぁ!」


私は叫びながら、ほのかにピンク色に光り輝く自作の魔剣『桜の舞』を両手に持って掲げた。


この桜の舞は見た目にも拘った。女子が持つのだからピンク色、絶対ピンク色だ!と持ち手?の所はピンク色の宝石で固めた。(時価数千万円…)こうなりゃ、とことんヤッてやるぜ!と思って某魔法少女の掛け声っぽく、何も無い空間から剣を取り出す魔法の実験もした(取り出しポーズも込み)


我ながらとんでもなく、くだらないことに時間と労力を掲げているな…と思いながらも異空間に収納ボックスを製作することに成功。玉手箱を完成させ…魔剣、桜の舞も出来上がった。


喪女も中二病も、ひれ伏しやがれぇ!本物の痛女様が通るぜ!


この世界には魔剣の類は存在しないと思う。無いなら自分で作っちゃお!という事で大型魔石を自分で削り、毎日毎日魔力を籠めて、術式を練り込み丹精込めて作り上げてきた珠玉の一品!


「カッコイイ!」


「なんだぁすげぇ、魔力の塊?!」


「これは剣の形はしているが本物なのか?」


王子殿下、三兄弟は私の周りに群がった。


「魔法で強化と補助をしております!自信作ですよ」


「俺っ欲しい!作ってっ!」


現役の中二病患者(第三王子)様が食いついた…


「ちょぉ?!俺も欲しいよっ!色は黒がいいぞ!」


何故お色目を先に指定するんだ?第二王子…


「こらっ…剣の話は後だ!魔獣が来るぞ…」


ベイルガード殿下の言葉に私は桜の舞を握り直して、前を見た。


大きな大蛇が三体…大通りの向こうで鎌首をもたげているのが見える。大蛇が桜の舞の魔力に気が付いたのか、一斉にこちらを見た。


私は、自分の体に魔法をかけて身体強化を図り…大通りを駆け出した。

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