悪役令嬢じゃねーよ

カイルナーガ殿下が扉を開けると、医術医のおじさん達がいた。無事に扉が開いて皆さん、安堵したような顔をしていた。


「では…診察に入らせて頂きます」


室内にゾロゾロと皆が入って来ると、部屋の隅に立っていた私に向けて次々に会釈をしてくれる。


いや…マジで何もしてないのですよ…嘘をついているので心苦しい。


「すまないな…ゴホゴホ…」


ベイルガード殿下はワザと咳なんてして、病人を装っている模様…


そして…医術医の後に続けて入って来た側付きの侍従とメイドのお姉様達が私の側に近付いて来た。


「クリュシナーラ様、ありがとうございます!」


「クリュシナーラ様よくお越し下さいました!」


「殿下が頑なに診療を拒まれるので、困り果てておりました…ナニアレイド殿下が少し待って…と言っておられたのは令嬢に助けを求められたからなのですね。本当にありがとうございます」


「あ…はは…はぁ」


嘘をつくのも疲れる。ぶっちゃけナニアレイド殿下が華麗に嘘をついて、けむに巻いていたようだね…


その時、扉が大きな音をたてて開いた。びっくりして扉を見ると…


ヒラメがいた。


もとい、ヒラメのような顔立ちのニジカ=アイダがお付きの神官達と共に、部屋の中に入って来た。


ちょっと待てよ…礼儀とか常識とかないのか?貴族じゃなくても病人のいる部屋にノックも無しに入って来るなんて…


ニジカ=アイダは、きゃあ!と声を上げるとベッドに駆け寄ろうとした。


しかし私が体を動かす前に、カイルナーガ殿下がニジカ=アイダの前に立ち塞がった。


「兄上は臥せっておられる。お引き取り下さい」


「わ…私は聖女よっ?!ベイルガード殿下と…結ばれるのが決まってて…」


誰が決めたんだ?……というツッコミは心の中では起こっていたけれど、それよりもまず、ニジカ=アイダとこんな近い距離で会うのは初めてなんだよね。


これはじっくり喪女の観察が出来るのでは?よ~し…まずは前に一度視た、魔力量の目視確認を…う~ん…やっぱり魔力の流れは視えないね。


え~と、因みにニジカ=アイダの身長は私より十センチは低そうなので百五十五センチ以下かな…髪はセミロングの直毛。前に会った時はおかっぱだったので伸ばしているのかな。


顔をよく見ると…東洋人って幼く見えるけど、日本人の同じ人種を見分ける眼力を侮るなよ!


うん、う~ん?十代ではないね。あれ?もしかして二十代?


その時にニジカ=アイダを見ている私の目に気が付いたのか、彼女がこちらを向いた。


あ…見付かっちゃった。


「あ…あなた?!追放したなのに…何の用よっ厚かましい!」


「……」


ひょえ……今ここで自分が正義!とでも思っているのだろうか…空気を読め!


「厚かましいのは、あなたの方だよ!早く出て行ってよ」


ナニアレイド殿下がそう叫ぶと、周りからの視線が刺々しいことに気が付いたのか…ニジカ=アイダは私を睨みながら部屋を出て行った。


どうにもニジカ=アイダの実年齢の確認をしたくなるね。こちらで勝手に喪女認定をしていたけれど、本当に喪女の年齢なような気がしてきた。


気になることは確かめたくなる。私は思い切って廊下に飛び出してみた。


私が飛び出したのでナニアレイド殿下と近衛のお兄様とメイドのお姉様も付いて来てくれた。


「あのニジカ=アイダ様?」


私が廊下に出て来て呼びかけたので、驚いた表情をしつつもまた睨み付けてくる聖女様。


「あんたなんて悪役令嬢のくせにっ…そうかっ!?聖女の私を苛めるのね!?」


いや…あの…悪役令嬢ってなによ?そりゃ悪役の意味は分かるけど、私がいつ悪役になったというんだよ。寧ろ私の方があんたのご神託で一家離散にさせられた悲劇のご令嬢だよ。


「聖女だと言うのなら、早く魔獣を浄化してよ!」


私の後ろに居たナニアレイド殿下が一歩前に出ると、声を震わせて叫んだ。


「そ……それはっそこの悪役令嬢が私の力を奪って…」


指を指すな!


私は更に前に出ようとしたナニアレイド殿下を、手で制した。


「殿下…落ち着いて下さい。何も聖女に浄化して頂かなくても魔獣には物理攻撃も魔法攻撃も効きます。私も討伐に赴きましょう。それに今から私が王都に障壁を張りますので、今後王都の障壁内には魔獣被害が出ないことを保障いたします」


なんだか悪役悪役と言われて無性に腹が立ってきたよ。こうなったら真逆の天使が如く王都民の為に自分の力を存分に奮ってやろうじゃないのさ!


私がそう言い切ると、廊下に居た皆様から歓声が上がった。


「ニジカ=アイダ様…あなたが真に聖女だというのなら、私に聖なる力を封印出来る術を掛けられていると仰られるのならば…私如き一介の魔術師の封印などすぐに打ち破れるのではなくて?それとも…聖女ではないのかしら?視た所……聖女の体に怪しい術もかかってはいないですし、魔力量は無し…異世界人って珍しいですわね~へぇ…黒目黒髪ですか?ニジカ=アイダ様はお年は?」


さあ、核心をついて参りましょうか?


ニジカ=アイダは一瞬、ほんの一瞬目を泳がせた。


「じ…十八才よ!」


嘘つけ!


取り敢えず十八と言っとけば若いでしょ?が透けて見えるわ!


もしかしてこの『永遠の十八才』説を唱えるあたり…ニジカ=アイダは中々のお年なのではないのか?と更に疑惑が膨らんだ。


「へぇ~以外とお若いのですね。私、三十才くらいに見えましたわ!」


「…っ!」


ニジカ=アイダの肩が震えた。ふん…そうか、今、私が言った年齢の誤差はプラスマイナス一才ぐらいってとこか。なんだよ、ニジカ=アイダは立派なアラサーじゃないか。この際、三十才まで喪女だと魔法使いだか聖女になっちゃう説は置いておくとして…自分より十は年下の若い子、ベイルガード殿下に迷惑をかけるのは大人としていけないと思うんだよなぁ。


「そうだ…今、ここには体を診ることの出来る医術医が数名いる。丁度よい、聖女の体を診てもらえばいい。貴女がそれほどにクリシュナーラに呪いを受けていると主張するのならば、その体を医術医が診れば一目瞭然だ」


「殿下…!」


「ベイルガード殿下!」


おおっ…病人のフリをしつつ…侍従の方にさり気なく体を支えてもらいながら廊下に出て来たベイルガード殿下。ナイスフォローだね。


「な…っ!いっ…」


何か反論を唱えようとしたが、それよりも早く医術医の先生が先に声を上げた。


「これは異世界人の特徴ですかな…魔力が全く無いですね。私は神力とやらが視えませんので分かりませんが、聖女の体に呪いの類の術式の痕跡はありませんね」


「私にも術式は視えません」


「私にも魔力は視えませんし、術がかかっているのも視えません」


この場に居た魔力を視る事の出来る医術医以外の人も、そんな術…視えないわよ?とか、魔力の無い人っているんだ…とかの呟きが聞こえる。


ベイルガード殿下はニヤリと笑った。


「これではっきりしたな。聖女よ、あなたは呪いにかかっていない。神官達よ、今一度、聖女認定のやり直しを求める」


「…ぃ?!」


ニジカ=アイダの悲鳴と神官達の戸惑いの声が上がった。そもそもだけど、聖女が現れた時に何故、聖女からの自己申告制にしたのかが疑問だよ。聖女って言ったって異世界人でしょ?性善説で全てオッケーにしていたんなら、判定の仕方を今後改めるべきだ。


これはもしかすると他の聖女…がいるかどうかは知らないが、中にはニジカ=アイダみたいな子達が『嘘』を言ったりしたことあったんじゃないかな?


でもね、聖女じゃなくても…この世界はそんなに非情な世界でもないと思うんだよ。普通に女性の働き口も沢山あるし、経験不問や人種は問わない系の仕事もいっぱいあった。


この元公爵令嬢の私だってすんなり働くことが出来るくらい緩い感じなんだよ。


アラサーならそんなことぐらい分かるでしょ?


「わ………私は聖女よっ!私を蔑ろにしたら神が黙っていませんよっ!」


おい……!


それは暗に、神の逆鱗に触れるぜ!的な脅しか?それって神様が神罰下すって意味の脅しだよね?聖女なのに脅すの?


言われた私以外の善良なるステライトラバン国民の城勤めの皆様は、真っ青になっている。そりゃここの世界の人達は神様を信じているものね。


私も信じたいけど、この嘘つきっぽいニジカ=アイダをこの世界に寄越したのだけは解せないわ。


それにビィブリュセル神もコレ聞いて、おいっ!ってツッコんでるんじゃないかと思うよ…勝手に神罰下すとか言うな!とかね。


「それはビィブリュセル神があなたにご神託を下したということですか?私と婚約破棄をして公爵家を取り潰せ、ムレシアル侯爵家のご令嬢は子の成せない体だと辱めろ、尚且つあなたを王太子殿下の伴侶にしないと、神がこの国に神罰を下すとでも仰るのですか?」


私の周りに居た女性陣から悲鳴が上がった。王子殿下達から魔力の高まりを感じる。皆の魔力は…怒りと戸惑いと…攻撃的な魔質に変化している。


ニジカ=アイダはこの攻撃的な魔力も一切感じないのだろう…不敵にも笑うと手を振り上げた。


「そ…そうよっ!神はそう仰っているわ!私をこの国の王妃にしなさいとっ!」


アホくさ…


おばさんの中二病ほど寒いものはないね。


「あんた、前から言われてるでしょ?処女じゃなくなったら聖女じゃなくなるって…婚姻したら肉体関係一切無しだよ?お飾りの王妃になるんだよ?政務も一切任せてもらえない、社交の場には第二妃?側妃…かな?を連れて行く。実質の正妃はその方がで子供もその方の子が後を継ぐのよ?あんたなんて三食昼寝付きで放置されるのは目に見えるじゃない。そんなものにしがみ付くの?」


ニジカ=アイダは目を見開いて、叫んだ。


「私は、選ばれた聖女だもん…王子様と結婚するのは私だし、そうだっ!そうだよ…物語じゃこれで邪魔者がいなくなって、私が王子様のお嫁さんで…幸せに…」


「あーそうだねー三食昼寝付きでなーんにもしなくて、ゴロゴロしててそのままおばあさんになって孤独死するのが目に見るわ、幸せな生活だね。どうされます?ベイルガード殿下?この方と婚姻しないと神罰が下るんですって」


ベイルガード殿下は私の横までゆっくりと歩いて来た。


「絶対断る」


神様と戦う宣言しちゃったかな…でも、魔力は怯えていない。戦う気満々だ。


私も意を決してベイルガード殿下と同じようにニジカ=アイダに向き合った。


「おっ…ぐ…覚えてなさいよ!」


ニジカ=アイダこそ、悪役令嬢の捨て台詞のような言葉を残して走って逃げて行った。その後を神官達が追いかけている。


何だアレ?


「あんなのご神託でも何でもないさ!自分の都合の良い事ばかり言いやがって!」


カイルナーガ殿下がブチ切れている。


私達の周りにいる使用人達も魔質を視る限り、殿下達と同じ気持ちでいてくれているみたいだ。


「あの聖女の言いがかりじゃないですか!」


「神の名を振りかざすなんて聖女どころか悪女なんでしょうよ!」


女子達がすごく怒っている。何かあったのかな?


そんな騒ぎの後、


障壁を張る為に王都の外れに向かう途中、ナニアレイド殿下が女子達ご立腹の訳を教えてくれた。


「ムレシアル侯爵令嬢がね、聖女に子を成せないと言われてしまって…気鬱で寝込んでしまっているんだって…」


「酷い…」


「貴族の中には聖女を特別視している人もいる訳で、ご神託で子が成せない令嬢だからどこにも嫁げないだろうとか…夜会で暴言も吐かれたとかで…」


可哀相すぎる…今更ながらニジカ=アイダに拳の一つでもぶつけておけばよかったかもしれない。


そして王都の端『魔素の森』の砦の前には…なんと国王陛下が待ち構えておられた。


国王陛下は困ったような顔をしながら、手に持っていた宝石箱のようなものを私に差し出された。


「ここに代々のユリフェンサー一族が魔力を溜めていた大型魔石が入っている。公爵には聖女が現れたので、ステライトラバンはもう大丈夫だ…と話して公爵の願い通りに隠居してもらったのだが…すぐにこんな状態になってしまった。面目ない…」


そうか…お父様が国王陛下と話されて、ユリフェンサー一族の責務から離れたのは、その代わりを聖女が担ってくれると思っていたからだ。


ところが聖女はポンコツ…聖なる魔法一つも使えない。おまけにベイルガード殿下と婚姻したいと周りに言って騒ぐ…国王陛下として大誤算だったのだ。


「こんなことならベイルガードに無理を言ってクリュシナーラ嬢と婚約破棄をさせるのではなかった…二人共済まなかった…」


「父上…こんな所で止めて下さい。魔獣の件に関しましては私の…指揮官としての力不足が原因です」


ベイルガード殿下は表情を改めると国王陛下を見た。


「陛下改めてお願いがございます」


「申してみよ」


「今回の王都の大規模障壁の修復と魔獣討伐が完了したあかつきには、ユリフェンサー公爵家の爵位を返還、並びにクリュシナーラとの婚姻をお認めいただけないでしょうか?」


ベイルガード殿下のその言葉に私は仰天した。


なぁ…なぁんだってぇ?!聞いてないよ!

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