不審者じゃねーよ
王太子殿下が忍び込むの?!ええっどういう事?
びっくりしてベイルガード殿下を見上げていると…殿下は頭を掻きながら
「ホラ…魔素当たりで倒れたと言っていただろう?絶対安静だと診断されたから、部屋で寝ているフリをして城を抜け出してきたんだ」
と、照れ臭そうに笑っている。照れてる場合じゃないよ!
「陛下とご相談しないでカリータ領に来られたのだとは思ってはいましたが…まさか無断でなんて…今頃、城では殿下が行方不明だと騒ぎになっていませんか?」
ベイルガード殿下は私の話に頷きながら、城の城門を見上げて少し笑っている。
「う~ん外泊する予定じゃなかったけど、一日ぐらいならあいつ達が頑張ってくれていると思う…後で欲しいモノをあげないとなぁ…」
あいつ達って誰だ?
「まあ、会ってのお楽しみ…かな?クリュシナーラ、こっちだ」
ベイルガード殿下は城門の壁沿いに移動を開始したので、急いで殿下の後を追った。
やがて正門から離れた何の変哲もない外壁の前で立ち止まると…
「ここから入るぞ」
と言った。え~と一見すると城壁に穴がある訳でもないし、裏口のような入口があるわけでもない。
「あの…この何も無さそうな所から侵入するのですか?」
ベイルガード殿下はニヤリと笑うと首から下げていたネックレス…先に宝石が付いている?ソレを…壁に押し当てた。
壁に魔術式が浮かび上がる!直ぐに術式を読んでしまうのは最早、習性なのだが…
空間連結魔法と幻視魔法?!
なんの変哲もない只の壁に…ぽっかりと穴が開いた。
「さ…入って」
殿下に促されて、穴の中に入ると…そこは温室の中だった。
「ここは…」
「城の裏庭にある温室の中だ。空間連結魔法で外と中を繋いでいる。秘密の通路として使っている。宝石は云わば、鍵だな」
なるほど…そう言ってベイルガード殿下が首から下げたネックレスを手に持って軽く持ち上げているが、そのネックレスは相当な魔道具だと思われる。
もしかすると、敵に襲われた時に脱出できるような王族専用の秘密通路なのかもしれない。それをこんなつまんねぇことに使うなんて…
「…っ!」
温室の花が揺れ…魔力の気配を感じた。一瞬で戦闘体勢に入った私の前に飛び込んできたのは……あれ?
「兄上遅いよっ!」
ベイルガード殿下にそっくりな少年だった。何度か父や兄と共にご挨拶させて頂いたことのある…
「ナニアレイド殿下!」
「あ~やった!上手くいったの?久しぶりだね!クリュシナーラ嬢」
慌ててカーテシーをすると、ベイルガード殿下の弟のナニアレイド殿下…確か十四才だったかな?は…声を上げて笑った後に
「いけないっ…兄上!早く戻ってあげてよ~カイ兄がもう限界だよ!」
と叫んだ。
「ああっそうか!急ごうか」
ベイルガード殿下に促されて私も殿下方と一緒に足早に移動する。そう言えばベイルガード殿下は既に顔の変装は解いていて、今度は別の魔法を体全体に発動しているみたいね…目を凝らしてベイルガード殿下の体の魔術式を視た……あれは透過魔法!
高位魔法中、最も魔力を使う術じゃないか。術の対象物を不可視化にする魔法だ。
ごるぁ!?病み上がりでまた高魔力を消費する術を使ってぇぇ!
そして温室から外に出るとメイドや衛兵の姿が見え始めた。ナニアレイド殿下と不審な女が通る度に、皆さん廊下の端で腰を落としてご挨拶しているけど…
これって悪目立ちしてない?!
肩からたすき掛けにしているショルダーバックの中から、急いで取り出したストールを頭に被りながら移動していると…ナニアレイド殿下が私と並走しながら
「クリュシナーラ嬢…それじゃ不審者丸出しだよ…」
と、プププーと吹き出しながら言ってきた。
うるせーー中二病め!私は追い出された元公爵令嬢なんだよ。堂々としていたら色々とまずいんだよ。
やがて王城の奥の方…王族方の住居エリアに入って来た。いつの間に近衛のお兄様が近付いて来て並走しながら、チラチラと私を見ている。
「ナニアレイド殿下…こちらの方は?」
ひえぇ!?私に関心を持たないでぇ…という私の心の声を無視してナニアレイド殿下は
「ああ、兄上のお見舞いの方…今、兄上が一番会いたいと思っている人だと思うか…いだっ!」
と私を近衛の方に紹介し終わらないうちに、透明人間のベイルガード殿下に拳骨で頭を叩かれた?!
なになにどうしたの?
「ど、どうされましたか!?」
何も無い空間で、頭を押さえてうずくまるナニアレイド殿下に近衛のお兄様が駆け寄ったが…ベイルガード殿下が「急げ」と言って私の腕を掴んだので、ナニアレイド殿下を放置してそのままベイルガード殿下と共に歩き出した。
「あ~置いてかないでよ!もうぅ…」
私とベイルガード殿下は一足先に数名の人が屯う部屋の前に到着した。
「くっ…人が多いな…」
ベイルガード殿下が舌打ちしながら近づこうとしたら、追いついて来たナニアレイド殿下が私の前に回り込んだ。
「待って待って…医術医がいるから~ねえ!ベイルガード兄上はまだ診療を拒否しているの?」
え?ええ?ベイルガード兄上は……ここにいるけど?
ナニアレイド殿下とベイルガード殿下を交互に見てしまう。
ナニアレイド殿下は私の方を見ながら、初老の男性…お医者様かな?側付きの侍従やらメイド達…廊下に居る人達に、ちょっと聞いてよ!と声を掛けた。
「診療を嫌がる兄上のことを説得してもらおうと、助っ人を呼びました!この人の言う事なら兄上は従うと思いま…いでぇ!もう…はいっじゃーーん!クリュシナーラ=ユリフェンサー嬢です!」
またベイルガード殿下がナニアレイド殿下の頭を叩いたのだが、ええっ!?と驚いている間に、ナニアレイド殿下が私の頭に被っていたストールを剥ぎ取った。
「おおっ!」
「まあっ!」
「クリュシナーラ様!」
私の事をご存じの方もいらっしゃったようで…姿を晒された私は非常に気まずい…
「という訳で…クリュシナーラ嬢に説得してもらうから…少し待っててね」
と言ってナニアレイド殿下は、私の背中を押して扉の中に押し込んだ。
部屋の中は暗い…
「カイ兄~帰って来た~」
すると部屋の灯りが点いて……ベッドの上に……ベイルガード殿下がいる。え?
「おせーよ!」
「悪かったな…クリュシナーラ嬢に会った途端に倒れてしまってな」
ん?
私の横からベイルガード殿下の声が…ギギギと首を動かすと私の横にもベイルガード殿下が居た。
ベイルガード殿下がふたりぃぃ?!
するとベッドに寝ていたベイルガード殿下が立ち上がると、大きく伸びをした。
あれ…よく見るとベイルガード殿下より背が低い…そして線も細い…この方は!
「カイルナーガ殿下?!あっ幻視魔法を使っておられるのですね」
そうか…あいつ達…診察の拒否…なるほど。ベイルガード殿下の言う、あいつ達とは…弟殿下達のことだったのか!
「王城を抜けだして、カイルナーガ殿下をご自身の替え玉にしていたのですね?」
私がジロリとベイルガード殿下を見るとベイルガード殿下は苦笑している。
「だってこんな機会、中々ないだろう?寝台の中で布団に入っていれば元々私達は顔も似ているし、幻視魔法で充分誤魔化せると思って頼んだんだ」
カイルナーガ殿下は寝間着を脱ぎ捨てると、普段着に着替えだした。
おい……ここには嫁入り前の女子がいるんだぞ!……人前で裸になることも恥ずかしいと思わないのか、高貴な方達って。
「も~引き延ばすのも疲れるって!何度も診察させろってジジイ共が煩いし…まさかの兄上が外泊なんてヤらかすからさっ~俺とナイで必死に部屋に踏み込まれないように踏ん張っていたの!感謝しろよ」
着替え終わったカイルナーガ殿下は、そう言って私の前に来られるとニヤニヤと笑った。
「なにぃ~それで外泊っていうことはぁ?当然…」
「いやらしい想像をするな!私が魔力切れで倒れていただけだっ!クリュシナーラに助けてもらったのだ」
「わおっ呼び捨て…」
私はまだ冷やかそうとしてるカイルナーガ殿下の言葉を遮って声を掛けた。
「カイルナーガ殿下お久しぶりで御座います。そうでは御座いません、私はもう庶民の只の娘でございます。殿下から敬称で呼ばれるような爵位はございません」
「硬いなぁ…ねえ兄上、ちゃんと伝えてるの?」
「まだだ…」
「ふ~ん」
何だろう?兄弟同士だけで意味が通じています的なこの会話は…
「まあ…いいか!さあ兄上、寝間着に着替えて病人のフリしてろよ」
カイルナーガ殿下がそう言うと、ああそうだった…と何故かまた嫁入り前の女子の前で着替えを始めるベイルガード殿下。
ガン見…は流石に不敬だと思うので、目を逸らしつつ…一番下のナニアレイド殿下を見たら、ニコッと微笑まれてしまった。
「クリュシナーラ嬢が障壁を張ってくれるの?」
「あ…はぁ一応そうです。父は用事があるというので…」
用事って言ったってマグロの一本釣りに行く用事だけどなっ!
ナニアレイド殿下は可愛い顔を曇らせた。
「本当に困ってるんだよ?魔獣が毎日出没するんだ。宵の刻は特に徘徊するので、夜の八刻以降は外出禁止令が出てるんだよ」
「まあ…そんなに…確かに魔の眷属は夜に魔素が高まると動きが活発になりますからね」
「それもこれも、あの女が何もしないからだよっ!」
プリッと声を荒げたカイルナーガ殿下の方を見ると、目が吊り上がってますね…
「あの聖女だよ!最初あいつなんて言ってたと思う?『私が全ての魔を祓って見せましょう!この私の聖なる力が皆様をお救いしますぅぅ』とか言って…それを聞いた都民が大熱狂したのに…あいつは、やーー!とかとーーーぅ!とか変な奇声を発するだけで魔獣にピリリとも効いてもいないし…あれなんだよっ!おまけに『自分が聖なる力が使えないのはクリュシナーラのせいだ!』とか魔獣の討伐について来る度に叫ぶから…最初の頃は聖女の言葉だからって鵜呑みにしていたけどさ!あいつ本当に聖女かよっ!」
「カイ兄…仮にも神の遣いだから言葉を選んでよ…」
ナニアレイド殿下が静かにカイルナーガ殿下を制しているその言葉を聞いて、とてつもなく…恥ずかしい気持ちになっている、私。
ニジカ=アイダは、やーーっ!とか、とーーーぅ!とか変身ヒーロー的な気持ちで呪文?を出しているつもりだったのだろうさ…
その掛け声ダサすぎる…何が正解かは知らんけど?
掛け声で聖なる魔法って出てくるんだ…斬新。いや、そうじゃねぇよ。そもそも神から与えられし聖なる力だよね?私達が普段使う魔術とは根本的に違うと思うし、魔術理論や魔術式の構築なんて学ぶ必要も無いだろうし…あ、そうだ!折角王子殿下が全員揃ってるんだし、聞いてみようかな?
「あの…ちょっとお聞きしてもいいですか?」
「ん?なんだ?」
寝間着に着替え終わったベイルガード殿下が、ベッドに寝転がりながら聞いてきたので質問してみた。
「そもそもなんですが、聖女認定とは審査のようなものがあるのですか?」
私がそう聞くと王子達は互いの顔を見てから、代表でカイルナーガ殿下が答えてくれた。
「異世界から聖女が現れると神殿の中にあるビィブリュセル神の神力が籠った神石が輝いて、聖女の居る方向を光りが指し示すらしい。それで神官達が聖女を迎えに行く」
「はい、それで?」
「聖女を見付けると聖女に『あなたは聖女ですか』と問うて、『はい』と答えるとその日から異世界人は聖女と呼ばれる」
「はい?」
今……聞き間違いかな?とてつもなくシンプルだけど、雑な認定方法が示された気がしたけど?
「聞いて、イエス…じゃなかった、はい、と言っただけで聖女なのですか?聖女に対する精密検査とか〇〇〇を調べたりとかしないの?」
「なぁ!?」
「えっ?いやぁ~ないと思うけど…」
「わああ!」
絶叫王子とニヤニヤ王子と赤面王子…ステライトラバンの王子様達は三者三様の表情を見せた。
しかし、それはそうとしても、どえらいことを聞いてしまったね。
聖女ってちょっとした自己申告制なんだ。もし…私なら急に見知らぬ世界に飛ばされて知らないおっさん達に囲まれて『あなたは聖女ですか?』と聞かれたら速攻で『違います』と答える自信があるわ。
だって聖女なんて??なのに答えようもないもんね。
それを初対面ではっきり言っちゃうと、臆面もなく自分が聖女ですと言えちゃうメンタル力…そうか、ニジカ=アイダは異世界転生ものの小説とかアニメとか漫画とか…そういう類の影響を受けているのかもしれない。
まさに、俺ぇ聖女だぜぇぇぇぇ…と堂々と受けてしまった訳だ。これはもしかすると聖なる魔法が使えないニジカ=アイダは実は非処女ではないか、という事になるのでは?
まあ非でもそうじゃなくても、どうでもいいか…ようはニジカ=アイダ自ら魔獣をブッ飛ばすような力も無く、ただ王太子殿下と結婚☆彡に闘志を燃やしている元喪女なだけは確かだ。
一度、ニジカ=アイダをじっくりと観察してみたいな~別に見ただけで全てが分かる訳ではないけれど~いい加減、皆を引っ掻き回すのはやめてもらって神殿で粛々と生活しておいて欲しいのが本音だ。
「ところでその聖女様は今、どちらに?」
「もうすぐ来るんじゃね?」
「どこに?」
「ここに」
クイッと指で廊下の方を指差すカイルナーガ殿下を見詰めてしまった。
「毎日毎日うぜーくらい兄上の部屋の前に押し掛けてくるんだよ。ナイと医術医のじーさんと近衛が頑張って追い返してるけど、兎に角ウザい」
それは…本気の病人の方にはとんでもなく迷惑な見舞客だね…
「よし…もういいか?カイ開けてくれ…医術医を中に入れてくれ」
「はいよ」
カイルナーガ殿下は扉をゆっくりと開けた…
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