頼ってるんじゃねーよ

「ご自分の魔力を使って転移で飛んで来たぁ!?」


私はその言葉を聞いて村の外れで絶叫していた。


その叫びの少し前…


私の職場の『宵闇の雨亭』を後にして…少し歩いた所で、移動はどうしようか?馬車?それとも転移魔法?…とか考えている時に、ん?そう言えば…ベイルガード殿下って供も付けずにこのド田舎に来ているけど、移動手段はどうしたんだろう?


そう思って気になり、歩きながらベイルガード殿下にお聞きしたら事もなげに


「転移魔法を使ったが?」


と言ってきたのだ。


このド田舎に来るとしたら、まずは王都ホスマートから公共の転移陣で移動→次に到着したカリータ領のナガーダから転移陣で移動→マルイデというこの村から一番近い街に到着、再び転移陣で移動→ここからは自力の魔法で転移か、馬車もしくは馬で少々移動、徒歩移動だと一時間少々→やっとド田舎、ジブシ(今ここ)に到着。


「各領地にある大型転移陣で移動されたのですか?」


まあ普通はそう思うよね?人の魔力で移動する方が楽ちんだもん。


ところがベイルガード殿下は


「いや…移動の痕跡を悟られたくなかったので、自分の魔力を使って移動して来た」


と言ったのだ。


「ご自分の魔力を使って転移で飛んで来たぁ?!」


これを聞いて私が不敬も忘れて大声を上げてしまったので、ベイルガード殿下は周りを見ながら、私の方へ体を寄せて来た。


「静かに…」


静かに……じゃないわっ!


「つい最近まで魔素当たりで倒れていた方がっ転移魔法なんて魔力を大量に消費する術を行使するなんて自殺行…ああっ!だから私の家に来た途端に倒れたんですねぇ?!」


ベイルガード殿下は…青汁を五杯を飲みました…みたいな顔をしている。


「そ…そうだな、確かに倒れた。しかし魔力量も鍛錬していれば鍛えられると思う」


何を真顔で言っているんだよ、鍛錬もクソもあるかボケェ!


魔力切れは自分の限界を越えて使うとどんな魔力量の持ち主でも倒れてしまう病だ。鍛錬で魔力量が上がるなら皆、死に掛けて仙〇を食べてまた修行、また死に掛けて仙〇を食べて…の〇ーパー〇〇〇人修行法にチャレンジしてるっての!


「魔力量が上がったように感じるのは使い方のコツを覚えたからです。人の持つ潜在魔力量は増えることはありません」


「え?でも魔術を使っていれば、上がらないか?」


「限界まで使える範囲が広がっているだけで、増えるわけではありません。魔力が底を尽きたら昏倒…そこで意識回復の治療が行われなければ……お疲れ様です」


ベイルガード殿下はちょっと考え込んでいたが…ああそうか、と何か呟いた後で納得されたようだ。


「仕方ありませんね…人生初ですが殿下をお連れして、転移魔法で一気にナガーダまで行きましょうか?」


私が村の外れに向かっていると、ベイルガード殿下がちょっと待て!と言ってきた。


「先程まで転移魔法が危険だった…とか言っていなかったか?」


「それは、殿下が病み上がりの状態で使われたからです。私は殿下が仰ったように、先祖返りの膨大な魔力量の持ち主でありますから…問題ありません」


「クリュシナーラ嬢、何か…怒っているのか?」


「殿下の無謀な転移魔法の使用に呆れているだけです」


そう…転移魔法の使用中に殿下が意識を失わないで良かった…としか言えない。もし移動中に昏倒していたら、転移が失敗し異空間に落ちるか、もしくはとんでもない場所に飛ばされて…例えば、空中から落下して…とか考えただけでも恐ろしい。


私が頭を抱えていると、傍にベイルガード殿下が近付いて来たのに気が付いた。顔を上げると、ベイルガード殿下が私の顔を覗き込んでいた。


「ごめん…心配かけたのか?もうしない…」


私の顔を覗き込む為に、背中を丸めて…斜めに顔を傾けているベイルガード殿下。


くあぁぁ?!あざとくて可愛いってこういうことを言うのか?!いい大人のくせにっ!いや、実際はベイルガード殿下はまだ二十才だから、異世界人ならまだ可愛いと言われてもよいお年だ!


「ち……ちょっと可愛く謝られたからって、危険なことには変わりないですからね!反省して下さい!」


………あれ?つい、うっかり叫んでしまったが、今私ってば、ツンデレの定番台詞を吐き出していなかったか?脳が考えることを拒否している……


いつまでもツンデレのままでいる訳にいかない…多少興奮?してはいるが、魔質を整えてからベイルガード殿下を見た。


「殿下、私の体に触れて下さいませ。移動致します」


そう…私の予想では殿下は私の肩にちょっと手を乗せてくれるかな~とか思っていた。なのにさ…


「…っぎゃぅ!………もう少し離れて頂けませんか?」


何故ギュッ…と体ごと抱き付いて来るんだっ!?


「だって人生初の転移魔法とか言っていたじゃないか…私だって恐ろしい」


ぐぬぬっ…確かにソロ転移はしたことあるけど、タンデムは初めてだ…


すっぽりと殿下の体の中に抱き込まれながら、集中!集中!と、ナガーダのマリタ商会の建物の裏庭を思い出した。


あの裏庭なら人も殆ど通らないから、転移後の衝突の危険性も少なくて済む。


「よしっ!」


私は魔法を発動した。


え~とね、転移魔法は上手く発動したんだよ?それにナガーダのマリタ商会の裏庭にちゃんと飛べたんだよ?でもおかしいなぁ?どうしてかなぁ?


何故、裏庭に麦わら帽子を被ってオーバーオール姿のユリフェンサー元公爵がいるのかなぁ?何故、手に鍬なんて持っているのかなぁ?


「ク…クリュシナーラ…お前…」


ユリフェンサー元公爵こと、私のお父様は不敬にも鍬でベイルガード殿下を指し示した。


あ……そう言えば私、ベイルガード殿下と抱き合ったままだった。


「何をやってるんだぁ!!!」


オーバーオールのおじさんの叫び声に、マリタ商会の裏口から誰かが飛び出して来た。


「あ、お兄様!」


「クリュシナーラ?あ…あれ?ベイルガード殿下?どうしてここに?」


相変わらずお兄様はおっとり…というか肝が座っているというか…何も見ていなかったかのように微笑を浮かべると、私と殿下に近付いて来た。


「二人共、久しぶり~中に入ってよ、お茶を入れるよ」


毒気を抜かれる兄の態度と美しい容姿に導かれて…私はマリタ商会の建物の中へ入った。ベイルガード殿下も一緒に入って来た。


「マリタ商会…クールベルグはここで働いているのか?」


建物の中に入り、周りを見ていたベイルガード殿下は前を歩くクールベルグお兄様に声をかけた。


「ええ、そうですよ。こちらで働かせて頂いてます」


全て真実ではないが、お兄様の返答にベイルガード殿下は頷いている。


さて…マリタ商会の扱う高級茶を頂きながら、オーバーオールのお父様と美しい微笑みを浮かべるお兄様に向かってベイルガード殿下が話し出した。


「……」


黙ってベイルガード殿下の話を聞いていたお父様は、ポンと膝を叩いた。


「よしっクリュシナーラお前が行きな…」


「行きません、そもそも今の障壁を張っていたのはお父様じゃないの?」


オーバーオールを脱げ!着替えろっ…と心の中でおっさん(父)に突っ込みながら、わが父ながら渋カッコイイ、アラフォーのオーバーオールを見詰めた。


お父様は唸りながら首を捻っている。


「う~ん…基本はそうだが、代々ユリフェンサー一族が貯めておいた魔力の籠った魔石を補助にして障壁を張っていたからなぁ…あの魔石は城に置いてきたし、しかも一か月以上はその魔力を貯めていないだろう?術を発動するのはすぐには出来ない…そこでだっ!」


嫌な予感…


「その魔石の蓄積量をも凌ぐ魔力保有力を持つっ、我が娘クリュ…」


「嫌です」


「……」


オーバーオールとお兄様とベイルガード殿下の三人から一斉に見詰められた。見られたって怖くない。精神年齢はオーバーオールよりも年上だ。


「お前なら一回の術で王都全体に障壁を張ることは出来るだろう?」


「お兄様…簡単に言うけれど、私は追い出された元公爵令嬢よ?障壁を張るには王都に行かなきゃいけないじゃない?」


「行ってくればいいだろう?」


おっさんっ!


「仕事があるもの…」


「ジブシの宵闇の雨亭だろう?ニーグには連絡しておく」


一応、娘の勤め先の確認もしているようだ。オーバーオールを着てマグロの一本釣りを楽しみにしているおっさんだが、優秀な人には違いない。


だけど、誰が行くものかっ!と、助けを求めてお兄様を見たが


「リシュ、頑張って!」


と笑顔で言い切られてしまった。


お兄様も行きたくないんだな…そうかそうかよそういうことかよっ!


確かに王都の人に罪は無い。魔獣に襲われて怪我や、もしかして亡くなられた人が居るのかもしれない…そんな王都民を助けてあげられる『力』があるのに、見て見ぬふりをするほど非情でもない。


魔獣に頭からかじられてしまえっ!……と思うのは今の所、ニジカ=アイダとその周辺の有象無象の奴らだけだ。


「もうっ…分かりました。お父様も私に押し付けて遊んでばかりじゃ…マグロ釣れないんだからねっ!」


「マグロ?」


「遠洋に生息する回遊魚だよ!」


「異世界の魚かい?」


お兄様が興味津々で私を見てきた。フフフ…ここでお父様の男のプライドをバッキバキにへし折ってあげようかねぇぇ?


私はお行儀も悪く、立ち上がるとソファの端に足を上げて『波止場のポーズ』をした。


「お父様~私、遠洋に出てニマーシ(約一,五メートルね)もある大きなマグゥロを竿一本で釣りあげたことがありますのぉぉ~釣りはお父様より上手くってよ?オーーホホホ!」


お父様は悔しそうに私を睨んでいる。


「クリュシナーラには負けんっ!」


「あら?遠洋に出ると波が強いですわよ?船酔いして一歩も動けずに一匹も釣れない…なぁんてことにならないといいのですが…オホホ…」


腹が立つので大笑いしてやった。


「じゃあ…クリュシナーラ嬢が行ってくれるのか?」


「あ~殿下、私もう公爵令嬢じゃありませんので嬢はいりませんよ?」


私がそう言うと、男三人が微妙な顔をした。


なんなの?何だか皆が緊張したような顔をしているけど…


「取り敢えず、リシュ行って来いよ。あ、そうだ~アムのお菓子買ってきてよ」


なにぃ!?ちっ…お兄様ってば自分で行かないくせにお土産を要求してくるなんて…


「では…いってきます…」


気は乗らないけれど、人助けだと思おう。そうすればモチベも上がってくる。


「大丈夫か?」


ソファから立ち上がり、ヨロヨロしながらマリタ商会の裏口から裏庭に出た私を、ベイルガード殿下が追いかけてきた。


「殿下が勝手に私の所へ来たんじゃないのですか…」


「ああ…済まなかった。それであの…先程クールベルグの言っていた異世界の魚…とはクリュシナーラ……は知っているのか?」


ふむふむ、流石真面目な王子殿下だ。『嬢』と呼ばないように気を付けているし、おまけに普通なら聞き流しそうな会話にも、しっかりと耳を傾けているね。


両親と兄弟やマリタ商会の会頭代理は知っていることだから、まあいいか…


「あ~私、元異世界人なんですよ~」


「………ええっ?!」


予想以上に驚かれてしまったみたいだね。ニジカ=アイダもいるんだし、そんな珍しいことでもないんじゃないの?


「異世界には…」


「はい?」


「異世界には…ニジカ=アイダのような…その、背の低い…実年齢がよく分からない人だけが住んでいるのかと思ってた…」


私は仁王立ちすると思いっきり息を吸い込んで叫んだ。


「皆が皆、ヒラメの胴長短足じゃねーよ!因みにっ私は異世界から転移して来たんじゃないのっ!転生っ…生まれ変わって来たの!更に言うとだね、私はニジカ=アイダと同じ国の出身だと思うけど、間違っても前世はヒラメの胴長短足じゃなかったから!」


興奮し過ぎてベイルガード殿下に不敬な物言いをしてしまったよ…あはは


王都に向けて転移魔法を繰り返して移動しつつ…ベイルガード殿下に自分の前世を話した。三十三才で運転していた車が衝突事故に巻き込まれて亡くなったこと。気が付いたら赤ん坊だったこと。最初は混乱して戸惑ったが、異世界転生だと気が付いてからは腹を括ってこちらの世界を満喫していること。


「大変だったんだな…」


「いえいえ、前世は庶民でしたがこの世界では公爵令嬢でしたもの。裕福な生活を楽しめましたし、それはそれで幸せですよ」


「だが…今は給仕の仕事を…」


私は王都の商店街を歩きながら、顔の変装中のベイルガード殿下に笑って見せた。


「今も幸せですよ。だってお仕事もあるしお給金も頂ける。理解のある雇い主に両親は健在。実はマリタ商会でお父様達が働いているから、私…お小遣いも貰っているんですよ?普通の十七才のひとり暮らしの割に裕福なんです、恵まれています」


そりゃ王都を追い出された時はどん底気分だったけれど、カリータ領に来て…ユリフェンサー一族の事を聞かされて…来るべき時が来たんだな…とすぐ納得出来たし、有難いことにここでの生活にも直ぐに慣れた。


だって前世の生活とほぼほぼ一緒なんだものね。働いている職種が違うだけね。


とか…喋っていると王城の前に着いた。ここからどうするんだろう?ベイルガード殿下を見るとグッと握り拳を作っている。


「よしっ……じゃあ忍び込むか!」


王太子殿下がぁ!?嘘でしょう?!

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