無理言うんじゃねーよ

私は膝を突いたままのベイルガード殿下を促して、居間のソファに座ってもらった。取り敢えず飲み物をお出ししよう…お茶を準備して殿下にお出しした。


殿下は私がお出ししたお茶を毒見もせずに一口飲んでから、大きく息を吐き出した。


「聖女、ニジカ=アイダの神託にムレシアル侯爵家は大激怒だった。そもそもクリュシナーラ=ユリフェンサー嬢がそんな風に呪えるような魔術の使い手ならば、そんなちまちました攻撃ではなく、王都に向けて魔法攻撃を仕掛けてくるのではないか…と神殿と王家に進言してきた。当たり前だ…流石に父上も、ユリフェンサー家を吊るし上げていた諸侯方も…顔色を変えた。つまり今までのニジカ=アイダの発言はご神託でもなく聖女自身の思い込みと言うか…願望というか…」


「ああつまり、自分がベイルガード殿下と婚姻するはずで、私が邪魔でご神託を偽って追い出したと思ったら、ベイルガード殿下とは婚姻出来ないと言われ…次の王太子妃候補も阻止しようとして、また虚言を言っているのでは?という訳ですね」


なんてこった…喪女のこじらせで、私が聖女で主人公なのだから悪役令嬢を追い出したら次はヒーロー(王子様)と結婚よね☆


…とか考えていたのか?聖女規約を読め!…そもそもそんな規約があるのかは知らんけど?


とにかくだ


神官が聖女にそういう基礎知識を、非処女になったら聖女じゃなくなるよ…とかは教えているはずだと思うのだが…どうなんだろう?もしや喪女あるあるで、自分に都合の悪い事はスルーの能力を発揮してしまったのではないのか?


そしてまた喪女あるあるで、普段モテてない反動で王子様キター!と当の本人と全然想い合ってもいないのに、次は自分が選ばれる…なんて謎の自信に満ち溢れてしまったのじゃないのか?


まあ、ニジカ=アイダの普段の言動から察するに…元喪女だったのだが、異世界転移を経験したことにより、選ばれし俺つえぇ!状態になってしまい、謎の自信と自分イケてるの塊になってしまっているのだけは分かった。


「それで…私に相談というのは…」


ベイルガード殿下は大きく頷くとズイッと私に顔を近付けた。


「先に魔術師団長に相談した、そうしたらクリュシナーラ…ユリフェンサー家にお願いしろ…と言われた」


魔術師団長?!嫌な予感!嫌な予感っ!


「王都から消えてしまった障壁を…再び張ってくれな…」


「知りません」


不敬だがベイルガード殿下の言葉を最後まで言わせなかった。


揉め事はやめてよ!


ベイルガード殿下はちょっとムッとしたような表情をした。


「だが、王都に張られていた障壁は代々ユリフェンサー家の当主が…」


「あーーーあーーー知りません!」


「……」


恐らく、ベイルガード殿下は今回の件は独断で私の所に来たのだということは分かった。


何故ならばお父様、ユリフェンサー公爵と国王陛下とで、すでにについて話し合っており、お互いに出奔という形を取った…と両親から聞かされているからだ。


だから王都から追い出されたと卑屈になる必要もないし、婚約破棄は悲しいし悔しいことだと思うが、クリュシナーラという存在を否定された訳じゃない。


元々ユリフェンサー一族の爵位はたまたま拝命しただけなのだから…


クリュシナーラに破棄を申しつけた王太子殿下を責めないで欲しい。王族は諸侯と教会の間に立たされて苦渋の決断をしたに過ぎないのだから…


つい先月くらいまで、お母様はホロホロと泣きながらそう言っていた。


そんなお母様も一月経てば、刺繍教室なんて開いちゃって近所の奥様とチクチク刺しまくって、リア充満喫していらっしゃいますがね…


「じゃあ、クールベルグか公爵に連絡を取ってくれないか?」


ベイルガード殿下が私を睨みながらそう言うが、何故私が連絡係をせにゃならんのだ!


「殿下がご自分で連絡すれば宜しいのでは?」


「行方が知れないじゃないか、クリュシナーラ嬢に頼るしかない」


おおっと…そうだった。両親とお兄様はカリータ領のナガーダで潜伏生活。弟は他国の魔術学園に留学中…今の所、連絡が付くのは私しかいない。


でもなぁ…お父様がユリフェンサーの責務はもう終えた。後は隠居生活を満喫するだけだ!と、急に定年退職後のお父さんみたいなことを言い出して、畑をしたいとか庭いじりをしたいとか…船で遠洋まで釣りに行きたいとか…マグロでも釣るのか?な勢いで趣味を立て続けに増やしている最中なのだ。


そんなお父様をまた引っ張り出すのもなぁ…しかも言いだしっぺは王太子殿下だし…


「あのぉ…因みにですが、ここへ来られたのも王太子殿下の独断ですよね?国王陛下にご相談なんてしてませんよね?」


ベイルガード殿下は困ったような顔をしている。


「ああ…父上には言っていない。もうユリフェンサーのことは何も言うな…と言われている。父上は、王都に魔獣が来るのも『魔素の森』に近い王都ならおかしなことではない。今まで障壁があって実感していなかったのだ…王都はいつ魔獣に襲われても仕方のない立地だと…言っている。私もほぼ毎日、魔獣討伐に出ているのだが…森が近い事もあって魔獣の数が多い。そんな時に先日、討伐中に大量の魔素に当たってしまって倒れたので…療養していたんだ」


「ああ、それでこちらに来られた時に体調が思わしくなかったのですね…」


だよね、単独でここに来たのに供もいないのは療養中の隙をついて出て来たのだろうね。


「面目ない…倒れた自分にも不甲斐ないと思う反面、どうして今になって障壁が無くなったのか…と魔術師団の団長に問うてみたら…秘匿だが…とユリフェンサーの能力のことを教えてもらった。王都全土に大規模防御障壁を張ることを請け負っている一族で…初代魔術師団団長の血筋だと…」


ああ…魔術師団長…余計なことを…マグロの一本釣りに行きたいお父様の野望が断たれるっ…!あ、お兄様に頼もうか?いやまてよ?もしかして障壁を張るのに私の知らない一子相伝の技とか必要なのかな?


「頼むっクリュシナーラ嬢!魔術師団長がもし、公爵本人と連絡が付かなくてもクリュシナーラ嬢に頼めばいい、と言っていたんだ!」


おいっ団長のおっさん?!何を勝手に私を推薦してるんだよ!


「どうして私なのです?」


恐々聞くと、ベイルガード殿下はあっけらかんと答えた。


「ああ、師団長がクリュシナーラ嬢が先祖返りの膨大な魔力量の持ち主で、特殊な障壁もアッという間に張ってくれるから大丈夫だ…と言っていたが…頼まれてくれないか?」


おおおいぃっ!何をチートをばらしてるんだよ!先祖返りとか余計な煽りはいらねーんだよ!


「……分かりました、お父様に連絡を取ります。但し殿下御一人で伺っても絶対に会えませんので、暫くここでお待ち下さい」


自分が行くのが嫌で、お父様に丸投げをすることにした。マグロの一本釣りは当分諦めてくれ!


私がそう言うとベイルガード殿下はキョトンとした顔をした。


「ここで…待つのか?」


「私も殿下と同行致します。私が一緒なら多少は話を聞いてくれるのでは…と思います。それより先ずは、殿下…朝食を頂きましょうか?」


そう…先程からベイルガード殿下のお腹が物凄い音をたてて鳴っている。恐らく空腹なんだろうね。


「…!」


ベイルガード殿下は顔を赤くすると、無言で頷いている。


私は市場で買ったパン屋のクロワッサンに、切れ目を入れパストラミ肉と葉野菜を挟み、パストラミ肉サンドとジャムサンドとバターサンドの三種類を作った。ミルクと茶葉をポットに入れて沸かし、茶こしで濾してホットミルクティーも作った。


簡単だが取り敢えずは仕方ない。そうだ、昨日夜食にしようと思って買っていた、魚介の天麩羅もどきも温め直して出そうかな?


果物のジュースもコップに注ぐとトレーに乗せて居間に戻った。


「簡単なものですけど、召し上がって下さい。殿下が召し上がっている間に私、職場に出かけて来ます」


ベイルガード殿下はびっくりしたような顔をしてトレーのごはんと私を交互に見ている。


「えっと…尋ねたいことが沢山あるのだが、食事の準備はあなたが?」


「はい」


「職場…というのは働いているのか?」


あれ?殿下…私が働いているのをご存じないの?


「…はい、この家から近くの食堂で給仕の仕事をしています」


「公爵令嬢のあなたが?!」


あれ?城から私にごちゃごちゃ言いに来る近衛とか侍従とか…何回か来たよね?その人達からベイルガード殿下に報告が行っていないの?


「殿下は私の職場をご存じないので?え~と何度か城から来て、聖女の呪いを解け…とか魔獣を操るのを止めろ?というようなことは言われていますが…」


ベイルガード殿下は顔色を変えた。


「城からの使いだって…?私はここに令嬢が住んでいるとしか聞いてないぞ?その…あなたに直接に呪うのを止めろ…と言ってきていたのか?」


あ…え…と告げ口みたいで嫌だけど、言われたのは確かだし…


「はぁ…まあ、そうですね」


「……そうか、済まなかった。城に戻った際に直ぐに調査して処理しておこう…」


しょ、処理?!何か怖いけど…あの近衛のおっさん達は仕事?で渋々来ていた感じだし…減給ぐらいに留めてあげてよ?


「食事を頂こう…それとクリュシナーラ嬢、職場までは私が送ろう」


「うえっ?!……ゴホン、その…歩いてすぐの距離で…」


私はベイルガード殿下の鋭い目に制されて、言葉の続きを言えなくなった。


ベイルガード殿下の性格には、頑固も追加しておこう。


私は、殿下に一緒に座って朝食をとるように言われたので…天麩羅もどきとミルクティーを頂いた。


命令し慣れている王子様ってこれだからイヤなんだよ…


殿下とふたり、黙々と朝食を食べ…身支度を整えて居間に戻ると………私のお兄様がいた。いや、正確にはお兄様の顔をしているベイルガード殿下がいた。


「なにこれ?え…あ、魔法ですね!へぇ~顔に幻視魔法をかけているのですね…」


兄の顔に変身していると言えばいいのか…そんなベイルガード殿下の顔に近付いてじっくりと眺めてしまった。


「もう…いいだろうか?一応変装しておいた方がいいかと思ってな…この術は自分の記憶の中にあるモノしか再現出来ないので…クールベルグにしてみたんだ」


うわっお兄様の顔から殿下の声が…!違和感が凄い…


まあ…この家の中に殿下をぼっちにしておくのも、不安なので付いて来て貰う方が安心かもしれない。


家を出て玄関の戸締りをすると殿下と共に、村の商店街の中にある『宵闇の雨亭』へと向かった。


店に着いて、裏口から親父さんに声をかけた。


「親父さん~」


すると裏口の木戸が開いてスキンヘッドの親父さんが顔を覗かせた。


「よぉ~おはよう…ん?どうした?」


私の後ろに立つお兄様もどきの王太子殿下を見て、目を細めた親父さん…


「あれ?ニーグ?」


突然、ベイルガード殿下がそう声を上げて顔の術を解いてしまった?!えぇ?


「あれぇ?殿下!?どうしてこんな田舎に?……ん?供がいませんね…家出ですか?感心しませんねぇ…」


親父さんとベイルガード殿下のやり取りに、ああ…そう言えば親父さんの名前、ニーグさんって言うんだっけ、親父さん元軍人だと聞いているけど…


「家出じゃないっ!この……女性の兄と知り合いなんだが、連絡のつきにくい場所にいるとかで、案内をお願いしようかと…少しの間、彼女を借りてもいいだろうか?」


私が親父さんに言おうとしていた言い訳と、ほぼ同じ意味合いの言葉を親父さんに伝えてしまった、ベイルガード殿下。親父さんは私とベイルガード殿下を交互に見て


「まさか駆け落ち…じゃないですよね?」


と言ったきた。


「違いますっ!」


「違うっ!」


奇しくも殿下と同じタイミングで同じ言葉を叫んでしまった…恥ずかしい。


「ちょっと殿下…うちのシナーデちゃんに手なんか出してませんよね…?」


こらぁ親父ぃぃ?!


「ニーグはすぐに卑猥なことばかり言うんだなっ近衛を止めても相変わらずだっ!」


「近衛っ?!」


思わず近衛の言葉に反応してしまった…このスキンヘッドが近衛だと?近衛と言えば城勤めの男子憧れの花形の職業…入団には顔の審査もあって近衛は美形しか存在しない…と言われている。いわゆる異世界で言うお城の『アイドル』なのだ。


その近衛?この禿げ……スキンヘッドの親父さんが?


「……おいっ?今、シナーデちゃんから胡乱な目を向けられているのは気のせいかな?」


「ニーグは若い時は近衛の団長をしていたんだ、メイド達の間で一番人気だったよ」


「嘘だぁ……あ……ぁ…すみません親父さん…」


殿下の言葉に反射的に反論しかけて、スキンヘッドの親父から禿げ……激しく睨まれてしまった。


「もう分かったよっ休んでもいいよっ!シナーデちゃんは殿下とヨロシクやっておいでよ!」


禿げ……親父さんに拗ねられてしまった。


取り敢えず、こちらに戻って来た時にはベイルガード殿下に親父さんとの間に入ってもらって取りなしてもらえそうだね。


という訳で、両親と兄の潜伏先であるナガーダに向かうことにした。

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