呪いなんか知らねーよ

今日も働いたー!労働の後の酒は堪らんねぇ~


「くぅぅ~沁みる!」


「シナーデちゃん、今日はあがりかい?」


「はい、今日は早出だったんで~お先です!」


調理場のお兄さんにそう言って笑いながらジョッキを掲げて見せた。


夜の営業前に、自身の働き先の『宵闇の雨亭』で一杯、ひっかけていた。まだ日の高い時に飲むお酒って、ちょっと気分が高揚するのは何でかねぇ~魔獣鳥の炒めを酒のアテにしながら、沈む夕日を窓越しに見ていた。


夕日を見ながら…先程、王都から来たというおじさん達の話を思い出していた。


一昨日、王都の繁華街の中まで小型の魔獣が出没したというのだ。おまけに魔獣の浄化をしようとした聖女が


「力が出ない?!ああ…ああ…クリュシナーラが私の聖なる力を呪っているのだ!」


とかなんとか?を大衆の前で叫んだらしい。聖女を呪うって魔王とか魔神の域じゃないかな?それで私…クリュシナーラ=ユリフェンサーを捕らえろ!絞首刑にしろ!なんて街中で騒いでいた…らしい。


こりゃマズイかな…いくらなんでも、庶民の私がこの世界の国家権力に抗えるか?…いや、無理だな。かと言ってニジカ=アイダの言いがかりで絞首刑なんて、絶対に嫌だ。


それにしてもあの子は相当な馬鹿なんだろうか?もし、私が聖女でも呪えるような稀代の魔術師だった場合、殺しちまったら自分達が逆に私に呪い…つまり祟られるとか考えないのかな?


「マジで末代まで祟ってやろうかな…クヘヘ…」


ああ、ウザッ!心底ウザッ!……しかしもっとウザくなりそうなことに気が付いた。まだ私達ユリフェンサー一家が追い出されてから一ヶ月と半月くらいしか経ってないのに…ステライトラバンの王都の衰退ぶりが半端ない。


これ…このまま行ったら勝手に王都滅亡?とかしてんじゃないかな…滅亡するのも私の呪いとか言い出しそうだな滅亡の呪い…〇ル〇…ウケる。


でもな……フト、王太子殿下の顔が浮かんだ。私に婚約破棄を言った時の顔、辛そうだったな…あの子、真面目なんだよね。もう廊下とか歩いていて九十度の角度で角を曲がりながら移動…みたいな超真面目な子。


私が彼と婚約して、たった一ヶ月での婚約破棄となった。その間にふたりきりで話せたのは二、三回くらいかな?正直、個人的に親睦を深めている時間は無かった。


お父様とお兄様の話じゃニジカ=アイダにご神託が降りて


「クリュシナーラ=ユリフェンサーと婚約破棄を、そしてユリフェンサー公爵家を消さなければ王太子殿下に厄災が降りかかる!」


とか、言ったらしい。それ…イタコとかじゃないのか?聖女に神が降りるんだ、シャーマンだね、へぇ~


それを貴族間で話し合い、聖女のご神託は絶対だ!とか他の公爵家とかその他諸々の諸侯から賛成されてしまい、私と王太子殿下の婚約破棄が決まったらしい。


まあ婚約破棄に賛成していたのは、自分の娘を次期王子妃に推したい貴族達だろうね~


知らんけど?


まあ喪女のご神託イベントは兎も角としても…そこに政治的な思惑が絡んでしまいユリフェンサー家は没落したというのが真相らしかった。


王太子殿下は全部知っていたからこそ、あんな辛そうな顔をしていたのか…ということは、コレが理不尽なことだと理解はされていた…という訳なんだよね。


まあ国の次期トップが良識ある方で良かった…と思うけど、今の魔獣の大暴れや王都の荒れっぷりを見るにつけて、王太子殿下なにやってんの?とは思う。


「シナーデちゃんそろそろ夜の営業始めるよ~」


「は~い、ご馳走様でした!ではお先です!」


店の親父さん(スキンヘッドの元軍人)にお礼を行って店を出た。商店街で夜食を買って帰るかな~


そうして惣菜を買って、ほろ酔い気分で自宅に帰って…玄関扉を開けた瞬間、私は誰かに羽交い締めにされていた。


「っ…うっ…」


私の口を押さえているのは、男だ。押さえる腕の力も強い。一瞬、攻撃魔法を唱えようと思ったが魔質を視て…この男の正体に気が付いた。


殿下…ベイルガード殿下、ステライトラバン王国の王太子殿下ベイルガード=ステライトラバンだ!


「……声を出さないでくれ…」


私は頷いた。口を押さえていた手が除けられた。私は後ろを振り向いた。ベイルガード殿下から殺気は感じられない。


すぐに家の周りの魔質を探る……どういうこと?殿下は一人でここにいるの?


「クリュシナーラ……」


ベイルガード殿下は突然、床に膝を突かれた。


「済まなかった…ステライトラバン王国の王族として…ユリフェンサー家に何の非も無いのに…」


ひえぇぇ…殿下は顔色が悪い…魔質もぶっ倒れる寸前の病人みたいな魔質になっている。こんな体調の時に何故ここにいる?!


「殿下っやめて下さい!分かってます…分かってますから!」


私は不敬を承知で殿下の肩に手を触れた。了承を得ずに治療行為をするのは、禁止されているけれど…私は正式な治療術師じゃないし…と心の中で言い訳をしつつ治療をした。


ゆっくりと殿下の体の中に魔力を流し込んでいった。


「…っ!」


殿下は驚いたように顔を上げて私を見た後…フラリと体を揺らして倒れた。


倒れてしまった?!


慌てて殿下の脈を診る。…うん、大丈夫だ。殿下の魔流を診るとまだ少し乱れてはいるが、問題ないだろう。


しかしステライトラバン王国の王太子殿下を床に転がして置く訳にもいかない。殿下の体に重力無効化魔法をかけて、王太子殿下を姫抱っこして、寝室まで連れて行った。


ベッドだけは大きめサイズのものにしておいて良かった…殿下の羽織っていたロングコートを脱がして、シャツの釦を少し緩め…靴を脱がしてからベッドに押し込んだ。


魔法があって良かった…こんな大人の男の人を一人で抱えて動かせないもの…


それにしても、今…殿下がぶっ倒れたのに誰も駆け付けて来ない。私が気が付かないだけで隠密?みたいな人が護衛に付いて来ていると思っていたのに…


やだ、本当に一人でここへ来たの?


おたくの王子殿下、ぶっ倒れて家にいますけど?……って誰に連絡すればいいの?まさか追い出されたユリフェンサー家の私が言うのも変だろうし…誤解されて捕まるのは困る。


……まあいいか。


ベイルガード殿下が目覚めるまで置いてあげようか。それに体調も悪いみたいだしね。病人で意識不明の人を叩き出すほど私も鬼じゃない…でも私ってニジカ=アイダ曰く、聖女より強いらしいけど?


あらやだよ~また心の中とはいえ聖女に暴言吐いちゃったよ~まぁた聖女を呪っちゃうかもぉ~オホホ…


ベッドで眠るベイルガード殿下の額に手を置いた。熱は無い…殿下にしっかりと掛け布団を掛け直して…予備の布団を衣装棚から出すと、私は居間のソファに座った。


酔いが醒めてしまった。洗面所に行って顔を洗い…風呂は面倒なので今日は止めて、自身の体は洗浄魔法で済ませた。


聞きたいことは山ほどあるけれど、明日にしよう。私はソファに横になると目を瞑った。


翌朝


魔力の気配を感じて飛び起きた。自分がどこにいるのか一瞬分からなくなる…居間?居間…あっ!


慌てて立ち上がると寝室に飛び込んだ。


「で…!」


ベイルガード殿下は下着姿だった。かろうじて下履きは履いていた、助かった…


「なっ…なぁ!?」


「すすすす、すみませんっ!」


慌てて寝室を出て扉を閉めた。


暫くすると、寝室の内側から扉が叩かれて…ソッとベイルガード殿下が顔を覗かせた。


「クリュシナーラ嬢…世話になった。訪ねてきておいて倒れるなど…恥ずべきことで…」


くはぁ…やっぱり殿下はクソ真面目だ!


髪は濃紺色でちょっと癖のある感じの髪質ですっきりとした短髪、顔は言わずもがなの美形、少しきつめな印象を与える切れ長のサファイアブルー色の瞳。


ベイルガード殿下は寝室から出てくると、私に向かって廊下で膝を突いた。


またですかっ?!


「このような醜態を見せておきながら…それでも…」


「わああっ!?いいですいいですよ、もう…その今更ですし…」


ベイルガード殿下は私を見上げて泣きそうな顔になった。


「殿下、こんな田舎まで供も付けないで危険ですよ?本当に謝罪だけが目的ですか?」


そう、ユリフェンサー元公爵家が王都を出て既に一ヶ月以上は経っている。謝罪だけならもっと早く来れるはずだ…何か理由があるのかな?


昼間に聞いたおじさん達の話を思い出した。


まさかニジカ=アイダに命令されて私を殺しに来た…とか?


ベイルガード殿下は目を泳がせた。そして暫く黙っていたが、話し出した。


「城では…誰にも相談出来なくて…以前、話をした時のクリュシナーラ嬢の話を思い出して『一人では出来ないことも助け合えば出来ることがある。それは私もそうだし、殿下もそうですよ』…それが頭に残っていて…あなたに相談しようと、城を出て来た」


あ……婚約していた時にちょっと会った時に言ったアレか…あの時はこのまま殿下と結婚するかもしれないと思って、王子殿下でも将来の旦那、一緒に頑張ろうぜ!という意味を込めてそれを言ったはず…


ベイルガード殿下はそのまま言葉を続けた。今更、話は聞かねぇ!と言い出せない雰囲気だ…一人で城を出て相談って余程周りが信用出来ないか、それか相談し辛い内容なのか…


「聖女、ニジカ=アイダの神託により…クリュシナーラ嬢との婚約破棄とユリフェンサー公爵家の追放が決定されたものの、私は納得がいかなかった。少なくとも私の目にはユリフェンサー公爵家が私に害を成す一族ではないと思っていたし…今もそう思っている、それに王都から出る前にクールベルグにも言われた」


クールベルグ…ってお兄様じゃない?!


「『神殿が界渡りの聖女として認めたことを疑う訳じゃないが…この世界の創造主、ビィブリュセル神がそんな俗世っぽいご神託をするものだろうか?世界規模の悪の根絶を指示するならまだしも、一つの公爵家を名指し?ベイルガード…気を抜くなよ』クールベルグはそう言って王都を去った。私はクールベルグの推察が正しいと思っている」


「あの…殿下は兄と親しいので?」


「…ん?ああ、同い年だし表立って親しくしていた訳ではないが、クールベルグの言うことは理に適っているし、ためになることばかりだ。それにあいつは温厚だし、話していても疲れない」


お、おう…そうか、私ってば勝手に同い年だしライバル関係だと思っていたけど、違ったんだ。そう言えばお兄様も真面目で温厚、この王太子殿下も真面目で温厚…感情のぶつかりようがないか…


「あなたとの婚約破棄が決まりユリフェンサー公爵家が王都から出奔し…数日も経たない間にもう次の王太子妃候補の選定が始まった」


「はぁ…そうでしょうね」


そりゃそうだね、次は自分の娘を売り込まなきゃ!と貴族の親ならまずはそこを頑張るよね。


「するとニジカ=アイダが急に怒り出したんだ…」


「怒る?」


「ベイルガード様は私と結婚するのだから!と…」


「えっ?聖女様と?……え~と…因みにベイルガード殿下は、聖女様と名前を親し気に呼びあう仲でし…」


「断じて違う!」


私が聞き言い終わらないうちに、ベイルガード殿下から被せ気味に否定された。


因みに、この世界の美醜の基準は前の世界とほぼ同じ基準だと思う。


私と殿下の住むステライトラバン王国では恐らく、この目の前の王太子殿下とかうちの兄とかが一般的に美しいと称される美形だ。


こう言っちゃ身も蓋もないが、ヒラメ属胴長短足科の喪女村のご出身のニジカ=アイダは平凡の極みなご容姿をお持ちの方で在らせられる……


あ…それにもっと決定的に違うというか、聖女が聖女たる所以は…


「確か聖女は穢れなき純潔の女性でなければならない…と謂れてますよね?」


「そうだ、だからこそ神の寵愛を受け聖なる魔法を行使出来るのだ…それを聖女が婚姻?しかも私と?何を言っているのか…私もそうだが、貴族…神官…皆、唖然とした。そうしたら父上…国王陛下がこう言ったのだ『聖女が純潔を失くせば只人ではないか…それでは正妃は務まらない』…まあ父上の言う事はもっともだよ。それから後は…クリュシナーラ嬢もご存じかもしれないが、魔獣が出たらクリュシナーラ嬢のせい、聖なる魔法が使えないのはクリュシナーラ嬢のせい。それに……王太子妃候補の選定が終わって、ムレシアル侯爵家に打診をしようとしたら…」


「…したら?」


「ムレシアル家はクリュシナーラ嬢が呪いをかけていて、令嬢は子が成せない!正妃には無理だとご神託があった…とニジカ=アイダが言い出したのだ」


もう、何でもありだな!取り敢えずなんでも、『クリュシナーラのせい』って言っとけばいいでしょ?が透けて見えるわ!ニジカのばーか!ばーか!ばーか!


あれ?思いっきり聖女様を馬鹿にしちゃったかな?私ってば神罰下っちゃう?


……馬鹿馬鹿しいわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る