言わぬが華

浦 かすみ

第一章

あんた達が要らねーと言ったんだよ?

私は十七才の今の今まで、普通に生活してきたんだよ。そりゃ人よりちょっぴり不幸かな?と思うことはあったけど、世の中にはもっともっとご苦労をされている方は沢山いるし、私の境遇は格別に珍しいことでもない。


不幸自慢したって、貧乏から脱却は出来ない。働くのみだ、それにまだ働き口があるだけマシだ。


都会…この国の王都、ホスマートじゃ失業率が高いらしいし物価も高騰していると聞く。ここがド田舎で良かったよ、都会の不況の煽りを受けないで済んでいる。


そんなステライトラバン王国のド田舎、カリータ領の小さな食堂で昼定食を運んでいる私の前に、デカイおっさん二人が立ち塞がっている。


面倒くさい。今ね、仕事中なんだけど?


「何か御用ですか?お食事ならお席にご案な…」


「お話があります。クリュシナーラ様」


何事だよ?今は、シナーデと名乗ってるんだけど?


私が睨み上げても動じないおっさん二人。溜め息が漏れる…


「あんた達も仕事だものね。言われて渋々来たのは承知しているわ…でも私も仕事中なの。後2時刻後にもう一度来て下さい。仕事の後にお話を聞きます」


おっさん達は顔を一瞬引きつらせた後、ゆっくりと店を後にした。


「シナーデちゃん、どうしたの?」


奥のテーブルで昼定食を食べていた近所のおじさんが、声をかけてくれた。


「あ~いやなに、この村の役場がどこかって聞かれたのよ」


私がそう答えると、おじさんは笑顔で頷いて、再び昼定食を食べ出した。


さて…城からの使いのあの二人、何を言われて来たのかな?


きっかり二時刻後に現れたおっさん二人を伴って、食堂の裏手の小高い丘に上がった。町の中で騎士っぽいおっさんと対面で話している所を領民のおばさまに見付かったらどんな噂を立てられるか…考えただけでも恐ろしいわ。


丘を登り切って、沢が見える辺りでおっさん二人を顧みた。


「それで何か御用なの?」


おっさん二人の内の、年嵩の方のおっさんが話を始めた。


「魔獣が王都の近郊まで出没するようになりました」


「はぁ…」


いきなり何の話よ?まあ暫く聞いてあげようかね…それで?


「ニジカ様がこんな騒動を起こしているのはクリュシナーラ様だと言っておられます」


アホか


こんな王都から馬車で一週間もかかる距離に住んでいる私がそんなアホらしいことに労力と金をかけなきゃならんのさ…


「ニジカ…って馬鹿なの?」


「くっ…口を慎め…いや、その…」


若いおっさんの方が私を怒鳴りかけてモゴモゴと小声になった。気持ちは分かるわ~私に対してどうすればいいのか分からないのよね。


「毎度毎度言っているけど…私、暇じゃないのよね。毎日働かないとやっていけないし、あんた達に構っている暇は全然無いの、分かる?お金持ちでお貴族様のあなた達に庶民の生活を訴えた所で心に響かないことは重々承知しているけれど、魔獣が出るなら退治すればいいじゃない?魔獣の巣を探しなさいよ。そもそも何故魔獣が王都まで近付いて来ているのか…原因を探れば?こんな所で私に八つ当たりしたって魔獣は減らないでしょう?」


おっさん二人はぐうぅぅ…と低く唸った。


「王都に張られていた障壁が……無いのだ、消滅した原因が分からないのだ!王都にかかっていた複数の浄化魔法も…消えている。ニジカ様の聖なる魔法も効かないと訴えられている」


「聖魔法って聖女だけの特別な浄化魔法だっけ?使えないの?」


「ニジカ様曰く、クリュシナーラが魔法を使えなくしている…と」


「神の寵愛の証の聖女を封印出来る魔法なんて…私が知りたいくらいだわ~」


「ぐ…っ…クリュシナーラ様、王都にお戻り頂けませんか…」


「戻ってどうするのよ?私の実家って取り潰されて無いじゃない。王太子殿下が取り潰せと言ったんじゃない。それとも何?魔獣を呼び寄せた罪だとでも言うわけだ。いやー私ってば凄いわね~魔獣も自由自在に呼べるんだ~って、そんな訳あるかっ!」


「ぐ…っニジカ様が、自分にかけた呪いを解けば罪には問わないと…」


「どんな呪い?ここでニジカの悪口を言った呪い?それくらいで封印できるなら私、今頃世界一の魔術師ね。それなら食堂の給仕辞めて、魔術師協会に入ってるわ…本当馬鹿馬鹿しい…ホラッ帰った帰った!あんた達が王都から出て行けと言ったから出て行ってやったのに、こっちに構うなって言うの。いいこと?ニジカ様に伝えて頂戴。自分で何とかしろ!こっちは婚約破棄までされて実家の公爵家まで潰されて、一人で田舎まで逃げて来てやっ~と生活している元公爵令嬢の今は庶民の女だ。あんた達とは関わりの無い世界で生きているんだから、ほっといてくれ!」


おっさん二人は渋々その場を去って行った。きっと何の成果も得られないまま王城に帰ってもニジカにめっちゃ怒られて当たられて…減給させられて…とかあるのかもしれない。


知らんけど?


ニジカ=アイダ…異世界から来た聖女。神の加護、寵愛を受けて聖なる浄化、治療、洗浄…などの聖魔法が使える唯一無二の聖女……らしい。


知らんけど?


恐らくだが、アイダ(相田?会田?) ニジカ(虹花?)さんは私と同じ島国、日本出身の異世界からの転移者だろう。ニジカの顔を見りゃ分かる、ヒラメ属胴長短足科の生き物で、普段の彼女の言動から喪女村のご出身と見ている。


要するに、ニジカは色々拗らせていて、聖女の私は主人公!と思い込んでいる節がある…


馬鹿も休み休み言え。


因み私は転移ではなくて、転生の方だと思う。そして彼女が聖女で主人公なら私は稀代の魔術師…であくまで主人公様の言葉を借りるなら、敵キャラの悪役令嬢…らしい。


嫌ぁもう全然…知らんけど?


ニジカの聖女の力…とやらはどれぐらいの浄化能力があるのかは知らない。私が以前、彼女の魔力保留量を目視確認した限りは……魔力の方は全くなかった。つまりは体にあるのは聖なる魔法だけだと思う。


全く以て知らんけど?


兎に角、ニジカ=アイダは「婚約破棄をしてざまぁ」というイベントをなんとしても起こしたかったようだ。本当に馬鹿だよ。


婚約破棄→公爵家取潰し→一家追放。字で書くと四字熟語みたいな簡単明瞭な事のように感じるけど、そこには面倒な手続き引継ぎ…はい、じゃあバイバイ!とはいかない後処理があった。


それを公爵家に一切させないで、着の身着のまま私達家族を王都から追い出したんだ。今頃、慌てられても逆にこっちが困るわ。


私の実家の公爵家、ユリフェンサー家は潰される前は大変に堅実な領地運営を行なっていた。領民に対する福利厚生も充実していて、公的医療保険や年金制度、預貯金制度…異世界の知識をフル活用した制度を使いまくって、ぶっちゃけ王族より領民の信頼の厚い領主だったと自負している。


そんな領主を王太子殿下と婚約破棄したから、娘共々追放します…なんて領民が認めるわけがない。


実は両親と兄弟は領民の方達に手厚く匿われて、現在はナガーダと言う街でヌクヌク潜伏生活をしているのだ。まあ潜伏と言っても「マリタ商会」という大陸全土に支店を持つ大商会の顧問という形で父と兄はコッソリと働いているのだ。


商売や経営戦略は勿論、私の異世界のノウハウを伝授している。元々父も兄も才覚のある方々だから、私の想像以上に儲けてしまったが…それも聖女と王太子殿下に目の敵にされる原因かもしれないけど、それも今更だ。


それともう一つ、私の兄はとんでもない美形だ。そして魔力量も多く、運動神経も良いときたもんだ。王太子殿下と同い年で容姿と学歴等々で常に王太子殿下の前に、立ちはだかってしまった兄様。


兄の性格は真面目で温厚。実兄ながら欠点はあるのか?と思っているが、手先が不器用なのが欠点と言えば欠点になるだろう。


この兄の存在も王太子殿下の嫉妬心を煽ってしまったのだと思う。


それは兎も角、マリタ商会から顧問料を頂いているし…実は私も働かなくてもよいのだが、体に染みついた労働階級の性とでも言うのか…つまり何かしておかないと不安になるのだ。だから食堂で給仕の仕事をしている。給仕のお給料と顧問料で独り暮らしでも生活できるし、別に問題は無い。


問題は時々ああやってニジカ=アイダが言いがかりを付けて来ることぐらいか?


勝手に叫んでろ…


聖女なら魔獣を追い払えばいいし、最近高くなっていると言われている王都の所得税と住民税の問題とか、福利厚生が不十分だとか…物価が高い…と色々と目を向けなきゃいけない所はあるだろうさ。


カリータ領うちを見習えっていうんだ…」


そう…カリータ領、元ユリフェンサー公爵の自治領…しかし何度思い出してもおかしいね。私と婚約破棄を決めた王太子殿下が


「カリータ領を没収する」


と言った時に実は、うちの家族と使用人達は既に没収に関してある程度の準備をしていたのだ。領地運営に関する重要書類は事前に持ち出して、マリタ商会に隠していた。そして少しずつ宝石類も換金しており、現金化して同じくマリタ商会に持ち込んでいた。


その夜逃げ同然に逃げ出した公爵家の後に…ニジカ=アイダと領地運営代理の役人が領地に乗り込んできたのだ。


うちの使用人は執事のリバス以外はすでに、私達と共に逃げ出してマリタ商会に行っているのも知らないで吞気にやって来たニジカ=アイダは家がもぬけの殻なのに仰天していたらしい。


そして代理人に必要な書類を出せと言われた時に執事のリバスは


「書類は全部、公爵が焼却処分してしまいました」


とサラリと嘘を言ったらしい。そして…


「私も次の就職先が決まっておりますので、ここで失礼します」


とサラリと言って公爵家を出て来たそうだ。慌てたのはニジカ=アイダ達だった。屋敷は誰もいない…おまけに公爵領の領地運営の書類は焼失…


ニジカ=アイダ達が領地に出て、領民達を威圧的に脅しつけても


「税金はいつも国の役人が取りに来ているから詳しくは知らない」


と言ってニジカ=アイダ達を追い返したらしい。そう…領民も一丸となってニジカ=アイダ達に反抗してくれていたのだ。しかし領民達にとってもこれは有難い状況になったとすぐに気がついたみたいだ。


何故なら国税として納めていた諸々の税金の徴収が無くなる代わりに、マリタ商会を隠れ蓑にした旧カリータ領の独自の地方税を払うだけになったので…今までの税金より半分くらいの納税額で済むことになったのだ。


そして公共事業は領民の嘆願(仕事依頼)を受けてマリタ商会が受注、工事を行っていることにして、堂々と河川の修復工事をしたり橋をかけたり、港を整備したり…普段の生活は旧カリータ領の時と何ら変わりない毎日を送る。


この自治領並みのマリタ商会と、高い税金を納めなければいけないステライトラバン王国を天秤にかけて、どちらを選ぶかなんて火を見るよりも明らかだった。


領民はカリータ領を守る為にニジカ=アイダ達の呼びかけには一切応じていないらしい。ニジカ=アイダも騒いで威張り散らしている代理の役人達もうちの領民から個別に税金を徴収したいものの…もう払っていると言われ、しかも隣のローイマル侯爵領の受領印入りの納税書を見せられて何も言えないらしい。


あ、隣のローイマル侯爵領はうちの味方です。(母親の実家)


今、現在…ステライトラバン王国の中で一番財政難なのはぶっちゃけ、王都のホスマートだと思う。物価が高いから都民は地方に出てしまうらしいし、税金や土地代だけは王国一価格だというのも都会離れの要因の一つになっているそうだ。


さあて、自称物語の主人公様のニジカ=アイダはこの難局をどう乗り越えるのかしらねぇ…


と、遠ざかって行くおっさん二人…王太子殿下の侍従と護衛を見送りながら私は内心ほくそ笑んでいるのだった。

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