オリジナル (テーマ:プレゼント)
やはり、来るべきではなかったのかもしれない……演奏を聴き流しながら、私は小さくため息をついた。突然届いた差出人不明の郵便物、その中に入っていたのはあるミュージシャンのライヴチケットだった。不審に思いながらも会場に足を運ぶ気になったのは、それがちょうど一年前に逝ったユウジの最も尊敬していたミュージシャンのライヴだったからだ。確かに素晴らしい演奏なのだろう。だが、彼の事を否応無く思い出させる楽曲に虚しさが募っていく。ここに私の求める歌はない。この世に誕生する機会を奪われてしまったあの歌以外の何がこの心の渇きを癒せるというのだろう。答えを見つけ出せない今の私は、果たして生きるに値する存在だろうか。
「誕生日には、僕のオリジナル曲をプレゼントするよ」
そう言って笑った彼の、はにかんだ笑顔が今も忘れられない。プロを目指すストリートミュージシャンだったユウジと私は、運命とも呼べない些細な偶然で出会った。日々の仕事に追われながら毎日を過ごす私は夢に生きる彼に惹かれ、彼は生々しい現実に疲れた私を優しく受け止めてくれた。半同棲のような、甘ったるくも幸せな日々。夢を語りながら一つのベッドで抱き合いながら眠る時、いつも私の子守唄は彼の鼻歌だった。その未完成のメロディこそが、彼のオリジナル。記念の日に贈られるはずだったその歌の完成を、その時の私は少しも疑ってはいなかった。
そして約束の日。私の誕生日。いつもの駅のロータリーに駆けつけた私が見たものは、血溜まりに倒れこんだユウジの、無惨にも変わり果てた姿だった。なんでも酔っ払い同士の喧嘩の仲裁に入り、いきなり刺されたのだという。一瞬にして奪われた、幸せな日々。虚無にも似た喪失感に私は打ちのめされた。完成していたであろうあの歌は、彼と共にもう手の届かない所へ行ってしまったのだ。
「それでは、最後の曲です」
ステージ上のミュージシャンの声に、はっとして顔を上げた。心臓が跳ね上がり、足がガクガクと震える。その聞き覚えのある、懐かしい声は……そんな、まさか。だけど、ステージの上でギターを抱え、優しい眼差しで私を見つめる彼を見間違えるはずはない。間違いなく、あれはユウジだ。憧れていたスポットライトの中、彼が静かに歌いだしたのは、懐かしいあのメロディ。完成していながら、彼と一緒に葬り去られたはずの、私のためのオリジナル・ソング。
優しく奏でられるバラードが胸を揺さぶり、心と体に温かい何かがゆっくりと満ちて行く。彼と過ごした幸せな日々が甦り、とうに枯れ果てたと思っていた涙が頬を伝って流れた。この温かささえも私は忘れてしまっていたのか。曲が終わり、拍手に包まれながら消えていくユウジが最後に見せた晴れやかな笑顔は、傷つき疲れ果てた私にもう一度生きていく勇気を与えてくれた。
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