夜釣り (テーマ:ネット)

 友人たちと夜釣りに出掛けた。

 25号の天秤を仕掛けた投げ竿を彼方の暗闇へと力の限りブン投げておいてもう一本、万能竿のぶっこみ仕掛けをヘッドランプにうっすらと照らされた、黒々とした波間へと落とし込む。ウキは使わず、竿を伝わってくるアタリだけを頼りにひたすら、待つ。

 風はほとんどなく、海はベタ凪ぎ。まだ春先の、吹きっさらしの波止にいるというのに妙に温かい夜だった。ぶっこみの方にはなかなかアタリが来なかったが、投げの方ではアナゴを数匹釣り上げることができた。サイズは小さいが、なんとか食える大きさではある。やはり天ぷらがいいだろうか、などと考えていたその時、

「おい! でかいぞ!」

 と、友人の一人が大声を上げた。見ると、ヘッドランプの光の中で投げ竿がグンとしなっている。根掛かりでない事は徐々に巻かれていくリールが証明していた。やがて興奮気味の彼の足下、波止の縁で何かがバシャンと跳ねると皆に緊張が走った。かなりのサイズだ。

「玉網だ! 玉網!」

 私は自分の竿を放り出して、夜が明けてからチヌを狙うと宣言していた友人が用意していた玉網に飛びついた。スルスルと伸ばしたそれを、何かがバシャバシャと跳ねるラインの先の海中に向かって差し伸べると、私の手元にもズシリと重みが伝わってきた。掬い上げた! ……つもりだった。だが、玉網を上げてみたら中にあるべき魚影はなく、彼の仕掛けの先には何も掛かってはいなかった。

「チクショー! バレやがった!」

 まさか、そんなはずはない。玉網はしっかりと獲物を捕らえていたはずだ……信じられない思いで中を覗きこむと、何やら半透明の、ドロリとした大量の粘液がネットに付着している。クラゲだったのか? いや、すぐに千切れてしまうクラゲが釣り針に掛かることなどは考えられない。だとしたらいったい……

 首を捻っていると、何かが玉網からベチャリと滴り落ちる音がした。粘液の塊だろうと思って見下ろした瞬間、私は驚愕のあまりに言葉を失った。僅かに白濁した粘液に包まれながら、ヘッドランプの明かりをギラリと反射したそれは拳大の眼球だったのだ。私を見上げる、明らかに人間のものでも魚のものでもありえないそれが半透明の膜で瞬きをした瞬間、思い知らされた。海とは我々の理解の及ばない、何者かが確かに存在する魔窟なのだということを……

 その眼球を、原型を留めぬほどに踏み潰してから私たちは逃げるように釣り場を後にしたのだが、そんなおぞましい経験をしながらも誰一人として懲りている様子はないようだった。後日、顔を合わせた私たちは早速次の釣行を計画し始めている。

 ……きっと、それが釣り人という人種なのだろう。

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