道頓堀有情 (テーマ:雨)

 突然郵送されてきたレコード会社の封筒に、1枚のシングルCDが封入されていた。和服姿の美人が微笑むジャケットに書かれたタイトルは「道頓堀雨情(とんぼりうじょう)」。どこからみても、確実に演歌だ。

 何かの懸賞にでも当選したのだろうか? 全く心当たりはないが、宛名は間違いなく僕の名前だ。演歌などに興味はないので嬉しくもなんともないのだけれども……などと考えていると、便箋が同封されていることに気付いた。一読して驚いた僕は、思わずジャケットをしげしげと見返した。化粧や髪型、和装のおかげですぐには気付かなかったが、そう言われれば、確かに面影がある。彼女は高校時代に付き合っていた、僕の元カノだったのだ。

『お久しぶり、へへ~驚いた?』と、まるで演歌歌手らしからぬ書き出しで始まる手紙には高校卒業後、幾度かのオーディションやレッスンを経てデビューするまでの経緯が簡潔に書かれていて、最後には『営業で各地を巡業してるから近くに来たら観に来てね、絶対だよ!』と締められていた。

 後日、手紙に記載されていたメアドに『デビューおめでとう! ヒットするといいね!ゆうせんにもリクエストするよ』と送っておいたのだが、数日後、こんな返信が届いた。

『応援ありがとう! 連日の営業頑張ってま~す……といいたいところなんだけど、何故かどこに行っても雨なんだよね~。雨の歌なんて歌うからかな? お客さんは集まらないし、デパートの屋上は中止になるしでもう最低。レコード会社の人も頭抱えちゃってるぐらい。次は雨の歌じゃなければいいな。次があれば、だけどね』

 軽い口調だったが、なんだか彼女の苦悩が垣間見える気がして少し胸が痛んだ。約束通りゆうせんにリクエストもして僕なりに応援もしたのだけれども、「道頓堀雨情」は話題にならず、その後は彼女の名前を見ることはなかった。気が付けばタレント事務所のHPに掲載されていた顔写真さえもが、いつの間にか削除されていた。

 あれから1年後、今度はエア・メールが届いた。

『お久しぶり。私は今、中東でボランティアをやってます。自分でも不思議なんだけど、私があの歌を歌うと必ず雨が降るみたいなんだよね……結局クビにされちゃったし、だったら水不足の国でお役に立てないかな~、って。気候が違うからさすがに100%の確率では無理なんだけどね。……歌手にはなれなかったけど、生き甲斐を見つけることが出来て幸せです。いつか、私の歌を聴いてください。あ、その時は傘を忘れないようにね(笑)』

 同封されていた写真の、日に焼けた彼女はとてもいい笑顔をしている。振り仰げば真夏の空。同じこの空の下で、彼女は今も歌っているのだろうと思うと、なんだかとても愉快な気分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る