道場にて (テーマ:スポーツ)
久しぶりに稽古をつけてやるかと思い立って、俺は防具と竹刀を背負って母校の道場へと足を運んだ。剣道部の黄金時代を築いた俺達だったが、その後を継いだ後輩達の活躍が今ひとつパッとしない。大会前に一発、気合を入れてやる必要があるだろう。
ところが来てみると、どうも様子が変だ。念のため事前に連絡を入れて練習があることは確認しておいたのだが、気合の入った声も竹刀を打ち交わす音もなく、道場はシーンと静まり返っている。不審に思いながらも靴を脱ぎ、正面の額に向かって一礼してから道場に上がると、きちんと防具に身を固めた部員達が、なぜか奥の壁に向かって整列していた。
軽く声を掛けてみたが、完全に無視。何をやっているのかは知らないが、先輩である俺が入ってきたというのに誰一人として挨拶どころか振り向きさえしないとは何事か。一喝してやろうと、列の真ん中の奴の肩を掴んで「おい!」と強引に振り向かせてやった。
その途端、そいつは崩れ落ちた。面が床にぶつかる「ゴトン」という音が虚ろな道場に大きく響く。だが俺が思わず後ずさったのはその音に驚いたからではなく、まるで脱ぎ散らかしたかのように、防具一式と道着、それに袴が俺の足元に散乱したからだ。そして、確かに掴んだ手応えがあった筈なのに、肝心の中身がそこには存在していなかった。
「な、何だよ!これ!」
上擦った俺の叫び声に反応したのか、残りの奴らが一斉に、それも寸分のズレもなく同じタイミングで俺の方へと振り向いた。その動作そのものもかなり異様だったが、こちらを向いた奴らの面の奥を見た瞬間、俺は恐怖の余りに絶叫し、防具も竹刀も放り出して道場から逃げ出していた。面の中にあるべき顔はなく、ただ黒々とモヤのような何かが渦を巻いており、その中から明らかに人間のものではない、血走った双眸が俺を睨みつけていたのだ。
道場から飛び出したところで、補習を終えて道場へと向かう後輩達と遭遇した。彼らに今、中で見たものの話をしたが「またぁ、冗談ばっかり」と取り合ってもくれない。第一、まだ道場の鍵すら開けていないというのだ。戻ってみると、確かに扉は堅く閉ざされたままだった。おかしい、俺は確かに中に入って、そして奴らに……
鍵を開けて中に入ると、道場に奴らの姿はなく、その痕跡も遺されていなかった。崩れ落ちたはずの防具や道着も綺麗さっぱりその姿を消していて、何が何だかわからないまま、結局「悪い夢でも見たんですよ、きっと」ということで話は落ち着いてしまった。
だが、あれが夢だったというなら誰かこれだけは説明してくれないだろうか?鍵を開けて入ってきたばかりの道場に、なぜ俺の竹刀や防具が放り出されていたのか、を。
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