勝ち台 (テーマ:スポーツ)

 同じ店の常連で、最近一緒に球を撞くようになった寺元という男がいるが、こいつのビリヤードが私にはよく分からない。たいして上手いとも思えないのだが、明らかに格上の相手に圧勝するときもあって、どうも勝ち負けに不自然な波があるように思えるのだ。

「ビリヤードってのはさ」

 ゴリゴリと、キューの先端のタップにチョークを付けながら寺元は言う。

「要は台を味方につけるかどうかだぜ。ほら、十年ほど前に9ボールの世界チャンピオンになった日本人プロがいただろう?あの人だって台のコンディションが掴めずにえらい苦労した、ってインタビューで答えてたじゃないか」

 確かに、その記事なら私も読んだ。だからといってそれが今日の寺元の異常な好調の理由になるとは言えないだろう。およそ不可能と思える配置の球が面白いようにポケットに吸い込まれていく。いつもながらのつまらないミスショットも散見されるが、それを補って余りある幸運が今日の寺元には味方しているようだ。

 ……いや、待てよ……

 ふと、私は奇妙なことに思い当たった。そういえば寺元が信じられないほどの圧勝を見せる時は、いつも同じ台だったのではないか?他でもない、今私達がプレーしているこの台だ。まさか、台に仕掛けをしてのイカサマか?私はさりげなく、しかしながら注意深く台を調べてみたが、怪しい所は見つからなかった。それもそうだ、台への仕掛けなど簡単にできることではない。それに、賭けビリヤードでもあるまいに、そんなイカサマをこの台だけに仕掛けてもそれほどのメリットはないだろう。

 それでも釈然としないので、今度は寺元のショットに注目してみた。だが、フォームにもキューにも不自然なところはない。チョークだって店に常備してあるものだ。奴が撞いた。難しい配置だったが、白い手球が二回クッションに入ってから一直線に的球へ……

 その時、私は思わず声を上げそうになった。一瞬だったが確かに見えたのだ、クッションから伸びた半透明の手が手球を弾き、的球への軌道を修正するのを。いや、それだけではない。コーナーポケットから伸びた手が台上の的球を掴んで、素早い動きでポケットに球を引きずり込んでいた!

 唖然としながら満足げな笑みを浮かべる寺元を見ると、その手が奇妙な動きをしているのに気づいた。寺元は撫でていた。台の上に、顔の上半分だけを出している女の子の頭を。その時初めて奴の言葉が理解できた。どうやってかは知らないが寺元は確かに味方につけていたのだ。この台を、そしてこの台に憑いている、何かを。

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