隣人 (テーマ:艶)

 午前2時……睡魔と闘いながらこの時間を待ち焦がれていた僕は、そそくさと窓際に近づいていく。今日もやはり、隣の家の窓には明かりが灯っていて、レースのカーテン越しにスタイルの良い女性のシルエットが写っていた。

 隣に若い夫婦が引越してきたのは半年ほど前のことだ。旦那の方とは数えるほどしか会っていないが、主婦である奥さんの方とは何かと顔を合わせる機会がある。ちょっと暗い雰囲気はあるものの、清楚な感じの美しい女性だ。そして半月ほど前、そんな彼女が毎日決まったこの時間に着替えをするということに気付いた。それにしてもレースの隙間から覗く彼女の寝巻きが昼間の姿からは想像もできない、下着の透けた薄いネグリジェだったことには驚かされた。チラチラと見え隠れする素肌とその扇情的な姿が、否応なく僕に若い夫婦の夜の営みとベッドの上の痴態を想起させ、ありもしない妄想を抱かせる。例えば彼女はとっくに覗かれていることに気付いていて、実は僕を誘っているのだ、とか……どう考えてもそういうタイプではあり得ないと分かっていながらも、僕は彼女との行為を想像しながら悶々とした夜を過ごさずにはいられなかった。

 そんなある日、彼女の死体が発見された。他所に女を作ってしばらく家に寄り付いていなかった旦那が久しぶりに帰ると、ベッドの上で妻が腐敗しかかっていたという。死後5日は経過していた彼女の死因は急性心不全で、事件性はないとのことだった。

 愕然とした。自分が見ていたのが、とっくに死んでいたはずの女性の着替えだったという恐怖のせいではなく、おそらくは本来の自分とまるで異なるセクシーな格好をしてまで、夫の心をもう一度取り戻そうとしていた彼女の一途な思いに気付いたからだ。そんな気持ちも知らずに着替えを覗き『僕を誘っている』などと自分勝手な妄想に耽っていた最低な自分が、無性に腹立たしかった。

 そして今夜も、誰もいないはずの隣家に明かりが灯る。もう夫を待つ必要などないことを彼女に教えてあげたいが、僕にはどうすることもできない。無力感に苛まれながら、部屋の電気を消して布団に潜り込もうとした僕の耳元に、突然熱い息が吹きかけられた。

「もっと……見たかったんでしょ?」

 クスクスと悪戯っぽく笑うその声には聴き覚えがあった。背中に柔らかいものが押し当てられ、トランクスの中にひんやりとした手がスルリと滑り込んでくる。ちょっと待……これって……

「いつも見てたの……知ってるよ……」

 ネグリジェがはらりと足元に落ちる感触があった。トランクスの中で僕自身を優しく包み込んだ手の動きが、その速さを増していく。 

 これは本当の彼女? それとも僕が勝手に作り上げた虚像? ……そんな疑問も、めくるめく快楽の渦に呑み込まれ、消えていった。

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