ヤドカリ (テーマ:海)

 カサカサ……カサカサ……という乾いた音で目が覚めた。いつの間にか転寝をしていたらしい。シーズンから微妙にずれている上に、少し曇っていることもあってビーチには人気も少なく、遠くから波打ち際ではしゃぐ妻と子供たちの声が聞こえてくる。

 寝転がったままぼんやりとしていると、視界の隅で何かがのそりと動いた。見ると、レジャーシートの上を一匹のヤドカリが這っている。なるほど、さっきのはこいつの足音だったのか。きっと新たなヤドを探して彷徨っているのだろうが、その姿がそろそろマイホーム購入を考えている私とダブって、なんだか妙な親近感を覚えた。

「見つかるといいな、気に入った家が」

 私はヤドを軽くつつき、そう声を掛けてから睡魔に負けて再びパラソルの下で目を閉じる。ほどなくして子供たちに起こされ、次に目を覚ました時には小さなヤドだけが残されていたのだが、アイツは気に入った、新しいヤドを見つけることができたのだろうか?


「どうしたの? この間まで『面倒くさい』って、なかなか腰を上げなかったのに……」

 翌週の日曜日、5軒目のモデルハウスに向かう途中で助手席の妻が呆れたような声を上げた。後部座席では疲れきった子供たちがすやすやと寝息を立てている。

「ん? 別に。ただ、早く見つけたくなってきただけだよ。新しい、家をね」

 だが、そんな私の返事に納得しかねると見えて、妻はまだ怪訝な表情を崩さないでいる。そんなに不自然に見えるほど私は変わったのだろうか……自分ではよく分からない。

 ただ、頭の中でカサカサと動き回る足音に『早く新しい家を見つけろ』と急かされているだけなのだが。

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