同じ海の色 (テーマ:海)

 大きな夕陽が、水平線の彼方に沈もうとしている。

 規則的に寄せては帰す波の音に地球そのものの脈動すら感じながら、僕達は手を繋ぎ、崖っぷちに佇んでいつまでも海を眺めていた。 

 陽の動きに併せて刻々とその表情を変える海に飽きることはないが、それでもこの瞬間だけは特別だ。今まさに夕陽と海が触れ合うその時、照り返しでキラキラと輝く波が金色に染まった。繋いだ手を通して、『彼女』が息を呑む気配が伝わってくる。美しい、という表現ではとても追いつかぬ、神々しいまでの輝きに包まれて僕達は……


 ……それで、僕達はどうなったのだろう? そもそも『彼女』が誰なのか、あれは何処なのか……一切の記憶がどうにも曖昧だ。女の子と二人で海を見に行った経験などは無いので子供の頃の記憶なのかもしれない。だが手を繋いでいたのは若かりし頃の母、という可能性は「海? そんなん知らんわ」という一言で打ち消されてしまった。

 大学生になると、僕はまとまった休みを使って記憶にあるあの場所を探す旅に出るようになり、それは社会人になった今でも続いている。特にインターネットの発達した昨今ではそれらしき場所を検索してピンポイントで捜索できるので、短い休暇を上手く活用することが可能となった。ありがたいことだ。

 

 そしてようやく、長かった探求の旅が終わりを告げる時が来た。ある離島の小さな集落を訪れた時、ようやく見覚えのある風景と遭遇することができたのだ。そうだ、僕はここで産まれ、丘の上の、あの朽ち果てた屋敷で育った。……だけど、そんなはずはない。僕が育ったのは母のいる、あの家のはずだから。相反する二つの記憶、これはいったい何なのだろう? 村を通り過ぎ、舗装もされていない細い道を抜けていくと、海の見える崖に出た。これだけは間違いない。こここそが長年、僕が探し続けていた場所だ。

 そこに、白いワンピース姿の彼女が待っていた。潮風に黒髪を揺らす彼女の隣に立つと、柔らかな手がそっと僕の手を握ってくれる。記憶と寸分違わない、その感触に埋もれていた記憶が呼び覚まされる。そう、僕達は生まれ変わる度に何度もここで出会い、そして遠いあの日の約束通り、共にその命をこの海に捧げるのだ。呪縛? そうではない。これはこの美しい海を守るため、僕達が自ら始めた聖なる儀式。彼女と共に、僕はこの海のために何度命を差し出したことか……そしてまた、僕達は微笑だけを交し合い、しっかりと手を繋いだまま金色の海へと身を躍らせる。

 同じ海の色を、明日の僕達へと伝えるために。

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