校門の桜 (テーマ:花)

 卒業証書の筒を片手に、桜舞い散る中庭を校門に向かって歩いていると「先輩」と声を掛けられた。振り向くとそこには、見覚えのない女子生徒が一人。

「第2ボタン、戴いてもいいですか?」

 一瞬、頭が真っ白になった。まさか僕のボタンを欲しがる子がいるなどとは思いもしなかったのだ。ほとんど無意識に外したボタンを手渡すと、彼女はペコリと頭を下げて走り去っていった……


「それが誰だったのか、今でも分からないんですよね。なんとなく印象がぼやけてる感じで顔も思い出せないし……あの子の名前聞き忘れたことが今でも後悔の種ッスよ」

 卒業シーズンということもあって、居酒屋で一杯やりながらそんなエピソードを僕が語ると、偶然同じ高校出身だった先輩は腕を組んで「う~ん」と唸ったまま黙ってしまった。

「どうかしたんスか?」

「いや……実は俺と全く同じなんだ、その話」

 聞けば先輩も卒業式の日に同じ経験をしたという。奇妙な偶然の一致に首を傾げていると、先輩が「なぁ、行ってみないか?」と言い出した。もちろん、思い出の母校に、だ。僕は同意し、居酒屋を出るとタクシーを拾った。


 思わずゾッとするほど美しく水銀灯に映える夜桜が咲き誇る中庭に、僕らはフェンスを乗り越えて侵入した。「ここだ」と先輩が立ち止まったのはやはり僕と同じ場所。振り返ると、周りの木よりもふた回りほど小さな、可憐な印象の桜の木が目に止まった。その幹には小さな瘤がいくつも出来ていて、「見ろよ」と先輩が指差したのはそんな瘤の一つだった。表面が割れて、中から何やら金色の物体が覗いている。指を突っ込んでほじくり出してみると、それは学生服のボタンだった。

「これって……もしかして、この瘤全部が?」

「あぁ、たぶんな。きっと毎年、モテなくてボタンも貰ってもらえなかった哀れな男子生徒の前に現れて、甘酸っぱい思い出を提供してるんだろう……この木が、あの子の姿を借りて……」

 まさか、そんなことが……僕らはしばし無言で、瘤だらけの小さな桜の木を見上げた。

「ムカつかねぇか」「はい、ムカついてるッス」

 僕の青春がこんな植物に同情されねばならぬほど寂しいものだった、とでもいうのだろうか。「ふざけやがってコノヤローッ!」とムカッ腹を立てた僕らはほとんどの花が散ってしまうほど、目一杯その木に蹴りを入れまくった。

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