背中の痣 (テーマ:火)

 私の背中には引き攣れた、小さな火傷の痕がある。さほど目立つものではなく、どうしてこんなところを火傷したのかも覚えていなかったのだが、結婚二年目にして妊娠を報告した時、母が少し思い詰めたような面持ちでこんな話をしてくれた。


 私が母のお腹にいる頃、実家周辺で連続放火事件があったそうだ。空き家や農機具の納屋などが狙われていたので被害は少なかったのだけれども、一度だけ空き家に入り込んでかくれんぼをしていた子供が煙に巻かれて命を落とすという悲劇もあったらしい。

 臨月だった母も一度、産婦人科からの帰りに倉庫火災に出くわした。昔から「妊婦が家事を見ると子供に痣ができる」という言い伝えがあるのでいい気分はしなかったそうだが、果たして数日後産まれた私の背中には本当に赤い痣ができていた。痣は500円玉程度の大きさで、医者も「この程度ならレーザー治療ですぐ消えますよ」と請合ってくれたのだが、見ようによっては苦悶する老人の顔に見えなくもない、その不気味な形が気になって仕方がなかったそうだ。

 私が産まれて一週間ほど経った日の夜中、突然激しく泣き喚きだした私をあやそうと抱き上げた母は、背中の痣のある部分がひどく熱い事に気付いて絶句した。慌てて産着を脱がすと、どういうわけか痣の部分が大きく腫れ上がっていて、しかも中で何かが這い回っているかのようにボコボコと蠢いている。言葉を失う母の目の前で「老人」の両目にあたる部分からふた筋の血膿がツウッと流れたかと思うと、次の瞬間「パチンッ」と小さな音を立てて腫れ上がっていた痣全体が破裂した。飛び散った血膿にまみれた顔のまま、母は恐怖のあまりに絶叫したそうだ。……つまり、背中の引き攣れた傷痕は火傷などではなかったということか。

 そんな騒ぎがあったのとほぼ同じ時刻に、近所に住む独居老人が灯油をかぶって焼身自殺をしたのを両親が知ったのは翌日の事だった。警察の捜査によって、その老人こそが連続放火事件の犯人であったことがほぼ確実となった。遺書は残されていなかったが、おそらくは独りの寂しさを紛らわすために犯行を繰り返した挙句、図らずも子供の命を奪ってしまった罪の意識に耐え切れずに自殺したのだろうと、誰もが噂したそうだ。


「だからあんたは火事を見ないように気をつけなさいね」と微かな笑みを浮かべて、母は話を締めくくった。初めて聞かされる傷痕の由来に言葉を失い、ただ頷く私のお腹の中で、初めてピクリと何かが動いたような気がした。

 背中の古い傷痕が、ジンと疼き始める。

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