煙鬼 (テーマ:鬼)
案の定、というべきだろうか。並外れたヘビー・スモーカーだった祖父の死因は肺癌だった。ガリガリに痩せ衰え、全身に点滴のチューブや心電図のコードを繋がれた祖父は死の間際、意識が混濁した状態でも「煙草をくれんか……」などと言って皆を呆れさせたそうだから相当のものだったのだろう。
ありし日の祖父は吐き出す煙で輪っかを作ることが得意だった。それが誰にだって出来る、比較的簡単な技であることは後になって知ったのだが、幼い頃の私は魔法か何かのように思って喜んでいた。
ある日のことだ、いつものように私を膝の上に置いて、祖父はニコニコと笑みを浮かべながら口をすぼめ、指先で頬をポン、ポン、と叩いて煙の輪をいくつもいくつも作ってくれていた。捕まえられるはずのないそれを捕まえようと手を伸ばした時、横から伸びてきた白く小さな手に先を越された。もしかして、新しい技? 驚いて祖父の顔を見ると、その口元に煙の塊がもやもやとわだかまっていた。そこから伸びた一筋の煙が精巧な腕の形を成していたのだ。
「すごい、すごい」と拍手をしながら見ているうちに、煙の塊が急速に形を変え始めた。人間の上半身に似ているが、その頭には二本の角らしきものがある。鬼だ、煙で出来た鬼が長い腕で輪っかを捕まえては、祖父の口へと引き摺り戻しているのだ! やがて全部の輪っかを捕まえて口へ押し込んだ鬼が、自らも煙に戻ってスルスルと口の中へ入っていくと同時に、祖父は胸を押さえて激しく咳き込み始めた。あまりにも苦しそうな祖父の背中をさすりながら、私は泣きながら助けを、母と祖母の名を叫んだ。
祖父の病が発見されたのはその直後だった。かなり病状は進行していて、その時にはもう手の施しようがなかったそうだ。結局、半年足らずで祖父は逝った。私も臨終の場に立ち会っていたのだが、その頃に「死」というものを理解していたのかどうかは分からない。ただ、「大変なことなんだな」と認識していた記憶があるぐらいだ。
何よりも、臨終が告げられた直後に見たものの印象が強すぎて、他の全ての印象を曖昧にしている。看護婦さんが祖父の体に繋がっていたチューブやコードを外している時だ。祖父の鼻の穴から二筋の煙が立ち昇り、天井近くでもやもやとした塊となった。思わず「あっ!」と声を上げた私の前で、あの時と同じくそれは鬼の姿へと変わっていった。鬼は私を見下ろし、ニヤリと厭らしい笑みを浮かべ、一言だけ言い残して掻き消すように消えていった。
耳の奥で、今もあの耳障りな声が響いている。きっとあれが、祖父を死に追いやった悪鬼なのだ。あの一言を恐れて私は一切煙草に手を出さないようにしているのだが、それであの鬼から逃れることが出来るのだろうか……私には、何も分からない。
「ツギハ、オマエダ」
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