居酒屋 (テーマ:鬼)

馴染みの居酒屋で呑んでいたときの話だ。ズン、ズンという腹に響く奇妙な振動に、談笑していた僕と友人の沖田は顔を見合わせた。 

周囲でも「今の何?」「地震?」といった会話が交わされる中、大きな体を折り曲げるようにして、自動ドアをくぐって店内に入ってきた者がいた。なるほど、さっきの振動はアイツの足音だったのね……って、マジ!?

真っ赤な肌に虎皮の褌、巨大な金棒、そして頭頂部から伸びる2本の角……あまりにも自然に入店してきたので思わずスルーするところだったが、そこにいたのはどう見ても本物の赤鬼だった。非常識極まりない闖入者に店内の誰もが呆然としている。週末の居酒屋にあるまじき静けさに支配された店内をギロリと見回した赤鬼は、いきなり音の暴力かとも思えるような大音声を発した。

「閻魔大王の使者である!貴様らは30分後にガス爆発で死ぬことになった!観念して運命を受け入れるがよい!」

……は? 死ぬの? おいおい、冗談じゃ……

「冗談じゃないわ!」

怒鳴りながら立ち上がったのは僕ではなく、気の強そうな若い女性だった。勇敢、あるいは無謀にも赤鬼の傍を駆け抜けて脱出を試みた彼女に対し、赤鬼が面倒くさそうに軽く拳を振るう。それだけで勢いよく壁に叩きつけられた彼女は「ボキュッ」という異様な音と共に、まるでケチャップをブチまけたような染みと化してしまった。店内に響いた阿鼻叫喚の絶叫を「やかましい!」の一喝で制して、赤鬼はその場にどっかと座り込む。一瞬の出来事だったが、それは脱出への意欲を根こそぎ奪うに充分な惨劇だった。

為すすべもなく時間だけが過ぎていく。諦めムードの漂う中、沈黙を保っていた沖田がグラスと一合瓶を携えて立ち上がった。何のつもりか沖田はそのまま飄々と鬼の前へと歩いて行き、なんと「この世で最後の酒だ、付き合えよ」などと言いながら鬼と酌み交わし始めたのだ。まさか、酔わせて逃げようという算段か? しかしそんなにヤワな相手だとはとても思えないが……

ところが意外にも、鬼はコップ2~3杯でグラグラと揺れはじめ、いきなりバタリと倒れて高鼾をかきはじめたのだ。鬼が熟睡していることを確認した沖田の号令で、我に返った僕達は一斉に店の外へと駆け出す。間一髪、全員が脱出したかと思われた瞬間、凄まじい爆発音が夜の繁華街を揺るがした。

「ふむ……まさか本当にうまくいくとはな」

店内に赤鬼を残したまま炎上する居酒屋を眺めながら、沖田は感心したように呟いた。一体どんなマジックを使ったのか……問いかける僕に、沖田が差し出したのは例の一合瓶だった。

「鬼ころし」……ラベルには、そう印刷してあった。

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