賀茂川にて (テーマ:京都)

「さて、これからどうする?」

 久しぶりに高校時代の旧友と木屋町で呑んだ。散々馬鹿騒ぎした後だが、なんとなくまだ遊び足りない気分だ。とはいえ、何をするにも中途半端な時間でもある。結局、女の子達を三条京阪の駅まで送ってから「ま、酔い覚ましがてらブラブラするか」ということに落ち着いて、僕らは歩き始めた。三条大橋を渡り、河原町へと戻りかけた頃に「なぁ、下に降りてみないか?」と言い出したのは誰だったか。下というのは鴨川の河川敷、名物『等間隔で座るカップル』で有名なデートスポットだ。残念ながら今まで降りてみる機会はなかったのだが、繁華街の喧騒からも適度に切り離されて静かに語り合うにはなかなかの雰囲気。涼しく流れる水の音も心地よい。

「どうせやったら女の子連れてきたらよかったなぁ」「お? おまえ、誰が良かったんや?」などと馬鹿話をしながら歩いていると、やがて奇妙なことに気が付いた。かなり歩いているはずなのに全く近づいていないのだ……目指しているはずの、四条大橋に。

「なぁ、あそこに白いチュニックの子いてるやろ? あの子、さっきから何回も見てるような気がするねんけど」「……あの可愛らしい子やろ? 俺もさっきから気になってたんや……」

 どうやら僕以外の二人も異変に気付いていたようだ。振り返って現在位置を確認すると、感覚的にはともかく見た目にはちょうど三条と四条の半ば辺り。さて、進むべきか戻るべきか……

「こら、おまえら」

 迷っていると突然、呼び止められた。見ると、川面に立派な髭をたくわえた小柄な老人が立っている。ひょこひょこと水面を渡り、唖然とする僕らの元へとやってきた老人は手にした木の杖でいきなり僕らの頭をポカポカと叩き、思いっきり面倒くさそうな顔でこんなことを言った。

「この川は都の結界。おまえらは偶然、異界との狭間に踏み込んでしもうたのじゃ。ほれ、出してやるから、はよ去ねい」

 ムカつく老人に急き立てられて再び歩き始めると、四条大橋はすぐだった。まるで時間の止まった世界に紛れ込んでいたような、奇妙な感覚。酔いも冷めてすっかりテンションが下がってしまった僕達は、とりあえず再会だけを約束してその場で解散した。

 翌日、友人達に『昨日はお疲れさん』とメールしておいた。ついでに『あの変な爺さん、何だったんだろうな?』とも。ところが返ってきたのは『は? 爺さん? 何それ?』という返信メール。二人とも、覚えていないのか? 僕はまだ少し痛む頭の瘤に手をやった。『結界』『異界との狭間』……老人の言葉が脳裏に蘇る。もし、そうだとしたら……果たして異なる世界に迷い込んだのは僕なのか、それとも彼らなのか。頭がひどく、ズキズキと疼き始める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る