烏丸線 (テーマ:京都)

 京都で働いている頃、こんなことがあった。

 当時、通勤には沿線に京都御所、同志社大学、市内有数の繁華街である四条通などを抱える市内交通の大動脈、地下鉄烏丸線を使用していたのだが、朝の車内は常に丸太町を最寄りの駅とするH女学院と、鞍馬口のS女子高等学校の生徒達で一杯だった。だが周囲はどこを見渡しても女子高生、という男としてかなり「おいしい」シチュエーションを喜べたのは最初の数ヶ月のみ。朝から異様にテンションの高い集団に囲まれて出勤するのはそれだけでかなり消耗するし、下手に動くと痴漢扱いされる可能性があるので立ち位置にも気を使わねばならない。ついでに明言しておくと、ちょっとしたきっかけから友達や、それ以上の関係になるというような展開にも縁がなかった。今では女性専用車両が導入され、S女子校も共学化されたそうなので状況はかなり変わっているのだろうけど。

 だから一ヶ月に渡り、のびのびと乗車できる夏休みはパラダイスだった。空いているので余裕で座れるし、冷房もよく効いている。まぁ、何だかんだと言いながら、彼女達がいないことで一抹の寂しさを禁じえないのだが、そこは悲しい男の性ということで。

 そんな夏のある日、異様な電車がホームへ滑り込んできて、思わず唖然とした。いつもならガラガラの車内に、学生服姿の男子学生がぎっしり詰まっていたのだ。見ると、どの車両も同様だったのでかなりの数の学生が乗っていたことになるが、沿線に男子校など存在しないし、修学旅行にしては時期外れだ。例えそうだとしてもこの真夏に、しかも蒸し暑いことで有名な京都で全員が冬服着用はあり得ないだろう。異様な雰囲気に戸惑いながら足を踏み入れた車内はシンと静まり返っていた。どうやら制帽を目深に被り、無言のまま俯いている彼らには若者らしい生気というものが全く欠けているようだ。ふと気付くと、立っている学生達の向こうに同僚の女の子がいて、目が合うとぎこちない笑顔を送ってきた。やはり彼女もかなり戸惑っているようだ。

 車内に立ち込める重苦しい空気。僅か二十分程の通勤時間が永遠のようにも思われ、ようやく最寄の駅に到着した時は心底ホッとしたものだ。逃げ出すように下車して「何だったんだろうね、あれ?」などと件の同僚と話しながら改札へと向かう途中、妙な視線を感じて振り返り……思わず、その場に立ち尽くしてしまった。動き出した電車の中から、あの男子学生全員が窓越しにこちらをじっと見つめていたのだ。加速していく電車に合わせて、次々と現れては流れていく虚ろな無数の眼差し。一切の感情が感じられないその目の一つ一つに底知れない闇が潜んでいるような気がして、真夏だと言うのに背筋がゾクリとした。彼らと遭遇したのはその一回だけで、いまだにその正体はわからないままでいる。

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