徹マン (テーマ:山)
サイコロを振ろうとしていた村岡の手が、不意にピタリと止まった。見ると、何やら怪訝な顔で僕の積んだ山を見つめている。
「どうした? 積み込みなんかしてないぜ」
「……分かってるよ……」
思えば、その日の麻雀は、最初から妙な雰囲気だった。言葉では上手く表現できないが、実は僕も得体の知れない違和感のようなものをずっと感じ続けているのだ。いつもは饒舌な菊地と沢田の口数も、何故か今日は少なめだ。
「デカい手が出る前触れかもな。用心、用心」
「……」「……」「……」
わざと冗談めかして言ってみてが、誰も乗ってくれなかった。誰もがただ黙々と牌を自摸っては切るだけ。気心の知れたいつもの面子といつものロケーション。なのに、この空気の異様な重さはいったい何なのだろう。
「……多いな」
かなり夜も更けた頃、村岡がポツリと呟いた。「え?」と顔を上げると、村岡はじっと卓上を見つめている。麻雀では、各自山を積む際は17枚×2段、いわゆる17幢積みとすることがマナーとされている。俺たちもそれに倣って積むことを慣例としているのだが何故か今、菊地の山が18幢ある。僕達は思わず唸った。他の3人はきっちり定数で積んでいる……ということは2枚多い状態でプレーしていたということか。だが打ち始めてすでに数時間、ここまでその事に気付かないなどとは考えにくいことなのだが。
互いに顔を見合わせて首を捻っていると、おもむろに村岡がタバコに火を点け、僕らにも無言で箱を差し出した。とりあえず落ち着け、ということかと解釈した僕達は、なんとなく天井を見上げながら煙を吐き出し始めた。
やがて、部屋に4人分の煙が充満してくると奇妙な事が起きた。カチャカチャ、カチャカチャと卓上に積まれた牌山が震えだしたのだ。訳も判らず、ただ見守る僕達の前でそれは次第に激しさを増し、やがては雀卓そのものまでがガタガタと揺れ始めた。
村岡が立ち上がってガラリと窓を開けた。瞬間、バンッ!と牌が散弾のように飛び散り、同時に何やら黒い塊のようなものが2つ、凄まじい勢いで窓から飛び出して行った。何故か満足気な表情でそれを見送り、村岡は「さ、続きをやるか」と座布団に座りなおした。
訊けば牌の音に興味を持って悪戯しにきた裏山の狸が、煙で燻されたためにたまらなくなって逃げ出したのだろう、という事だった。
「時々あるんだよなぁ。この辺は田舎だから」
唖然とする僕達を尻目にそう言い放つと、村岡は何事も無かったかのように、再びジャラジャラと牌を掻き混ぜはじめた。
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