ちょんぎーす (テーマ:山)

「嫌いなものかぁ……俺、虫が駄目なんだよね」

 その言葉を聞いて、おや?と思った。虫嫌いは都会育ちに多いが、秋山は田舎の、それもバリバリの山育ちだ。子供の頃から虫に囲まれて育ったと言っても過言ではないはずだが。

「まぁ、トラウマっつーか、嫌な思い出があってな……」

 秋山の育った家の裏山は、その全てが秋山家の土地だったらしい。それなりに山奥だったので大した価値は無かったが、それでも田舎の素封家として金に困るような生活はしていなかったそうだ。

 だが秋山は、小さい頃から裏山の本当の主は秋山家の人間ではないと祖母に聞かされていたという。だったら持ち主は誰だったのかと尋ねてみたところ……

「ちょんぎーす」「……何だって?」「ちょんぎーす、ってばあちゃんは呼んでた。要は大きなバッタやキリギリスの類だな。山ではちょんぎーすを殺すな、って耳にタコができる程聞かされたよ」

 今になって考えると祖父も祖母も極力、山に手を付けないように注意していたと思われるそうだ。実際、山の一部に小さな畑を作ったり椎茸を栽培していたが、農薬を散布しているところなどは見たことがないらしい。もっとも、それが「ちょんぎーす」を殺すことを忌避していたためかどうかは定かではないが。

 ある夏の日のことだ、そんな裏山で秋山が友達と一緒に遊んでいると、一匹の「ちょんぎーす」が友達の妹の背中にとまった。驚いたその子が泣き出してしまったので、当時は虫が平気だった秋山が「取ってやるよ」と引っ張ると……

「シャツにしっかり噛み付いていたんだな。ブチブチッて」

 首が千切れてしまった。頭だけになりながらも、シャツに喰らいついて離れない「ちょんぎーす」があまりにも怖くて、秋山たちは半狂乱になって泣く女の子を放り出して逃げてしまったそうだ。その夜から秋山は原因不明の高熱で寝込んでしまい、その間はずっと悪夢を見続けていたらしいが、「ちょんぎーす」に関わるというその内容は思い出すのも嫌だと言って教えてもらえなかった。

「そんな山、売っちゃても大丈夫なのか?」

「あぁ、何信じてんだよ。キリギリスの祟りなんかあるわけ無いだろ?偶然だよ、ぐーぜん」

 そう言って秋山は笑ったが、果たしてそうだろうか?その山は間もなく造成され、住宅地になるらしい。秋山はなぜ、田舎のあんな場所でも一戸建てが欲しいヤツはいるんだな、とすくめた自分の肩で、大きなキリギリスがギチギチ言っている事に気付かないのか。

 しばらくすると、不意にキリギリスはどこかへと飛び去って行ったが、その頭はまだ秋山のシャツに喰らいついたまま、いつまでもギチギチ、ギチギチと恨み言を続けていた。

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