神輿蔵 (テーマ:祭り)

 古い家に住んでいた。本当か嘘かは判然としないが、聞いた話では一番古い部分で築100年に近かったそうだ。まぁ、話半分にしても古いことには違いないだろう。経年の歪みで襖はちゃんと閉まらない。壁の漆喰はボロボロと剥がれてくる。寝ていたら顔に百足が落ちてくる。そんな家だ。おまけに外観はかなり不気味で、小学生の頃「近所にオバケ屋敷があるぞ」という上級生についていったら実は自分の家だった、という冗談みたいなエピソードまである。

 蛇や蜥蜴が平気な顔で這いずり回る広い庭があったが、家の裏側の方はほとんど手入れがされておらず、荒れ放題と言ってもよい状態だった。そこに、隣の建物が大きく張り出してきている。壁際に積まれていた廃材は壊された塀の名残で、つまりそれを建てるために元々あった塀の一部を取り壊したこということだろう。その建物とは祭りで使う神輿やその他の道具を収める蔵だったのだが、本来なら神社の敷地内か、隣接した区域にあるものだろう。何故神社からはかなり離れた我が家に、しかもわざわざ塀の一部を取り壊してまで……子供心にも、何か不自然だと思っていた。

 借家であり、家族も建築当時の事情に詳しくはなかったのだが、どうやら過去に蔓延した破傷風が事の発端らしい。なんと我が家の一部であるその場所が、実は破傷風菌の温床だったというのだ。それでその場所をコンクリートで固めてしまい、土地を鎮めるためその上に神輿蔵を建てた……ということのようだが私自身、よくそんな場所に15年も住んでいて平気だったな、と思う。実際、我が家で飼っていた犬は破傷風と思しき症状で死んだのだから。

 蔵には格子窓があって、件の廃材の山に上れば中を覗くことができた。もっとも覗いたところで暗がりの中に薄ぼんやりと見えるのは手前にある荒縄(注連縄か?)と小道具の箱ぐらいのもので、その先はといえばただ、重い闇がわだかまっているだけなのだが。一度そんな闇の向こうを照らして見てやろうと、なんとなく懐中電灯で遊んでいる時に思いついた。廃材の山をよじ登り、格子の隙間から捩じ込むように先端を差し込んでスイッチをONにする。

 円形の光が差し込んだ瞬間、ぞわり、と闇が動いたような気がした。間もなく奥の方でザワザワと無数の小さなモノがひしめく気配。それが次第に近づいてくると、埃っぽい空気に嫌な獣の臭いが混ざり始めた。その正体は分からないが、確かに闇の奥から、途轍もない悪意を持った何かが近づいてきている。

 その姿を目の当たりにする前に私は一目散にその場を逃げ出し、二度と蔵を覗くようなことはしなかった。今でも私は確信している……あの闇に封じられているのは破傷風菌などではない。もっとおぞましく忌まわしい、別の何かなのだ、と。

 あの古い家はもう取り壊されたが、神輿蔵は今もその場所にある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る