発表会 (テーマ:晴れ着)
前の子の演奏が終わった。次はわたしの番だ。大きく深呼吸してから、演奏を無事終えて安堵の表情を浮かべる前の子と入れ違いにステージへと向かう。足を止めて最後に一度だけ振り向けば、ママと珠美おばちゃんが笑顔でわたしを見送ってくれていた。わたしが今着ている、この真っ赤なドレスはもともと珠美おばちゃんの娘の玲子ちゃんが着るはずだったものだ。でも、玲子ちゃんは二年前、発表会の直前にトラックに轢かれて……
「玲子の分も、頑張ってね」
珠美おばちゃんは涙ぐみながらそう言って、このドレスをわたしにくれた。そう、わたしは今日、玲子ちゃんと一緒にステージに上がる。だから、決して失敗するわけにはいかない。
拍手に包まれながらステージに出ると、脚が震えそうだった。でも、ピアノに向かうと自然と気持ちが引き締まってくる。ちょっと緊張してるけど……大丈夫、きっと上手く弾ける。
プレッシャーを感じたのは最初だけで、弾き始めるといつの間にか演奏に没頭している自分がいた。指はまるで機械のように白と黒の冷たい鍵盤の上を交錯し、目が楽譜を追っているのかどうかすら定かではない。これ以上ないほど集中しているはずなのに、体を離れた魂だけのわたしがどこか高いところから一心に演奏を続ける自分を見下ろしているような気さえしてい
そして気がつけば、わたしはステージに立っていた。振り返れば、抜け殻のわたしが虚ろな表情でピアノを弾き続けている。そして、わたしの目の前には……
「玲子ちゃん?」
わたしと全く同じ、真っ赤なドレスを着た玲子ちゃんが立っていた。やっぱり、わたしと一緒にいてくれたんだ。そう思うと、嬉しくて涙が溢れてくる。思わずかけ寄った私を玲子ちゃんは
ドン!
と真っ暗な客席に突き落とした。落ちる、落ちていく……闇の中へと果てのない落下を続けるわたしを見下ろす玲子ちゃんの、氷のような冷たい笑み……
気がつくと、演奏は終わっていた。割れんばかりの拍手を浴びながらピアノから立ち上がると、客席に一礼して舞台袖に下がる。そこでは二人の笑みが充実感に包まれる私を迎えてくれた。
「上手だったわ。私、感動しちゃった。珠美おばちゃんと玲子ちゃんにお礼を言わなきゃね」
そう、そうね。お礼を言わなければゃならないわ。だってあなたのおかげで私は帰って来ることができたのだもの。
ありがとう、珠美……お母さん。
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