成人式 (テーマ:晴れ着)

 もう十年以上も前の話だ。当時はまだハッピーマンデーなどというものが制定されておらず、たまたま日曜日と休日が重なっていたその日に私はふらりと街に出た。足を踏み入れたアーケード街は当日に成人式を迎えた晴れ着姿の新成人たちで溢れかえっており、あたかも場所そのものが華やいで見えるほどだった。

 私自身はそれより数年前に成人を迎えていたが、仕事の都合で故郷を離れていたために成人式には参加しなかった。出ておけばそれなりの思い出にはなったのかなぁ、などと思いながらふらふらと歩いていると、不意に奇妙な臭いが鼻を掠めた。辺りに漂っている女の子達の化粧や香水の臭いとは明らかに異質な臭い。この焦げ臭さはもしかして……。だが慌てて周囲を見渡しても見える範囲に火事らしい騒ぎはみられないし、煙だって上がってはいない。気のせいかな?と思って前へ視線を戻した瞬間、思わず息を呑んだ。とてもありえない物を目撃してしまったのだ。

 前から歩いてくる振袖姿の三人組、その真ん中の子の振袖が無惨に焼け焦げていた。いや、よく見ると振袖だけではない。顔も煤で真っ黒だし、腕から流れ出した鮮血が地面にポタリ、ポタリと落ちている。どう見ても「今、火事場から焼け出されてきました」というようないでたちだ。それなのに、どういうわけか彼女はそれが当たり前のように友人達と談笑しながら歩いている。驚く私の視線に気付く風もなく、彼女達は私のすぐ横を通り過ぎていった。一瞬、声をかけるべきかと迷ったのだが、あまりにも「普通」な彼女達の姿を見ていると私の方が間違っているような気がして、それもできなかった。

 まさか最新のファッション……てことはないよな、などと思いながら所用を済ませ、その日は早々に退散した。他にも何人か焼け焦げた振袖の子を目撃したような気がするが、きっと人混みに疲れただけだろう……その時はそのぐらいにしか思わなかったのだ。

 その二日後、一九九五年一月十七日 午前五時四十六分、震度7の直下型地震が連休明けの関西地方を襲った。突き上げるような振動に叩き起こされた私は見慣れた街の崩壊と炎上を目の当たりにし、テレビの前で言葉を失った。二日前歩いたあのアーケード街も炎に包まれている。華やかだった元の姿を身近に知っているだけに、私の目には凄まじく無惨な光景に映ったものだ。……その時、ハッとした。もしかするとあの焼け焦げた振袖姿はこの事を?だとすると、彼女達は……

 避難所の様子が画面に映る度に、私はそこに彼女達の姿を探した。一人二人は見つけたような気もするし、まったくの別人だったような気もする。想像を絶する、六千五百人近い死者。その中に彼女達が含まれていなかったことを、私は今でも心の底から願っている。

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