初詣 (テーマ:晴れ着)

 「あれ?」

 初詣の混雑から脱出した後、「飯でも食いに行こうか」ということになったので俺たちは心当たりのファミレスに向かって歩いていたのだが、その途上、晴れ着姿の里穂が突然奇妙な声を上げて立ち止まった。キョロキョロと辺りを見回しては何度も首を傾げている。

 「ん? どうした?」

 「う~ん……気のせい、かなぁ。誰かに引っ張られたような気がするんだけど……。こう、指で引っ掛けられたような感じ」

 俺も辺りをグルリと見回してみた。初詣や初売りに出かける家族連れやカップルで、繁華街の往来にはいつもより多くの人出があるが、その中に俺や里穂に関心を示していそうな人物は見当たらない。

 「気のせいじゃないか?きっといつもと違う晴れ着なんか着てるから違和感があるんだろ」

 俺の言葉に「うん……多分」と頷いた里穂だったが、何やら釈然としないものがあるようだった。

 

「しかし、晴れ着ってのは面倒くさいもんだよなぁ」

 注文したドリアを待つ間、思わずボヤキが出た。神社の人混みの中では着崩れるだのなんだのと文句を言い、このファミレスまでの、普段ならどうということもない距離を歩くだけで足が痛いと文句を言う。何度も「直してくる」とトイレに駆け込む度に待たされた挙句、「脱いだら着れないから」という理由でデート後のホテルまでお預けだ。男の身としては正直、たまったものではない。

 「だってぇ……成人式と大学の卒業式の他にはお正月しか着る機会なんてないんだよ。やっぱり着たいじゃん……」

 そう言って里穂が不貞腐れてる間にドリアが運ばれてきた。少し険悪な雰囲気の中、無言でスプーンを入れる……と同時に、里穂が小さな悲鳴を上げた。

 「何よ、これ……」

 クリームソースを掬い上げた里穂のスプーンには、何故か大量の黒髪が絡みついていた。


 元旦から散々な一日だった。疲れ果てて一人で部屋に帰ると、すぐに里穂から電話が掛かってきた。かなり取り乱している様子だ。

 「帯に! 帯に挟まっていたの! ……きっと初詣の時に入っちゃったんだわ! どうしよう……ねえ、どうしたらいいのよ!」

 詳しい話は後日、冷静になった里穂から聞いたのだが、晴れ着を脱いだ時に帯の辺りから真っ黒なポチ袋がぽとりと落ちたらしい。恐る恐る中を覗き込んでみると、黒髪でグルグル巻きにされた一万円札と、噛み千切ったと思しき女の小指の先が入っていたそうだ。

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