植物園 (テーマ:土地)
圭介と早苗が別れたと聞いて、思わず我が耳を疑った。付き合いが長い上に、いつまでも仲睦まじい二人はきっと結婚まで辿り着くだろう、というのが仲間内での共通見解だったからだ。いったい二人の間に何があったのか……かなり後になって、ようやく重い口を開いた早苗から、その奇妙な経緯を聞くことができた。
発端は、圭介がバイト先の先輩から植物園のチケットを貰ってきたことだったという。当然のように圭介は早苗を誘ったが、早苗は気が進まない。何故ならその植物園を含む公園一帯が『カップルで行けば必ず別れるスポット』として有名な場所だったからだ。
「そんなの気にするなよ」と圭介は言うが、彼と違ってジンクスというもの信じる性格である早苗は嫌がった。それでも圭介は「行かないとチケットをくれた先輩の顔を潰すことになる」と言って一歩も引かず、挙句の果てに「じゃあ他の女の子を誘って二人で行くけど、いいんだな!」と脅すようなことまで言い出す始末。ついに早苗は折れて、仕方なく一緒に行くことを了承してしまった。
そして当日、二人は公園の遊歩道をぐるりと一回りしてから、植物園へと向かった。そこまでは何事もなかったのだが、ちょっとトイレに行った早苗が戻ってきた時には何故か圭介の様子が一変していて、僅か数分待ってもらっただけなのに「遅い!」といきなり怒鳴りつけられたそうだ。彼が何を怒っているのかは分からなかったが、ただジンクスに飲み込まれることだけは避けようと早苗は素直に謝った。だが、それでも圭介の機嫌は直らず、ブスッと黙り込んでいたかと思えば些細なことで突っかかってくる。やがてじっと耐えていた早苗の堪忍袋の緒も切れて、二人は大温室の中で人目も憚らず、掴み合い寸前の大喧嘩を繰り広げたらしい。
「もう私は愛想を尽かしちゃって……圭介に背を向けて歩き出したんです。それで、最後にチラッと振り返ったら……」
そこに、無数の女たちがいた。早苗を嘲笑いながらまるで人垣のように立ちはだかるその姿の向こうに、憎悪に満ちる血走った眼でこちらを睨み付ける圭介の姿が透けて見えている。愕然と立ち尽くす早苗にクルリと背を向けて、圭介は何も言わず立ち去っていった。
「多分、圭介をおかしくしたのはあの女たちなんだと思います。あの場所はきっと……別れたカップルの怨念が留まり続ける、そんな場所なんでしょうね」と、早苗は話を締めくくった。
後日、早苗は自分の見たものを圭介に伝えたが信じてもらうことはできず、結局二人の関係が修復することはなかった。ジンクスの産まれる場所にはやはり、相応の理由があるということなのだろう。今では早苗とも圭介とも疎遠になってしまって、二人が何処でどうしているのか、私は知らない。
あの公園には、そんな早苗の怨念も留まっているのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます